第4話 三箇所目 滝口寺 1982.8
祇王寺から歩いてすぐの滝口寺。が、嵯峨野は見どころが多いため、ここを訪れる人はかなり少ないかもしれない。ここもT子ちゃんの従姉(おねえ)ちゃんのおすすめだった。このお寺にまつわる平家物語の一節をお婆さんの語りで聞けるというのだ。かなり楽しみだった。一段とひっそりと鄙びた茅葺屋根の庵には、聞いていた通りの老婆がちょこんと座っていらした。
私たちが挨拶をして座るとすぐに、滝口入道と横笛の恋愛悲話を語り始めてくださった。お寺で平家物語を語って聞かせてもらえるのは、おそらく此処ぐらいだったろう。琵琶法師ならずとも、人生を知り尽くした年齢の方から訥々と語られる平家物語に、私たちは聞き入った。お婆さんと私たち二人の他には誰もいなかった。
滝口入道と横笛の話のあらましはこんなだった。
御所を警護する滝口の武士斎藤時頼は、身分の低い女官の横笛と恋に落ちるが父親から結婚を許されない。駆け落ちという親不孝もできず、父親の薦める他の女性と結婚することもできずに時頼は出家を決心し、この地で修行に励む。時頼に一目会いたいと横笛は探し回って嵯峨野をたずねると、荒れた僧房から時頼の読経の声が聞こえてきた。横笛が会いたいと申し出ても時頼は仏に仕えるという決心を変えることなく横笛に会わなかった。横笛は嘆きつつ自らも尼寺で髪を下ろした。
滝口入道と横笛の話は平家物語のサイドストーリーのようなものだ。平家物語のジャンルは軍記物語とされているのだが、祇王や横笛のように女性が多く登場するので彩りがありながらも悲しみや感慨がより深まる。
私たちだけのために語ってくださった物語は20分ほどだったが、30年以上経った今でも味わい深い思い出となっている。
※現在は、‘語り’はされていないようです。
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