伯爵のお髭は犠牲になったのだ……
「……それで、申し訳ないのですが屋敷の修繕と改築費用を国から支援いただきたく……」
「あっ、父様のこえだ!」
「しー、ルシウス。大人の話の邪魔をしてはならぬ」
執務室の前の衛兵に軽く挨拶して、室内に入る。
防犯のため、扉を開けてすぐの場所に執務室はない。続きの間を通る必要がある。謁見待ちの者は手前に待合室があり、入室許可の声がかかるまで椅子に座って待つことになる。
「邸宅が半壊とはお気の毒に。しかし、王都全体に被害が出ている現状でリースト伯爵家にだけ多額の支援をするわけには参りませぬなあ」
「な、ならば、借入でも構いませぬ! ですが緊急時ということで利息は下げていただきたい!」
話し合いが紛糾している。
どうやらメガエリス伯爵は地震で崩れてしまった屋敷の早急な修繕に国からの支援を申請しに来たらしいのだが、宰相が何かと難癖をつけているようだ。
国王はといえば、そんな宰相を宥めている。
(この状態で何かメガエリスさんと交渉したいことでもあるのかしら? ここの宰相閣下は)
半壊とはいえ有力貴族の家が崩れたとは一大事だ。
細かい条件は後で詰めるとして、まずは資金を投入しないことには修繕に必要な資材も集められない。
「もう結構! そこまで四の五の言うなら国の支援なしでも立て直して見せようぞ! 宰相、もちろん貴様の支援も要らぬ!」
(あらっ、決裂っ!?)
足音荒く戻ってきたメガエリス伯爵を皆で出迎えた。
「とうさまー!」
とてとてとて、と駆け寄って白い軍服姿の父親にルシウス少年が抱きついた。
「ルシウス……カイルも。先に騎士団に行ってなさいと申したであろう……」
「だって父様と一緒に行きたかったんだもん。ね、兄さん!」
「……うん」
「ああーもう! 私の息子たち可愛すぎでは!?」
ルシウス少年のまだ小さな身体を、自分の軍服の飾りに気をつけながら抱き上げて、ほっぺたをすりすり擦り合わせている。
青銀の髪の麗し親子のスキンシップに、マーゴットたちはほっこり分をチャージしながら見守った。
ところが、キャーキャー嬉しげに騒いでいたルシウス少年が、なぜか、すぐにピタッと声も動作も止まってしまった。
「ルシウス?」
「ふわふわじゃない……」
「ん?」
「父様のおひげがふわふわじゃない! ぺしょってしてる! ぺしょー!」
うわあああん! とギャン泣き再びだった。
「あー……そうか、今日はシャワーを浴びてそのままだな。髭の手入れをする余裕はさすがになかったのう……」
顎の辺りの青銀色の髭に指先で触れながらメガエリス伯爵が困ったように目を眇めていた。
国王の執務室近くでいつまでも騒いでいるわけにはいかない。
サロンを使って良いとグレイシア王女が言ってくれたので、移動して話を聞くことにした。
「さすがに屋敷を今すぐ我が家だけで建て直すのは難しくてですな……。国王陛下に支援か融資をお願いしに参ったのですが、宰相の野郎が余計な口出しをしおって!」
(メガエリスと宰相のグロリオーサ侯爵は学生時代の同級生なんだ)
(あらー、ライバルとかそんなご関係?)
ひそひそっと横からグレイシア王女が教えてくれた。
「……王家の皆様は父様と仲が良いから、すぐ支援してくださるかなって思ってたけど」
美少年の兄カイルがぽそっと呟いた。
父伯爵を挟んで反対側のルシウス少年はむむむっと膨れっ面になっている。
「あくのさいしょう、ゆるすまじ!」
「ははは、それは言い過ぎだ、ルシウス。ははは、覚えてるがよい、この恨みは忘れぬ、ははははは!」
当のメガエリス伯爵はだいぶ自棄になっている。
(でも大丈夫なの? メガエリスさんて陛下のご意見番で魔道騎士団の団長なのでしょ? 宰相閣下と仲が悪いなんて)
(あー、それはな、多分心配いらない)
(?)
「さいしょう、父様のファンなくせに! 父様をいじめるなんてわるいやつ!」
「ファン?」
「さいしょうは父様のファンクラブかいちょうなの! 父様がだいすきなのにいじわるするなんてさいてい!」
「???」
どういうこと? とマーゴットが首を傾げていたら、苦笑しながらグレイシア王女が教えてくれた。
「若い頃のメガエリスは魔法剣士というより、居合い剣士で相当格好良かったらしくてな。学生時代、学園内で今の宰相がファンクラブを作ってファンたちをまとめていたそうなんだ」
「えっ。ということはメガエリスさんのお味方よね? 宰相のお立場的に過剰な贔屓は良くないけど、メガエリスさんが困ってるのになぜ支援を阻止するような意地悪を……?」
先ほど少し耳にした限りでは、テオドロス国王はリースト伯爵家への支援に賛成だった。
余計な口を挟んで阻害していたのが宰相だったではないか。
「ツンデレ」
「はい?」
「だから、ツンデレ。最初はツンケンして、後から自分がメガエリスに援助を申し出るつもりだったんだろ」
「えええ」
でもその前に怒ったメガエリスが執務室を飛び出してしまったので、デレ発動までいかなかったらしい。
「なあにがツンデレですか。あやつは私と同い年ですよ。60超えたジジイにツンデレも何もありませぬ!」
「そうですねえ。良いお年の紳士のなさることとは思えませんねえ」
とまあ、そんな顛末だったわけだ。
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