「カーナ様を元に戻して見せます!」

「でもメガエリスさん。ご自宅の修繕にしろ改築にしろ、何かと物入りでしょう。私の包丁に憑いていた悪影響でご迷惑をかけてしまいました。私にも援助させて欲しいのです」

「え。い、いや、公女様のせいでは……」


 ここしばらく、王都近郊では地震が続いていた。

 仮に魚切り包丁の魔祓いの影響がなかったとしても、遅かれ早かれ大地震は来ていたはずだった。


「あいにく、まとまった手持ちはないのですが、代わりになりそうなものはあるんです」


 サロンに控えていた侍従に声をかけて、宿泊している客間付きの侍女に、客間からマーゴットの荷物をひとつ持ってきてくれるよう頼んだ。

 5分もすると、すぐ頼んだ物を持って侍女がやってくる。

 布の巾着だ。中から取り出したものは角の丸い金色の薄い板のようなものだった。


「マーゴット、それは?」

「カーナの龍のウロコよ。アケロニア王国に来るとき、カーナに乗ったらいくつか剥がれかけてたから貰っちゃったの」


 頭部の柔らかく、比較的細かいウロコだ。

 一枚あたりマーゴットの手のひらぐらいの大きさで、ほのかにカーナの虹色を帯びた真珠色の魔力を放つ黄金板のようだった。


「カレイド王国でなら、神殿に奉納して孤児院や救貧院への支援原資にしてもらうんですけどね。お詫びとしてどうか受け取ってくださいな」


 黄金のウロコは3枚。2枚をメガエリス伯爵に、1枚はグレイシア王女に渡して王都で被害を受けた地域の炊き出しや、人々への必要物資の手配に使って欲しいと手渡した。

 ちなみにカーナのウロコは、カレイド王国では1枚あたり白金貨(約5百万円)数枚で取引されている。

 この国でも薬師ギルドや錬金術師ギルドなら素材として買取してくれるはずだった。


「このように貴重なものを……ありがたく頂戴致します」


 そこはさすがに現役伯爵、メガエリスはマーゴットの申し出をありがたく受けた。

 丁重に礼を言い、ウロコをハンカチで包んで懐に収めた。この後すぐにでも換金しに行くのだろう。


「必要金額には足りないでしょうけど……本当にごめんなさい」

「いえ、これだけあれば金策に走り回る苦労がだいぶ減ります。感謝するのはこちらのほうです」


 元々、かなり老朽化が進んだ古い建物だったという。

 地震で崩れてしまったのは、自分が現役のうちに改築する予定を延び延びにしていたせいもあると反省していたそうだ。




「それでね、昨日いただいたルシウス君の魔力入りのぶどう酒と飴がとても良かったものだから、追加でいただけると嬉しいのだけど」


 ようやく話の本題に入れた。

 ソファに座ったマーゴットの膝の上には、カーナ入りのバスケットを載せていた。

 そのバスケットをテーブルに載せると、一斉に皆で中を覗き込む。

 小さい蛇サイズになってしまったカーナが、ぷーぷー小さないびきをかいて眠っている。


「カーナさま、ぶどう酒飲めた?」

「ええ。スポイトでね、小さな杯に半分くらいかしら」


 カーナが完全回復するまで、もっと大量のぶどう酒やお菓子に魔力を込めてもらえないか頼んでみたところ。


「そういう、まどろっこしいことやめましょう!」

「あっ!?」


 ルシウス少年はむんず、とバスケットの中のカーナを掴んだ。

 そのまま自分の魔力を注ぐのかと思いきや、小さく細い龍体のカーナをマフラーのように自分の首に巻きつけた。

 うむ、と自信たっぷりに胸を張る様子は大変愛らしかったが、違う。何かが違う、ちょっと待って。


「ぼくがせきにんもって、カーナさまを元にもどしてみせます!」

「ま、待って、ルシウス君!」

「いえ、案外良い方法かもしれません。ルシウスは魔力が有り余ってますし、本人の肌に密着してればその分、チャージできる魔力のロスも減ります」

「ええっ?」


 冷静に解説する兄カイルに、でも、とマーゴットは不安が拭えない。

 ルシウス少年はこの数日見た限り、とてもアクティブなのだ。

 絶対にどこかで首のカーナを落としますよね? もしかしたら踏んづけちゃったりしませんか???


「スカーフ……という年ではないな。男児向けに模様の格好いいバンダナがあるから、上から首に巻いてカーナ殿を保護すると良い」


 さすが、できる女のグレイシア王女だ。すぐ侍女たちに申し付けていた。

 数分と経たずに用意された白地にブルーの波模様の入ったバンダナが、ルシウス少年の首元、カーナの蛇体の上から巻かれていく。

 緩めに、ルシウス少年が飛び跳ねてもカーナが落ちないように上手く細長い袋状にして。


「え、えええっ? 本当にルシウス君がカーナを持っていっちゃうの!?」

「ちゃんとおせわします! ばっちり!」

「カーナは捨て犬や捨て猫じゃないのよーっ?」

「だいじょーぶ!」


 ぶわっと、ルシウス少年の小さな身体からネオンブルーの魔力が溢れ、深い森の中にいるような芳香が部屋いっぱいに満たされる。

 この香りは松だ。松葉や松脂など松系の樹木の重厚な香りがする。

 そして気づくと、テーブルの上のティーセットの中央に置かれていた茶菓子のカゴまで中身ごと同じ蛍光色の青に光っていた。


 びっくりしてマーゴットが周りを見回すと、マーゴット以外の面々は「またか」と慣れっこな様子。


 その後、リースト伯爵家の麗し兄弟は実家修繕の目処がたつまで騎士団の寮に避難することになり、父メガエリス伯爵は不足分の金策のため一度領地に戻ると言って出かけて行った。


「じゃあ、カーナさまはお預かりします!」

「ふ、不安だけど……お願いします、ね?」


 ね? のところでマーゴットはお兄ちゃんのカイルのほうを見た。

 美少年の兄カイルは申し訳なさそうに小さく頭を下げてきた。彼も何かと気苦労が多そうだった。


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