第5話 新たな相棒


「――うわっ!」


 【瞬間移動テレポーテーション】が終わり、地面に放り出される俺。

 そこはどこまでも草むらが続く平原で、王都など影も形も見当たらない。

 おそらく相当遠くまで飛んできたのだろう。

 思わず尻餅をついてしまい、痛むお尻をさする。


「痛た……な、なにはともあれ助かりました。本当にありがとうございます、シャーリーさ……ん……?」


「…………もう駄目、魔力が切れて力が出ない」


 彼女の方を見ると――そこには顔から地面に突っ伏してお尻を掲げ、もう一ミリも動けませんというポーズを取るシャーリーさんの姿があった。

 その姿は、さっきあんなに格好よく登場してカインの悪事を暴露したのと同じ人物とはとても思えない。


「だ、大丈夫ですか……?」


「あなたとアタシ、二人分を王都から遠く離れた国境沿いまで飛ばしたのよ……? 魔力を使い果たして、もう指一本動かせない……。悪いけど、腰のポーチから魔素瓶を取ってもらえる……?」


「は、はい」


 言われた通り、彼女のポーチから魔素瓶を取り出す。

 俺は蓋を開けると、それを彼女に飲ませてあげた。


「んっ……ふぅ、ありがとう。ちょっと回復したわ」


「よかった。歩けそうですか?」


「なんとかね。うん、しょっと……」


 ダルそうに身体を起こし、杖を持って立ち上がるシャーリーさん。


「とりあえず、カインの奴から助けることには成功したわね。怪我はない? エルト?」


「俺なら大丈夫です。本当に、シャーリーさんが来てくれなきゃ今頃どうなってたか……」


「シャーリーさん、なんて堅苦しいじゃない。シャーリーでいいわ。それに敬語もいらない。アタシとあなた、別に知らない仲ってワケじゃないんだから」


「え? あ、ああ……それはそうだけど……」


 言われてみれば、彼女は黒猫のミラだったんだよな。

 ってことは俺が勇者パーティに入ってからほぼずっと一緒にいたことになるから、今更と言えば今更なのか。


「それじゃあ、改めて……。助かったよ、シャーリー。キミが来てくれて命拾いした」


「どういたしまして。……と言いたいところだけど、実はあなたに謝らなきゃいけないのよね」


「? それはどうして?」


「勇者パーティから抜けた後、アタシは猫に姿を変えてカインの同行を見張ってきた。アタシがパーティの一員だった頃から、アイツは陰で最低なことばかりしてたから。どうにかしてカインの悪行を世間に知らしめるチャンスを窺ってたの」


「で、それが俺の処刑されるタイミングだったと」


「そういうこと。ちなみにカインがあなたに着せようとしていた罪も、そのほとんどがアイツ自身がやったことよ。それをあなたみたいな正直者に擦り付けようとしてたのも、本当に許せなかったのよね」


「俺の罪って、確か殺人、窃盗、婦女暴行、汚職、賄賂……」


「それでもごく一部だから」


「ま、まさかカインの奴が……」


「そ、全部やってた」


「……うわあ」


 思わずドン引きする俺。

 カイン、俺の知らないところでそんなに悪さばかりしてたのか……。

 確かに性格が悪くて嫌な奴だとは思っていたけど……。


「民衆の前であれだけ派手にぶちかませば、嫌でもカインに調査の手が入るはず。そういうワケで……タイミングを借りて暴露したっていう意味では、あなたを利用しちゃったってことになるのかな……ごめんね……」


 謝る彼女の言葉を聞いて、俺はふと牢獄の中で聞いた言葉を思い出す。


『――ごめんね、もうちょっとだけ待ってて・・・・


 あれはきっと、ミラに化けたシャーリーが言っていたのだろう。

 なるほど、そういう意味だったのか……。


「いや……それでも、俺はシャーリーを悪いだなんて思わないよ。むしろあの時は心の底からスカッとした。だから俺は謝られることなんてなにもない」


「……そう言ってくれると、ちょっと救われるわ。ありがとね」


 シャーリーはやや照れ臭そうに顔を下げる。

 その表情は、凛とした顔つきの彼女がとても可愛らしく見えた。


「さて……ところで、シャーリーはこれからどうするんだ? 王都に戻ってカインの悪行を暴き続けるのか?」


「いえ、どうせ今頃はアタシもお尋ね者にされてるでしょうしね。アタシの役目はもう終わり。後は人々の意志に任せるわ。……エルト、あなたこそどうするのかしら?」


「俺は……」


 ――どうすべきなんだろう。

 どこか辺境の地で、名もない冒険者として過ごすか?

 ニーナには申し訳ないが、もうしばらくは王都に戻れないだろう。

 いや――あるいは永遠に……かもしれない。


 ――そうだ、ニーナ……。

 俺には、彼女が無事に過ごしてくれることを願うことしかできない。

 カインもあんな暴露をされたら、ニーナに下手に手を出せなくなるはずだしな。

 そんなことをすれば自分の企みを証明することになってしまうし。


 いつか……いつかまたどこかで会えることを祈って、俺は自分の道を行くしかない、か……。

 俺がそんなことを思っていると、


「……ねえエルト、もし特にアテがないならアタシとパーティを組まない?」


「え? シャーリーと……?」


ミラとして過ごす中で、あなたがどれだけひたむきに努力してパーティに貢献していたかこの目でずっと見てきた。エルトは誠実で信頼できるし、なにより有能。だからカインの件が済んだら勧誘しようってずっと思ってたの」


「な、なんか改めてそう言われると照れるな……」


「で、どうかな? それにどうせ居場所がなくなった者同士、丁度いいと思うけど」


 ニコリと笑って誘うシャーリー。

 それは正直意外な提案だった。

 何故なら、


「それはありがたい提案だけど……俺もキミも〔魔術師〕だからなぁ。バランスが悪くなるんじゃ……」


「関係ないわよ。あなたには【魔力増幅者マナバッファー】があるじゃない」


「ああ……【魔力増幅者マナバッファー】でキミの魔力を増幅するって? 確かにそれもアリか……」


「……」


 俺が考える様子を見せると――何故か、シャーリーは怪訝そうな表情をする。



「ねえ、前々から思ってたんだけど……あなたの【魔力増幅者マナバッファー】って、自分自身・・・・の魔力を増幅することはできないの?」



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