人間嫌いの理想郷

 ちょっと遊んでみないか、とアザミは言った。八乙女は読んでいた本から目を上げると、何も言わずにじとっとアザミを見つめた。

 指を挟み、ページを閉じる。そうしてから八乙女はようやく、何それ、と返した。

「人間が醜いこたァ分かった。じゃあ、『人間が美しい』と言う奴らの論理を考えたことはあるか?」

「無い」

「今日は美しいものについて話そう。アンタの考える理想の生き物って何だ?」

 アザミはそう言ってどかっと椅子に座った。足を組み、頬杖をついて、偉そうな素振りだ。それに嫌そうな顔をするでもなく――彼女にしては珍しく――八乙女は話に応じた。

「人形よ」

「人形?」

「見た目には性別が無く体液や体毛も無い陶器の肌をした生き物」

「あー……見た目がまずグロいからなんとかしろってことな」

「中身は……そうね……とりあえず無欲、かな」

「無欲か」

 アザミは足先を揺らして楽しげに微笑む。彼女がこのような表情をするとき、それは愉快な反論が生まれたときだ。

「欲の無い人間は存在しない。アンタも含めてな! 人間には少なくとも睡眠欲と食欲、排泄欲があるからな。これに至っては全ての生き物に共通するぜ」

「そこだけは最低ラインってことね……じゃあそう、周囲に合わせて的確に感情や表情を変えられる人間かな」

「……其奴ァロボットと一緒じゃねぇか」

「いいね、ロボット。中身が無いところとか」

「アンタ人間の英智全てを否定するんだな……?」

「どういうこと?」

 ダメだダメだ、と言いたげにアザミは首を振った。続けて、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「中身が無い人間は愚かだ。必ず権威にあてられて利用される。人間の英智ってのは『ココ』だぜ?」

 そう言ってアザミは人差し指で自分の頭をつついた。

「人間とAIの違いは、自分の脳で考えてるか否かだ。AIに政治はできねぇ。それが人間の英智だ。なにせ、AIは予測されたパターンしか対処できねぇからな!」

「そうだとしたら、無駄なものが多すぎるのよ、人間には。必要なのはホルマリン漬けの脳と切り出して機能する性器だけよ」

「エッグいなテメェ」

「必要最低限の人間だけが存在すればいいのよ」

「その世界はもはや人間のためのものではないな。幸福追求権なんてあったもんじゃねぇ」

 それもそうね、と八乙女は納得する。少し上を見て考え事をするような素振りを見せてから、だとすると、と話を繋いだ。

「私の理想は人間にとって幸せではないのかもしれない」

「『かもしれない』じゃねぇよ、ディストピアなんだよ。不幸な状況下では賢い人間は生まれてこねェ、知ってんだろォ?」

「……いっそ人間なんか滅んだらいいんじゃない?」

「あー、ダメだダメだ、今日はここまでにしとこう。貴重な発見があって良かったな」

「何よ、ダメなの?」

「アンタの考え方が変わらないんじゃ『魔法』の意味が無ェ」

 アザミは立ち上がって部屋を出ていく。取り残された八乙女は一人、なんだ、つまんないの、と呟いて、指を挟んでいた本を読み始めた。

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