第二章 夢と忘れそうなほど充実の日々

麗し兄弟の避難

 客間付きの侍女は既に起きて控えの間にいたので、散歩したい旨を伝えると王族家族のプライベートエリアの庭園を勧められた。


「おはよう、グレイシア。早いのね」

「お前もな」


 庭園の中の広場で、シャツと短パン姿に豊かな黒髪をポニーテールにしたグレイシア王女が、父親のテオドロス国王と組手のトレーニングをしていた。


「おはようございます、陛下」

「おはよう。カーナ殿は……まだそのままなのだな」


 マーゴットが持っていたバスケットの中を見て、気の毒そうな顔をされた。


 見学の許可を貰ったのでベンチに腰掛けながら、アケロニア国王と王女の組手を眺めていた。

 アケロニア王族は防御に特化した武術を代々修めていると聞く。

 二人は派手な打ち合いはしなかったが、型通りの動きは案外鋭く、ひとつひとつの動作に乗せる力も強い。

 最後にバシッと音を立てて父娘が組手を終えると、庭園内の空気がスッと澄み切った。


「これは……」

「型による浄化儀式だ。うちの王家は日課の組手で手軽にやるんだ」

「国が変われば違うものね。カレイド王家は弓だけど……」


 そうだ、忘れていた。当代の国王家族は毎朝と毎夕に弓祓いをする習わしだったはずだ。

 それが、あの魔の入った王妃を娶った現国王は疎かにしている。バルカス王子に至っては遊び呆けて弓すら触っていないだろう。


 マーゴットは王弟の父公爵から習う前に、その父を亡くしてしまっている。


「あと数日すればシルヴィス殿が戻ってくるのだから、彼から習えばいい」

「そうするわ。彼に時間があればね」

 

 凛と澄み切った庭園の空気を肌で感じながら、この雰囲気は懐かしいと思った。

 まだ両親が生きていた頃はオズ公爵家に満ちていた空気と同じだった。




 朝食を終えた頃、転入するはずだった王都の学園の制服が完成したとのことで、マーゴットの元に届いた。


「まあ。シックでお洒落ね」


 男女ともにブレザータイプの制服で、ブレザーは深みあるビリジアングリーン。スカートはグレーのチェック地。丈は足首まであったが、膝丈までなら詰めても良いそうだ。

 あとは女子はブラウスと学年色のリボンを胸元に。


「だが昨日の大地震のせいで、学園は数日休講だ。再開は学年の建物や設備の安全確認後になる」

「了解したわ」


 本来なら学園への登校がない日は王都や、主だった国内の帰属領を視察させてもらう予定だった。

 だが、昨日の地震で王都はまだ混乱が残っているだろう。


「リースト伯爵家のルシウス君に会いに行きたかったのだけど」


 あのネオンブルーの魔力の込められたぶどう酒や飴玉のことを、もっと詳しく聞きに行きたかったのだけれど。


「それなら心配ない。今日は午前中に一家揃って王宮に来るはずだ」




 グレイシア王女が言った通り、リースト伯爵家の面々が王宮に来たのは、まだ朝の時間帯のことだった。


 しょんぼりした様子の青銀の髪のルシウス少年が、兄の美少年カイルに連れられて王宮の回廊を歩いていたところを見つけた。

 それぞれ旅行バッグと通学鞄を抱えていて、


「あのね……おうち壊れちゃったから、ぼくたちだけでも避難しなさいって、父様が」


 兄弟の父、リースト伯爵メガエリスは国王に被害報告のため執務室に行っているという。


 とりあえずふたりの荷物を預けて、伯爵が戻ってくるまでマーゴットの客間で待ってようと誘うと、兄カイルが遠慮がちに頷いてくれた。


 自宅の被害状況を聞くと、半壊した部屋にはほとんど使用人たちがおらず、物置き用に使っていない部屋や、客のいない客間の多い棟だったので怪我人はほぼゼロだそうだ。

 幸い、当主の部屋や貴重品のある棟は丸ごと無事だったという。

 ただし、崩れた場所が兄弟それぞれの子供部屋から近かったため、安全のため避難を決めたようだ。


 途中でグレイシア王女に会ったので、彼女の許可を得て兄弟を連れて執務室へ向かった。


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