第9話 勇者カイン、全てを台無しにされる


「クソっ……クソっ、クソっ――――クソがぁッ!」


 王城のとある一室で、カインは収まらない怒りを椅子にぶつけていた。


 ――シャーリーがカインの悪事を暴露し、エルトを連れ去ってから一週間。

 二人はカインの手引きによってA級指名手配され、莫大な額の賞金をかけられていた。

 今頃は賞金稼ぎたちが動き出し、彼らの首を血眼になって探し回っているだろうが――むしろ追い詰められているのは、カインの方だったりする。


 元々民衆から強烈な支持を得ていたシャーリーの発言により、カインの人気は急激に下落。

 さらに民衆たちからの強い要望により、カインの身辺調査が行われる事態に発展。

 現在でも「カインを〔勇者〕の座から引きずり下ろせ!」という声が王都の至る所で起き、まさに混迷を極めているような状況だった。

 

 もしここで通常の感性を持っている人物であれば、会見を開いて弁明するなり潔く身を退いて〔勇者〕の座から降りるなりしているところだろう。

 しかし強欲で傲慢なカインは、自分が〔勇者〕でなくなることが断じて許せなかった。

 ましてや、自分より遥か下の地位にいる民衆に頭を下げるなど冗談じゃない。

 自分が常に一番。自分以外の者はクズ。それが彼の考え方の根底にあったのだ。


 カインは賄賂などで王国の高官たちなどを買収し、事態の沈静化を図ろうとしていたが、もはやそんなことではどうにもならなくなる一歩手前まで追い詰められていた。


「お、おいカイン、少しは落ち着けよ……」


「そうよ、物に当たり散らかしても仕方ないでしょ?」


「同感。右に同じ」


 同室にいた〔大剣士〕グンツ、〔斥候〕パウラ、〔弓手〕ロンベルトの三人はカインに怯えつつ、なんとかなだめようとする。

 だがそんな彼らの言葉でカインが収まるはずもない。

 何故ならカインは初めから彼らを仲間となど認識しておらず、まとめて〝自分以外のクズ〟としか思っていなかったからだ。


「うるさい! 貴様らのようなクズになにがわかる!? 僕の怒りを沈めたいなら、あの町で騒いでいるクソバエ共を一匹残らず始末してこい!」


「ば、馬鹿を言うな! そんなことをすれば勇者パーティでいられなくどころか、俺たちは大量殺人犯になっちまうだろ!」


「ハッ、僕が〔勇者〕でいられなくなるだって? 僕はあのゴミ共のために〔勇者〕をやっているつもりなどない!」


 鬼気迫る表情でパーティメンバーに怒鳴りつけるカイン。

 その姿は、半ば錯乱していると言ってもよかった。


「いいか? 僕以外の人間など、全部ゴミクズだ! 能無しだ! 僕という栄光にたかるウジ虫共だ! そんなのはお前らも一緒なんだよ! 僕の機嫌取りもできないようなら、さっさとパーティから消えてなくなれ、この役立たず共が!」


「なっ……なによその言い草! アンタ、自分一人で勇者パーティが成り立つとでも思ってんの!? 能無しなのはどっちよ!」


「同感。カイン、流石に今のは訂正すべき」


「訂正だと? 僕に訂正すべきことなど一つもない! 貴様ら、僕に楯突くのか!? あぁ!?」


 ――もはや瓦解していると言っても過言ではない勇者パーティ。

 事態は一触即発、いつ仲間割れの殺し合いが起きてもおかしくない有り様だった。

 しかし、そんな彼らのいる部屋がトントンとノックされる。


「……失礼します。勇者カイン、いらっしゃいますか」


 そんなお淑やかな声と共に入ってきたのは、〔回復師〕ニーナだった。

 彼女の美しい容姿を見たカインは一転、作ったような笑顔を見せる。


「あ……ああ、よく来たねニーナ。すまない、少々声を荒げてしまった。僕になにかご用かな?」


「国王から直々の伝言です。〝今の勇者パーティは国民の支持を失い過ぎている。早急な名誉の回復行動を求める〟とのことです」


「っ……い、いやはや、国王も短気な御仁だ。それで、具体的に僕らになにをやれと?」


「はい、勇者パーティで『闇の巣穴』を攻略してはどうかと」


 ニーナがその地名を出した瞬間、パーティメンバーたちの間にどよめきが起こる。


「『闇の巣穴』って……これまで誰一人最深部に到達した者がいない、あのSSランクダンジョンか……!?」


「う、嘘でしょ!? そんなの死にに行くようなもんじゃない!」


「同感……無理だろう……」


 『闇の巣穴』とは、隣国との丁度国境をまたぐ形で存在する超高難易度ダンジョンである。

 これまで様々な冒険者が攻略を試みたが、その全てが失敗。

 『闇の巣穴』は立地の問題で国家間の所有権が決められなかったため、ここを攻略した者は新たな国の英雄になるとまで言われている。


 もしカインたちがここを攻略できれば、再び彼らの圧倒的な実力を世に知らしめることができる。

 勇者カインたちが国には必要なのだと再認識させ、民衆たちを有無を言わさず黙らせることも容易だろう。

 故に、『闇の巣穴』へ挑め――それが国王からの提案、いや命令。

 それに対して震え上がるのは至極当然だったが――カインは違った。


「……ふん、『闇の巣穴』か。いいじゃないか、どうせいずれは攻略せなばならない場所だったんだ。やってやるとも」


「わかりました、では国王にはそうお伝えを。それと……エルトの代わりとして、国王が腕利きの〔魔術師〕をご用意して下さいました」


「初めまして、ヘルガ・ハーパラでございます。以後よしなに」


 ヘルガという女性〔魔術師〕はしゃなりと挨拶する。

 やや小柄な彼女は可愛らしいがニーナと比べると垢抜けない顔つきで、少なくともカインの興味を引くほどではなかった。

 カインはそんなヘルガのことは無視し、


「心配しなくてもいいからね、ニーナ。どんな危険な場所であっても、キミのことは僕が――」


 そう言いながら、カインはニーナの肩を持とうとした。

 しかし――彼女の表情と目を見たカインは、腕が止まる。


「……カイン様、あなたは私に下心など持って・・・・・・・おられない・・・・・のですよね?」


 ニーナは無表情で――とても、とてもとても冷たい目をしていた。

 それは好きとか嫌いとかそういう次元を超えた、明らかな軽蔑と拒絶。

 まるで糞にたかるハエでも見ているかのような、そんな目。


 少しでも私に触れてみろ――その時はお前の指を捩じ切ってやるぞ――


 カインにはそんな意志表示にしか感じられないほどだった。

 それを向けられたカインは堪らず冷や汗が噴き出し、絶望でカタカタと歯を鳴らす。


「あ……が……っ」


「あなたはまだ身辺調査が行われている身の上です。軽率な行動は控えてくださいますよう……では、失礼します」


 お辞儀をすると、ニーナはヘルガを連れて部屋を後にする。

 そのすぐ後、ニーナたちはドアの向こうからガシャーン!となにかが蹴り倒される音を聞いたのだった。




「……ヘルガさん、カイン様たちを見てどう感じられました?」


「人格云々――ではなく魔力の話でございますよね」


「そうです。エルトがパーティを抜けてからというもの、明らかに魔力の量も質も下がったような気がして……」


「間違いないと思いますよ。皆様、以前はもっと他者を圧倒する魔力を放ってございました。それが今は半分……いえ、三分の一程度の魔力しか感じられません。『闇の巣穴』の攻略……おそらく困難を極めるでしょう」


「やっぱり、私たちはエルトがいてくれたからこそ強くなれていたのですね……」


 ふぅ、とため息を漏らすニーナ。

 わかってはいたのだ。彼がパーティにどれだけ貢献していたか。彼の【魔力増幅者マナバッファー】がどれだけ強力なスキルなのか。

 やっぱりあの時、自分がちゃんと彼を信じてあげていれば……。

 ニーナの心にはただ後悔と、本当なら今すぐにでも彼を探しに行きたいという気持ちで一杯だった。

 だが今だ勇者パーティに在籍している彼女に、そんな自由は認められなかったのだ。

 そんな寂しそうなニーナを励ますようにヘルガは笑い、


「ああ、でもニーナ様だけは魔力の低下が感じられませんよ。以前のままでございます。きっと、エルト様もニーナ様のことを想い続けているんじゃないですかね?」


「そ、そんな、想い続けてるだなんて……!」


「フフ、早くあの方を探しに行けるといいですね」

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