第12話 勇者カイン、見捨てられる

 ニーナの忠告を無視し、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいくカイン。

 そんな彼に、明らかに乗り気でないながらもついて行くほかないグンツとロンベルト。

 そして彼らとやや距離を離して歩くニーナとヘルガ。


 ちなみにさっきデスワームに呑まれかけたパウラは攻略続行不可能と判断され、比較的安全と思われる場所に置いてきた。

 ニーナによって精神回復の魔術をかけられたので、しばらくすれば回復するだろう。

 それでも、トラウマが残るのは間違いないが。


「クソッ、クソッ! 僕は〔勇者〕カインなんだぞ……!? この僕が雑魚モンスターごときに……!」


「な、なあカイン、やっぱり戻ろうぜ……? 今日のオレたち、なんかおかしいよ……」


「同感……。まるで力が出ない……」


「やかましい! 貴様らは黙って、僕について来ればいいんだよ!」


 カインはどうしようもない怒りに身を任せ、仲間に対して怒鳴り散らす。


「それに戻るだって!? 戻ってどうする!? 勇者パーティの一員でなくなった貴様らに、一体なんの価値があるっていうんだ!? 言ってみろ!」


「「……」」


「この負け犬共めが! 貴様らは僕のために死に物狂いで戦え! それもできないなら、とっととくたばれ!」


 もはや本性を隠そうともしないカイン。

 そんなカインの傲慢極まりない発言を聞いたヘルガは、流石に嫌悪感を隠せなくなる。


「……最っ低」


「ヘルガさん、今は堪えましょう」


「ですが……!」


「たぶん……もうすぐ審判の時・・・・が訪れます」


 それはニーナの予測――いや、もうほとんど確信に近いものがあった。

 そしてまさにニーナがそう言った矢先、彼らは開けた場所へと出る。

 直後――


『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 木霊する方向。

 なんとそこにいたのは、紅い体躯と大きな翼を持つ炎竜フレイム・ドラゴンだった。

 そう――かつてカインたちが討伐した竜種ドラゴン族の強敵である。


「こ……こいつは、炎竜フレイム・ドラゴン!? どうしてこんなところに……!?」


「きょ、驚愕!」


「狼狽えるな! 一度は倒した相手だろう!」


 カインは剣を構え、炎竜フレイム・ドラゴンに向かって突撃。


「喰らえッ! 奥義――【聖虹空破斬ノーザンライト・ブレード】ッ!」


 それはカイン最大の必殺技であり、剣が虹色の魔力をまとって強烈無比な斬撃を繰り出す技。

 かつて彼はこの技で炎竜フレイム・ドラゴンの鱗を斬り裂き、勇者パーティを勝利に導いた。


 相手が同じであれば、もう一度同じ技が通用するはず――!


 無意識的にカインはそう思い、技を繰り出したのだが――その目論見は呆気なく崩れ去る。

 何故なら、カインの剣は炎竜フレイム・ドラゴンの前足で容易く受け止められたからだ。


『グウゥ……!』


「ばっ……馬鹿な! どうして――ぐがぁッ!」


 驚愕したのも束の間、カインはもう片方の前足で思い切り殴り飛ばされる。

 今度の威力はさっきデスワームに弾き飛ばされたものの比ではなく、カインは身体中を強打して骨折。

 手足はありえない方向へと曲がり、もはや誰の目から見ても戦闘継続は不可能だった。


「カイン! この、よくも――!」


「報復! 報復!」


 グンツとロンベルトも臨戦態勢を取り、武器を構える。

 そんな彼らに対して炎竜フレイム・ドラゴンは大きく口を開き――炎を噴射した。

 【竜の息吹ドラゴンブレス】――灼熱の炎であらゆる物を燃やし尽くす、炎竜フレイム・ドラゴン炎竜フレイム・ドラゴンたらしめる技。


「「うあああああああああああああああああッッッ!!!」」


 炎に包まれるグンツとロンベルト。

 同時に響き渡る絶叫。


 しかし実は、彼らが【竜の息吹ドラゴンブレス】を浴びるのはこれが初めてではない。

 かつて別の場所で戦った時もこの攻撃を受けたのだが、全身に魔力をまとい、高い魔力耐性を持っていた彼らはそれほどダメージを負わなかった。

 具体的には、回復魔術でなんとかなるレベルの火傷を負った――という程度だった。


 だが、今度は違う。

 【竜の息吹ドラゴンブレス】は彼らの身体を燃やし尽くしていく。

 もはや回復魔術などでは間に合わないほどの勢いで。

 ――もしまだ彼らが【魔力増幅者マナバッファー】によって魔力を供給されていれば、今回も火傷で済んだはずなのに。


「グ、グンツ……ロンベルト……!」


 重傷を負ったカインは、燃えゆく二人を見つめる。

 そんな彼の下に歩み寄るニーナ。


「……やはり、こうなってしまいましたか」


「ニ、ニーナ……?」


「撤退しましょう、カイン様。パーティは全滅です」


「て、撤退だと……? 嫌だ、僕が、そんな惨めな……!」


「そうですか、それでは私とヘルガさん・・・・・・・だけで撤退・・・・・致しますね」


「は……?」


 ニーナは冷酷な眼差しで、ボロボロのカインを見下す。

 ようやく――〝見捨てる決心〟がついたというように。


「カイン様――いえ、カイン・・・。あなたは、何故こうなったかわかりますか? どうしてあなたの剣が炎竜フレイム・ドラゴンを斬り裂けず、彼らが炎の餌食になったのか、説明できますか?」


「そ、それはぁ……」


「あなたがエルトを捨てたからです。私利私欲に駆られ、罪なき彼に罪を擦り付け、エルト・ヘヴンバーンという人がどれだけパーティにとって大事だったか、考えもしなかった。この惨状は……全てあなたが引き起こしたものです」


「ち、違っ……僕は、僕はなにも悪く……!」


「本当なら、天に変わって私が罰を下してあげたいところですが……私ごときが下す罰では、あなたにはきっとぬる過ぎる。よって――ここに置き捨てる・・・・・こととします」


 ニーナの口からその言葉を聞いたカインは――一瞬で顔面が蒼白になる。


「は……? ま、待てよニーナ、僕を見捨てるっていうのか……!?」


「ええ、そのままモンスターたちのお腹を満たすもよし。どうにか生きてここを出るのもよし。全ては天の御心のままに……。それではさようなら、カイン・グリード。もう二度と会うことはないでしょう」


 言い捨てるようにニーナは言うと、彼に背を向けてヘルガと共に歩き出す。

 ヘルガも、一瞬だけ「あ~清々した」と言わんばかりの目で見て背を向けた。


「ま、待て……待てよ! おい、待てって言ってるだろ、このクソアバズレ! 僕を助けろ! 僕は〔勇者〕だぞ!? 待てよ! 待て…………待ってくれ……! 助けて……助けてくれぇ!」


『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 カインの声を掻き消すような炎竜フレイム・ドラゴンの咆哮。

 ――この後、ニーナとヘルガは喪心状態のパウラを回収。


 三人で『闇の巣穴』から脱出したのだった。


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