第2話 牢獄の中で


 ――身に覚えのない罪を着せられ、薄暗い牢獄に繋がれてから早二日。

 俺は不衛生でボロボロなベッドの上で、ずっとうずくまっていた。


「どうしてこんなことに……俺は罪なんて犯してないのに……」


 なんとかして無実を証明しないと――

 でもこの状態でどうしたら――

 そんなことばかり考える。


 そもそも、どうして俺はなにもしてないのに証拠なんて出てきたんだ……?

 絶対におかしい。

 なにもかもが奇妙だ。

 誰かが、俺と陥れようとしてるのか……?

 でも一体誰が……。


「いや、今はそんなことはいい。とにかくこれからどうするか考えないと……」


 この牢獄から脱出するか?

 いや、そんなことをすれば自分が犯罪者だと証明するようなものだ。

 なら助けを呼ぶのはどうだ?

 俺にとって誰より頼りになる存在は――やはりニーナだろう。

 なんとかして彼女とコンタクトを取りたいが……いや、ニーナはカインに釘を刺されてる様子だったし――


「……思えば、ニーナと一緒に故郷を出てきてもう五年か」


 勇者パーティの一員になることに憧れて、ニーナと一緒に故郷を出て五年。

 必死に努力して冒険者としての格を上げ、英雄でもある勇者カインに認められるまでになって、自分のスキルを褒められた時は本当に嬉しかった。

 もっとも〔回復師〕として純粋に実力を認められたニーナと違って、俺がパーティに入れたのは〝前任者の〔魔術師〕〟が抜けた穴を埋めるって意味合いが強いものではあったけど。

 それでも、十分すぎるくらいにありがたかった。


 勇者パーティの一員になってからも努力と感謝を忘れたことはなく、少しでも腕を磨くために寝る時間も惜しんで魔術の訓練をして、パーティのためならどんな雑用でも進んでこなしてきた。

 そうして、少しでも足を引っ張らないようにしてきたつもりだったのに――

 それが、それがどうして――


 あまりにもやるせない気持ちで胸が溢れ返り、言葉が出なくなる。

 頭が真っ白になってしまい、再びうずくまって顔を下げる俺だったが――


「……ニャーン」


 ふと、動物の鳴き声が聞こえた。

 猫の鳴き声である。


「え? この声は……ミラ?」


「ニャーン」


 俺が顔を上げると、牢獄の鉄格子の前に座る一匹の黒猫の姿。

 黒猫は鉄格子の間をスルリと抜けると、俺の方へ歩み寄ってくる。


「ミラ、お前どうしてこんなところに……」


「ニャーン」


 この黒猫の名前はミラ。

 俺が勇者パーティの一員になった後にどこからともなく現れ、とても俺に懐いてくれた不思議な子だ。

 あまりにも懐いてくれるので、俺はよく餌をあげたりなどして仲良くしていた。

 ミラは俺の膝の上に乗ると、その暖かな身体を丸める。


「ニャーン」


「アハハ、こんな場所までやって来るなんて、お前は本当に不思議な奴だな。……でもありがとう、ちょっと励まされたよ」


 俺はミラのふさふさな身体をゆっくりと撫でてやる。

 これも俺にとっては日課のようなものだったが……。


「……ごめんな、ミラ。もしかしたら、俺がキミをこうしてやれるのも最後かもしれない。俺は処刑されるかもしれないんだ。どうにか、無実を証明できればいいんだけど……」


 こんなことを言っても仕方ない。

 そうわかっていても、俺の口からは漏れ出るようにそんな言葉が出た。


 すると――その時である。



『――ごめんね、もうちょっとだけ待ってて・・・・



 声が聞こえた。

 どこからか、女性の声が。


「え?」


 驚いた俺は辺りを見回してみる。

 だが当然周囲に人影などなく、ここには俺とミラしかいない。


「今のは……」


「! ニャーン」


 ミラは何かに気付いたようにピンと耳を立てると、俺の膝から飛び降りる。

 そしてそのまま走り去り、またどこかへ消えてしまった。

 その直後――牢獄の入り口を空ける者の姿。


「……どうやらだいぶやつれたようだな、犯罪者」


「カイン……!」


 俺の前に現れたのはカインだった。

 俺は鉄格子に掴み掛かり、


「聞いてくれ、カイン! 俺は無実なんだ! 誰かが俺をハメようとしてるんだよ!」


「…………そんなことが、何故貴様にわかる? それこそなにか証拠でもあるのか?」


「そ、それは……とにかくちゃんと裁判をやってくれ! 俺にだって弁明する権利はあるだろう!」


「ああ、それなんだがな……裁判は行われないことになった」


「は……?」


「貴様が私利私欲のために勇者パーティの名に傷を付けたのは、どうあっても許されることではない。そこで僕が直々に話をつけ、明日にもエルト・ヘヴンバーンの処刑が執行されることになったのだよ。喜べ」


「そ……そんな無茶苦茶な……!」


「安心したまえ、ニーナのことは僕がしっかり面倒をみてやるからさ。キミは――さっさと地獄に落ちるんだな、フハハハハ!」


「カイン! 待て、説明しろ! カインッ!」


 高笑いと共に去っていくカインの後ろ姿。

 俺はそれを、必死に鉄格子を揺さぶりながら見ているしかできなかった。


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