第8話 勇者にならない?


「いやはや、娘を助けて頂いて本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいのか……」


 耳長小人ドゥリン族の村の村長が、ぺこりとお辞儀をしてくれる。


 ――耳長小人ドゥリン族の少女を助け出した後、俺とシャーリーは彼女を村まで送り届けたのだが、なんと少女は村長の娘だったらしい。

 村に到着して事情を話すなり俺たちは盛大に歓迎されてしまい、お陰で村総出のお祭り騒ぎになってしまっている。

 もう飲めや歌えやで、俺たち二人では食べ切れないほどの料理まで出してくれる状態。

 そんなおもてなしに対して、俺は嬉しくありつつも少し申し訳ない気持ちでもあった。


「俺は当然のことをしただけですよ。どうぞ、そんなにお気になさらないでください」


「そういうワケにはいきません。ワシら亜人と呼ばれる種族を命懸けで助けてくださる方など、そう多くはないのですじゃ。感謝してもし切れません」


「……世の中、まだまだ亜人や魔族を差別的に扱う人は多いものね。本当、反吐が出るわ」


 不快そうにシャーリーが言う。

 そういえば彼女も勇者パーティ時代には無益な殺生を好まず、魔族や亜人を積極的に庇うことで有名だったもんな。

 そのせいでカインと揉めることも度々あったとかなんとか。

 まあもっとも、俺も罪のない亜人や魔族を殺すなんて反対……というよりそれをやる奴の気が知れない。

 そんな風に思い、なんともモヤモヤしていると――俺が助けた耳長小人ドゥリン族の少女が、華やかな衣装をまとって現れる。

 ちなみに彼女の名前はラウハというらしく、ついひと月前に成人したばかりなのだそうだ。

 彼女は頬を赤らめたまま俺の前で膝を突き、


「先程は、お助け頂いて本当にありがとうございました。ご恩は一生忘れません、勇者様・・・


「勇者……って、俺のこと?」


「はい。私にとってエルト様こそが勇者です。感謝の印として……私の勇者様に、この身を捧げたく存じます」


「……ん? それってどういう――」


「エルト様、ぜひあなたに娘を嫁がせよう・・・・・と思っておるのですが、貰ってはくれませんかな?」


「ぶふぇ!?」


 村長の言葉に、思わず口に含んでいた飲み物を吹き出してしまう俺。

 嫁ぐって、俺のお嫁さんになるってこと? なんで?

 心の整理が付かない俺とは対照的に、シャーリーはケタケタと面白そうな物を見る目で笑ってくる。


「あ~ら、よかったわねエルト。こんな可愛い娘さんを貰えるなんて、役得じゃない?」


「からかわないでくれよシャーリー! 大体、俺――というか俺たちはそんな悠長なことしてる場合じゃないだろ!?」


 俺は息を整えてラウハに向き直り、


「ラウハ、気持ちは嬉しいんだが……俺はキミを貰うことはできないんだ。わかってくれ」


「それは、どうしてでしょう……?」


「俺とシャーリーは、この国を出るつもりなんだ。実は色々あって、国内にいづらくなっちゃってさ。国境越えも安全とは言えないし、キミは連れていけない」


「そんな……」


「うむむ、それは残念ですじゃ……。しかしエルト様、いずれはこの国にお戻りになられるのですかな?」


「え? まあ、いつかは戻ってきたいな……なんて……?」


「それでは、国にお戻りになった時こそ娘をお連れ下され。それまで、この子には待たせておきましょう」


 ん~? 俺にラウハを嫁がせないって選択肢はないのか~?

 参ったな……将来の結婚相手が決まってしまったような気分だ……。

 この国に戻ってきづらくなったというか……戻ってこなきゃいけなくなったというか……。


「…………それにしても、俺が勇者・・……か」


「エルト様……?」


「ああいや、すまない。ちょっと勇者って言葉に……抵抗を感じちゃってさ……」


 勇者――それは俺を陥れた勇者カインと同じ響き。

 その呼び名事態に悪い意味合いはないとわかっているのだけど……それでも、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


「……ねえエルト、ちょっといい?」


「ん? なんだシャーリー?」


「実は前にも言おうとしたんだけどね……あなた、本当の〔勇者〕になってみる気はない?」


「俺が……〔勇者〕に……?」


「うん、隣の国に行って〔勇者〕を目指すの。国に大きな貢献を果たした冒険者なら、出自を問わず〔勇者〕になる資格を与えられる。今のエルトだったら、それは十分に可能だと思うわ」


 ――それは、これまで考えたこともない話だった。

 俺が、〔勇者〕に?

 これまでずっと、勇者パーティの一員になりたいと思って生きてきた。

 そう、あくまでパーティの一員。

 それが自分の限界だと、無意識に思っていたんだと思う。


 でも――そうだ、今の俺には【魔力増幅者マナバッファー】で増幅した力がある。

 やってやれないことはない――のかもしれないが……


「カインと同じ立場になることに抵抗があるのはよくわかる。でも、同じ立場に立ってこそ本当の意味でアイツを見返すことができる……そうは思わない?」


「!」


 シャーリーの一言にハッとする。

 そうか……カインを見返す、か……。


「……そうだな。確かに、いつか同じ立場になってあっと言わせるのも悪くない」


「じゃ、決まりね。村長さん、私たちは明日にでも村を出るので、どうか一泊だけさせてはもらえませんか?」


「勿論ですじゃ。本当ならずっといて欲しいくらいなのです。しかしエルト様が本当の〔勇者〕を目指されると仰るなら……ぜひアレ・・をお渡ししたい」


 村長は一度俺たちの前からいなくなると、どこからか一本の〝剣〟を持って戻ってくる。


「エルト様、どうぞこれをお持ち下され」


「この剣は……?」


「我が耳長小人ドゥリン族の村に古くから伝わる宝剣ですじゃ。この剣は古の魔力を帯び、使い手を厄災から守ると言い伝えられております。役に立つかはわかりませぬが、あなた様にこそ相応しいと思うのです」


「いいじゃない、〔勇者〕といえば剣! これでエルトもだいぶらしくなる・・・・・でしょ」


 村長から剣を渡された俺は、それを鞘から抜いてみる。

 すると剣身には呪文のような文字がびっしりと刻まれており、如何にも古い時代に鍛えられた剣であることが一目でわかった。


「ありがとうございます、村長さん。大事に使わせてもらいます」


「ええ、ラウハの嫁入り道具に持たせるつもりでしたが、夢が叶った気分ですじゃ。いつでもその剣と共にラウハがいると思ってお持ち下され」


「アハハ……それは余計に大事にしなきゃですねぇ……」


 なんとも言えぬプレッシャーを感じつつ、俺は宝剣を腰に差す。


 そうして歓迎は続き、翌日俺とシャーリーは見送られるまま村を出たのだった。

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