台無しにされた花嫁衣装
親友だったグレイシア王女に見捨てられても、マーゴットの日々は続いていた。
季節は変わり、卒業式まで一ヶ月を切るという頃、事件が起きた。
婚約者のバルカス王子が恋人の平民女生徒ポルテを連れて、マーゴットのオズ公爵家へ遊びに来たのだ。
もう随分と来訪のなかった婚約者を、余計なお荷物付きながらマーゴットは受け入れた。
「久し振りね、バルカス。それで、どのようなご用でしょう?」
多少の嫌味を混ぜて訊いたが、バルカスに通じた様子はなかった。
「我らの婚姻の儀の話をしていたら、ポルテが花嫁衣装を見たいと言い出してな。構わないだろう?」
「………………」
構うに決まっている。
ウェディングドレスの初お披露目は婚姻の儀の当日だ。
その前に、友人でもない、婚約者の不貞相手になぜ見せなければならないのか?
「申し訳ありませんが、お断りしますわ。まだ最終調整も終わってませんし、ドレスを置いてある部屋は針もあって危ないですからね」
適当な理由をつけて断った。
バルカス王子は不満な様子だったが、恋人のポルテが宥めてその日はそのまま帰って行った。
と油断したのが間違いだった。
幼い頃からマーゴットの婚約者としてオズ公爵家に出入りしていたバルカス王子は、公爵家の内部を熟知している。
帰ったと見せかけて、マーゴットと別れた後も公爵家の中に隠れていたのだ。
というより、この家にはマーゴットの婚約者、バルカス王子のための部屋が用意されている。
子供の頃の彼はその部屋に寝泊まりしていて、今もまだ定期的な清掃はしていた。
そこにしばらく隠れて、マーゴットや使用人たちの目を盗んで、花嫁衣装のある部屋を探して侵入したのだ。
その日の夕方、侍女長から衣裳部屋で不審な物音がすると報告を受けたマーゴットは、そこで見たものに卒倒するかと思った。
来月、学園を卒業後の婚姻の儀で纏うはずの花嫁衣裳を、あの平民女生徒のポルテが着ているのだ。
サイズはマーゴットよりポルテのほうが胸元が豊満なので、胸周りの生地が伸びて今にも破けそうだ。
「やーん。胸元、きついですー!」
本来ならコルセットを締めて着るはずの衣装を、繊細なレースや紐を無造作に解いて、上から被せて着ているようだ。
「おお、似合うぞポルテ! やはり花嫁はお前が良いなあ!」
バルカス王子とポルテは、マーゴットが駆け付けても構わず、二人だけのファッションショーを繰り広げて盛り上がっていた。
その上、マーゴットの衣裳部屋にあった宝飾品などを傍若無人に漁ってはポルテを飾り立てている。
「………………」
「お、お嬢様、如何致しましょう!?」
侍女長が青褪めて今にも倒れそうになっている。
「手紙を書くわ。今すぐ王宮に発って、国王陛下に渡して事情を説明してきて。その後のことは陛下から指示を仰いでちょうだい」
もうオズ公爵家には使者にできる配下もいないから、数少ない使用人である侍女長を使うしかなかった。
執事とどちらを使うか悩んだが、現場を目撃した侍女長のほうが適切だろう。
オズ公爵家から王宮へは、馬車なら十分とかからない。
もっとも、馬車はあっても御者はもういないから、侍女長には途中で馬車をレンタルしてから王宮へ向かって貰わねばならない。
侍女長に手紙を持たせて出発させてから、小一時間も経たないうちに王宮から騎士たちが馬で、少し遅れて馬車が数台やってきた。
そして衣裳部屋を蹂躙していたバルカス王子と、花嫁衣装を被ったままのポルテを拘束して馬車に押し込んだ。
「オズ公爵令嬢、貴女様も王宮へ参上せよと国王陛下からの仰せです」
「もちろんですわ」
さて、国王夫妻はどう対応してくれるのか。
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