悪辣な王子と、親友王女の失望
「マーゴット、あいつこそ娼館に売り飛ばしてやればいいんだろうな。腐っても公爵令嬢だ、高く売れるだろう」
それこそ山のような金貨になるぞ、と調子に乗ってバルカス王子が下卑た発言をした。
そしてベンチの傍らに座るポルテを抱き寄せた。
マーゴットは食べかけのサンドイッチを置いた。
そして食い入るように、あずまやの中からバルカス王子たちを見つめ、その発言を聞き逃さぬよう耳を澄ませた。
「うむ、良い考えかもしれない」
「バルカス王太子殿下、本当に娼館にマーゴット様を売り飛ばすんですか? 何かあたし、怖いな……」
女生徒ポルテが震えて自分の身を抱き締める。
「心配するな、ポルテ。二代続けて平民の王妃を出すわけにはいかない。残念だがお前を王妃にするのは難しいだろう。だが、側室ならいけるはずだ」
「でも、どうやって?」
「今の婚約者はマーゴットだ。結婚はあの女とする。公爵令嬢の身分は侮れんからな。……そうだな、娼館に売るのはやめて、もっと簡単にしよう」
「というと?」
「学園内でマーゴットに男をけしかけて、不貞の現場を押さえるんだ。そこから不貞に温情をかける見返りに多額の慰謝料をせしめて、平民のお前を側室として認めさせるというのはどうだ?」
すごい、頭いい! とポルテも取り巻きたちも大喜びしている。
「で、でも。お妃様がマーゴット様になることは変わらないんでしょ? あたし、あの人とバルカス様を共有するの、イヤだなあ」
「安心しろ、ポルテ。あんなつまらぬ女、結婚したとしても王妃としてお飾りで執務をさせるだけだ!」
「本当? バルカス様」
「ああ。何なら婚約破棄に持っていったっていい」
「で、でも殿下、どうやって?」
「計画は一緒だ。不逞の輩をけしかける。婚前に汚された女との婚約破棄なら簡単だろう?」
それこそ、誘拐させて娼館に売り飛ばして、程々のところで回収して純潔を失った頃にそれを理由にした婚約破棄でもいい。
娼館に売り飛ばした金と、不貞の慰謝料の二重取りができる。
そう言ってバルカス王子は笑っていた。
◇◇◇
「マーゴット」
「………………」
「マーゴット!」
耳元で強く名前を呼ばれ、軽く頬を叩かれて我に返った。
ベンチにいたバルカス王子たちは教室へと戻っていったようだ。
気づけば中庭の生徒たちもまばらになっていた。
そろそろ昼休みも終わる頃だ。
「ぐ、グレイシア。今の話……」
「……ああ。とんでもないことを話していたな、お前の婚約者殿が」
いつも毅然として凛とした佇まいを崩さないはずのグレイシア王女も、さすがに見聞きした出来事を前に表情が固まって青ざめている。
「マーゴット。私は全部聞いたぞ? アケロニア王国の第一王女グレイシアが、このカレイド王国の次期女王であるお前を陥れようとする計画をな」
「ま、待って! 本国に報告するのはやめて!」
「そんなわけにいくか!」
それからしばらく、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っても言い争う羽目になった。
最後には、この男前と揶揄されるほど気の強いはずの王女を泣かせてしまった。
「あのような男と結婚など許さないぞ、マーゴット! お前のほうから婚約破棄してしまえ!」
「グレイシア……」
婚約の破棄は簡単だった。
特に学園に入学後のバルカスの暴挙は目に余るし、婚約破棄に必要な証拠の収集も簡単だろう。
けれども。
「……それでも好きなの、バルカスが。もう無理かもしれないけど、できる限り頑張りたいの」
「マーゴット……」
あれだけ悪辣なことを言われても、マーゴットには幼い頃の仲が良かった頃のバルカスのことが忘れられなかった。
「この馬鹿女!」
最後の最後で、そう罵られた。
それから数日経って、まだ留学期間が残っているはずのグレイシア王女はアケロニア王国へ帰国してしまった。
「お前には失望したぞ、マーゴット」
端正な顔を仮面のような無表情にして、それだけ言ってグレイシア王女はカレイド王国を去っていった。
この瞬間、同じ立場で苦悩を分かち合っていたはずの大事な親友をマーゴットは失ってしまったのだ。
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