マーゴットの苦境

 婚約者のバルカス王子に支援金や家の金貨を横領されるようになって、坂道を転がるようにオズ公爵家は貧しくなっていった。


 しまいには屋敷を維持するのもやっとで、残った使用人は執事と侍女長のみ。


 家令を兼ねた執事と侍女長との三人だけで必死に家を回している。


 幸いなのは、オズ公爵家は領地のない王都の邸宅だけの公爵家なので、領地運営の必要がないことだ。

 何とか細々と生活することだけはできた。




 オズ公爵家の金庫に金貨がなくなると、目に見えてバルカス王子はマーゴットを蔑ろにするようになった。

 それまでは人前では婚約者を丁重に扱っていたのが、平気で侮辱するようにもなっていた。


 そして学園に入学してしばらく経つと、バルカスは学園で出会ったいかがわしい友人たちとつるむようになっていく。


 最高学年に上がった頃には、ポルテという名の平民の女生徒を側に置いて寵愛するようになった。


 不貞を犯すバルカス王子に制裁を加えようにも、その頃にはオズ公爵家は没落寸前でその力もない。




「マーゴット。ほんとにお前、大丈夫なのか?」


 学園でのランチの時間帯、中庭にて。


 短期留学でカレイド王国を訪れている、同盟国アケロニア王国のグレイシア王女が、心配げに声をかけてきた。


 彼女は赤毛と緑目のマーゴットのような色彩はなく、黒髪黒目の端正な顔立ちの少女だ。

 彼女はまだ立太子こそしていないが、本国に戻った後は王太女として冊立され、将来的に次期女王となる。

 そう、マーゴットと同じ立場の王族女性なのだ。

 留学中は国王に頼まれて彼女の世話役をしていたが、すぐに義務や責任など取り払って仲良くなった。


「大丈夫じゃないわ。……でも、どうしたらいいのかなあって」


 中庭のあずまやガゼボでランチボックスを広げていると、少し離れたところのベンチにバルカス王子とその取り巻きたちがやってきて、何とも下世話な会話を繰り広げ始めた。


「あれで一国の王子とは。何とも嘆かわしい」


 グレイシア王女が、くっきりした眉を顰めている。


 バルカス王子たちは、学園内のどの女生徒が一番美しいか、あるいは体つきが好みなのかを声高々に語り合っている。


「娼館通いまでしているのか……」


 王都の娼館の、娼婦の誰それの値段や具合など話し出す男子生徒もいた。


「マーゴット。お前、これは不味いぞ。次期女王のお前の王配予定者が娼婦遊びをしているなど、表沙汰になったら」

「……そうね」


 とそこへ、栗色の髪の小柄な少女がバルカス王子たちの元へやってきた。

 今、彼が特に寵愛している同学年のポルテという平民の女生徒だ。


 ポルテが来ても、バルカス王子や男子生徒たちの俗っぽい話は続いている。




「おい、聞いたかい? 下町の酒場に身分を隠して出入りしていた男爵閣下が、容色の衰えた夫人を娘ごと娼館に沈めたそうだ!」

「離婚して夫人の実家に帰るところを誘拐させたらしい。腐っても貴族夫人とその娘だ、相当高く売れたらしいぞ」



「………………」

「………………」


 サンドイッチを摘んでいたマーゴットとグレイシアは、ぴたりと動きを止めた。


「貴族の犯罪をああも喜ぶとは、何という俗悪さか」


 不機嫌そうにグレイシアがサンドイッチを噛みちぎる。大きく咀嚼して飲み込んで、水筒のお茶を飲み干して一息ついた。


「あれはサヤー男爵夫人の話ね。男爵に離縁された後はご令嬢と一緒に他国の修道院に身を寄せたと聞いていたけれど。本当なら通報しないと」


 男たちは不用心にも、男爵の家名や、夫人たちが売られたという娼館の店名まで口に出している。

 警察組織を兼ねる騎士団に後で通報してやろうとマーゴットが思っていたとき、それは耳に入ってきた。


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