カーナの息子の眠る土地

『マーゴット、寒くない?』


「大丈夫。魔力でガードしてるから」


 巨大な龍のカーナは雲の上を泳ぐように飛ぶ。


「あれっ? カーナ、カーナ! アケロニア王国を通り過ぎてしまったわ、早く戻って!」


 北部のカレイド王国から北西部のアケロニア王国へは、巨大な龍のカーナなら文字通りひとっ飛びのはずだったのに、なぜか通り過ぎてしまっている。


 アケロニア王国の王都は、山を背にした王宮を中心に広がった扇の形になっているので、すぐわかる。


『空を飛ぶのは久し振りだろう? 一周しようよ。大丈夫、そんなに時間はかからないさ。ちゃんと角に掴まっててね!』


「え、ち、ちょっと、わ、わ、……速いー!」


 魔力でガードしていても、もろに風が顔に当たる。


 それでぐるーっと、北を上にした地図なら左回りに広大な円環大陸を巡ってしまった。




 マーゴットのカレイド王国のある北部から始まって、親友グレイシア王女のアケロニア王国のある北西部を過ぎた。


 すると次は西部だ。

 西にはとても小さな国だが、カーナ王国という必ず聖女や聖者が生まれる国がある。

 今、マーゴットが乗っている黄金龍カーナの本来のホームだった。


 つん、とカーナの黄金のたてがみの毛を軽く引っ張った。


「寄ってもいいのよ? カーナ」


『降りたいのはやまやまなんだが、無理なんだ。結界があって入れない』


「えええ?」


 言われて、カーナの龍の頭の、2本の角の間から身を乗り出して西の小国を見下ろした。

 少し目を細めて、始祖のハイエルフから受け継いだ鮮やかなネオングリーンの瞳に魔力を流す。

 するとすぐに、カーナ王国を覆う牢獄のような結界が見えた。


「すごい。いち、に、さん……五重結界!? 信じられない、こんな吹けば飛ぶような小っちゃな国なのに!」


『あの土地は穢れてしまっているから、魔物や魔獣を引き寄せてしまう。それを防ぐために聖女たちに結界を張らせているんだ』


「え。ならカーナには関係ないじゃない? そもそも、あそこはカーナの国なのに」


 何といったって、カーナの名前を冠した『カーナ王国』だ。


『完全に人型のハイヒューマンなら大丈夫だったんだろうけど、オレは龍と一角獣ユニコーンだろう? あの結界に魔物判定されてしまってて、入れないんだ』


 強引に侵入しようとしたこともあるそうなのだが、結界で身を焼かれて重症に陥り、仲間のハイヒューマンに引き摺られて退散したことも一度や二度ではないという。


「そんな。だってあそこ、カーナの子供が眠ってる土地なんでしょう? 入れないんじゃお墓参りもできないじゃない」


『もう墓碑も風化しちゃって、亡骸は王都の下なんだけどね。空から見れば存在を感じることはできるけど、やっぱり間近で語りかけることができないのは寂しいね。……そろそろ500年になるなあ』


 上空で滞空しながらカーナ王国を眺めていた。




 この土地は古い時代には、ハイヒューマンの魚人族が収めていた場所だ。

 竜人族の王子だったカーナは、母親の一角獣人族の血を利用すれば女性形にもなれたから、魚人族の王子と結婚して、息子を創ったもうけた


 その息子が後に、父親のカーナの夫に下克上して殺害し、魚人族の国を略奪した。

 最終的にはカーナの祖国、竜人族の国まで奪おうとしたから、カーナの兄王の逆鱗に触れて討たれて、今のカーナ王国の王都の地下に亡骸を封印されることになった。


 ここまでの話は、円環大陸の神話伝承として比較的知られている。

 もっとも、神話の登場人物であるカーナが実在するハイヒューマンとして健在で、現在はカレイド王国の守護者だと知っているものは、そう多くない。


『カーナ王国は来るたびに雰囲気が悪くなっている。息子の亡骸を利用して、何か良くない呪術を行なっているようだ』


 長い年月、カーナの息子が残した怨念で穢れ地として人が住めない土地だったこの場所に、余所からやってきた移民が、土地の伝承から名前を取ったカーナ王国を建国したのが約500年前。


 カーナ王国の初代国王は、当時いた聖女を王妃にして、彼女に王国を守る結界を張らせることで、穢れた土地でも人々が住めるよう国を整えたと言われている。



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