第3話 古の英雄は決断した

「アーリィ。経緯は話したかね?」


「まだだ。吾も話すか迷った。」


アーリィはお茶を飲むのを止め、バルーク伯へ向き直る。


「ふむ。まぁ、こればかりはな。さて、順を追って話そう。先ず、ヴェル、リズ、アーリィ、メアリーには近夏をもって王都の学園へ入ってもらう。これに変わりはない。」


「ええ。それは以前より決まっていた事ですわ。」


「ああ。ここで、コレだ。」


バルーク伯は一枚の封筒を皆に見せる。


「吾がアマリアから預かった手紙だ。」


「そう。現皇太后が一介の貴族たる私に充てたものだ。例え血の通った兄妹であろうとあいつはこんなものを書かんよ。それが実家たる公爵家であろうともな。」


現皇太后は完全な中立派であり、貴族界隈に口を挟まない。

これは貴族であるならば誰もが知っている事だ。


「これに書かれているのは相談事でな。初めてだよ。命令でなく相談というものはな。」


何処か懐かしむ様子で、バルーク伯は語る。

一度お会いしたことはあるけど、ザ・王族って感じだった。

威厳たっぷりで、でも不思議と全く恐れるなんて事は無かった。


「私も簡単には、答えられん内容だ。そこで、君たちの意見も聞きたい。」


「私たち……ですか?」


私たちにとってバルーク伯は恩師のようなものだ。

このヴァンド辺境領を豊かにするために色々と教えてもらった。


「バルーク伯。アーリィは別としても私たち姉妹には荷が重いかと存じます。」


「急くな、ヴェル。今は貴族ではなく一個人として相談したい。」


バルーク伯は私達の本当(前世)を知らない。

けれど、只の子供ではないとは思われている。


「分かりました、ローランド様。」


「頼む。そして、この件は安易に口外しないで欲しい。特にメアリー、分かったな。」


「ぐふっ。」


焼き菓子を食べていたメアリーが咽ている。

急に話を振られるとは思わなかったんだろうね。

アーリィに背を撫でられながらお茶で流している。


「その心配は必要ありませんよ。ねぇ、メアリー?」


今まで黙っていたエルメリア夫人が斬り込んできた。


「何がだ?」


「ヴェルヴェーチカ。しばらくメアリーを預かります。宜しいわね?」


「ええ。今夜にでも私からお願いしようかと思っておりましたので。」


「うぇ!?」


淑女らしくない声をあげて驚くメアリー。

残念美人っているんだね。


「先程から何ですか。淑女としての教育を施したのにもかかわらず全くできておりません。王都に行くまで再教育を施します。」


メアリーは涙目になってアーリィに縋っている。

アーリィは少し悲しそうにしているけど…。


「汝が騎士を目指そうとも、決して無くならぬ程に大事で必要な知識だ。伯爵夫人にしっかり教えてもらうのが汝の為になる。」


「そ、そんな…。」


「だから、しっかりと教えてもらいなさい。他者へ掛ける言葉も含めて、色々とな。」


どうやらメアリーの、先程の太った発言は許してもらえなかったらしい。

哀れ……。


「メアリーは再教育か。ならば領内に知れることは無いだろう。」


エルメリア夫人の厳しい淑女教育はバルーク伯もご存じです。

バルーク伯とチェスをしている時にちらっと聞いたけど、王妃教育にも匹敵するらしい。

ですよね。

私、なんで合格点を貰えのかなぁ。


「バルーク伯、説明した方が良いだろう。」


「そうね。そろそろ話して欲しいわ。」


アーリィは少し苛立ちを、ヴェル姉さんは少し不安を見せる。


「そうだな。簡単に話そう。王族であり、第一王子でもあるヴァン殿下が禁忌を犯した。」


「「は?」」


ヴェル姉さんと私が何言ってんだ?って感じの声を出してしまった。

アーリィの表情には少しの怒りが含まれている。


「かつてこの国では魔王を滅ばすために、異界の使者を召喚した。その話は知っているだろう?それだよ。」


「そ、それは。確かに知っていますが、方陣は破壊されたのでは?」


「いや、王城の地下深くに封印されているだけだ。それを知る者は限られているがな。」


エルメリア夫人からは教えてもらっている。

私は勇者召喚?ラノベですか?って思ってた。

いや、本当に?

召喚しちゃったの?


「アーリィ。」


「ああ。これは確たる情報だ。アマリアは今までにないくらいの憤りようでな。知っているだろうが、今は魔導研究のサミット中でな。吾もアマリアも先んじて各国に謝罪と対策を申し出たのだ。」


「あの話は全てが真実として伝えられている。その中でも、隣国のリシャーン王国には多大なる負債を負わせてしまった。慰霊碑も、存在するのだからな。」


「幸い、各国にはまだ情報が漏れていなかった。だが、何もせずに謝罪など出来ぬのが禁忌たるものでな。皇国はかなりの損失だ。中でも、リシャーン王国とは…。」


アーリィは疲れた表情で語ってくれる。


「これに書いてある事は誠か?アーリィ、お前がその責を負わなくても良いだろう。」


「そういう訳にもいかん。提示する必要があった。不安を、不満を与えぬ為に。」


「…あいつは認めなかっただろう?」


「認めさせた。ヴェル、リズ、メアリー。吾がリシャーン王国に提示したのは有事の際、召喚された者、並びに召喚した第一王子の首を以って事を治める様に進言したのだ。」


「馬鹿者!!」


私は絶句し、ヴェル姉さんは初めて怒鳴った。


「慌てるな。有事の際…と言っただろう。」


「王族を手にかけ、あまつさえ被害者をも殺すなど…。」


「有事の際だ。そうならんことを願おう。」


「馬鹿者が…。」


言葉以上に…目で語り合っているのだろう。

ヴェル姉さんもアーリィも、目を放さずに見合っていた。


「ヴェル。吾は何時までも汝たちの為にしか手を染めん。」


「理解はしている。だが、理解できん。何故、アーリィが責を負わねばならんのだ。」


「ああ。それにはアマリアに大分言われた。ヴェルにまで言われるのは堪える。吞んでくれ。」


「…幸せになるのだろう?」


「ああ。そうだ。下らぬ者を手にかけたとて、吾はもう何も思わぬよ。それに、責は吾だけで止める。」


「そう言う意味で言ったわけでは無い。」


「ああ。」


「馬鹿者。」


「そうだ。吾はそうだ。それしか出来んからな。そして、吾にしか出来ん。」


ヴェル姉さんが俯いてしまい、アーリィはヴェル姉さんの頭を撫でる事で会話が途切れる。

王族を手にかける、それだけで死罪は確定する。

それを他国に公言することで、逃げ道すらなくなっているのだ。


「召喚された者にもよるであろう。少なくとも、常識というものがあればの話にはなるがな。」


過去の話では、召喚された者は自己中心的な性格だったそうだ。

自分の為に他人がいると……。

皇国はたった一人のせいで、滅びかけたのだ。

チートの様な力を持っていたのにもかかわらず、魔王に挑んだが勝てなかったのだ。

怒り狂う魔王は皇国を、リシャーン王国を巻き込み暴れ、去っていった。


召喚された者は命からがら生き延びたらしいが、連行されることも無くある村にて暗殺された。

そりゃ、そうだろう。

この世界では倫理的にどうだ、道徳がどうのって話にはならないけど。

それでも、災いを巻くだけだった召喚者は負の対象でしかない。

禁忌にも指定される訳だ。


アーリィはチートの様な存在で、恐らく召喚された者にも勝てる。

なんせ、魔王を既に倒しているから。

アーリィは自分の力を誇示しない。

寧ろ、他国に現れた魔王を倒しに行き、有事の際には力を貸そうと手を取り合った。

皇太后陛下はアーリィの協力者で、他国との協調を望んでいる。

アーリィは、ただ、幸せになる事を望んでいるだけなのだから。


「アーリィ。」


「なんだ?リズ。」


「必ず、ここへ帰ってきて。約束して。」


「…。ああ、必ず。」


「なら、いい。ヴェル姉さん。いいよね?」


俯いたまま頷いた。

ふと、バルーク伯と目が合い、微笑まれる。

「仲の良い事だ。」

そう言われたような気さえするほど、優しい瞳だった。


「続きを話そう。」

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