第13話 聖なる森、そして
その翌日、クレイルは約束通りレイチェルを連れて森の散歩に向かった。もちろん、紬も一緒で、他に数人の護衛と使用人を従えている。
鬱蒼――というほどではないが、木々の間を進んでいく。朝の陽の光を遮るほどではないのが救いだ。
「レイチェル、うろちょろしてら迷子になって大変なことになるから離れないように」
「はーい」
「あと、足元が悪いから気をつけて。ツムギの手を握るといい」
「はい!」
元気よく返事をすると、レイチェルが隣を歩く紬の手を握り、にへ〜と嬉しそうな笑みを浮かべる。
「一緒に歩こ、ツムギ!」
「はい、お嬢様」
紬としても、後ろを歩く使用人列に並ぼうと思っていたのだが、こんな感じなので、普通にクレイルたちと肩を並べて歩くことになった。
(新参としていいのかなあ……)
とは思うが、ご要望なので仕方がない。
そんな紬の心配など気にすることなく、クレイルが口を開く。
「知ってるかい、ツムギ。ここは『聖なる森』と呼ばれているんだ」
「どうしてそんな名前なんですか?」
「この森で、初代国王は神からの啓示を受けて建国を始めたんだ。そして、初代聖女が覚醒したのもこの地と言われている」
「へえ」
「そんなわけで、この森――というか、この避暑地は王国の貴族にとってとても大事な場所なんだよ」
雑談をかわしながら森を奥へ奥へと進んでいく。
何度か転びそうになるレイチェルを腕力で支えつつ、ついに紬たちは目的の場所にたどり着いた。
「わあ……」
美しい風景に紬は思わず感嘆の声を漏らす。
そこには木々に囲まれた、大きな泉があった。泉はとても澄んでいて、周囲にある木々を鏡のように映している。
クレイルが口を開く。
「ここが聖なる森の中でも、最も重要な場所とされる『祝福の泉』だ」
「素晴らしい場所ですね」
「神の庭――と評されているくらいだからね。神がその力でお造りになられたらしい。さすがに信じられないかい?」
「いえ、信じてもいいですね」
紬は風景に魅入った。それが、それほどおかしいとは思えないくらいには心奪われる景色だった。
「ねえねえ、クレ兄!」
「なんだい、レイチェル?」
「あの泉に入って、聖女の力が覚醒したんだよね?」
「そうだよ」
「だったらさ、紬も入ってみたら?」
「え――」
それは思いも寄らない話だった。
(……あの泉で、聖女の力が?)
確かに不可解ではあるのだ。怜と紬、二人が聖女召喚によって呼び出されて、聖女の力を開眼したのは怜のみ。
なんのために、紬まで呼び出されたのか?
ひょっとすると、聖女としての力は目覚めていないだけで、紬の中で眠っているだけとしたら?
――この泉で、その力が目覚めることはあるのか?
多くの感情が沸き立って、紬は即答できなかった。
「いい考えじゃないかな?」
レイチェルの問いに、クレイルが苦笑しつつ答えた。
「ちょっと難しいかな」
「どうして?」
「だって、初代聖女は服を脱いで泉に入ったからね。さすがにそれは――」
「ぶっ」
その言葉を聞いた瞬間、紬は顔を真っ赤にした。その勢いで変な声まで漏れてしまった。
「だ、ダメですね、それは!」
「いいじゃん! 裸くらい!」
「絶対、ダーメーでーすー! 大人の女性は裸を見せないんです!」
紬は顔をパタパタを手であおぐ。
「そういう理由でしたら、ダメですね。それに、私が聖女になったら、もうメイドとしてレイチェル様にお仕えできませんよ?」
「え、それはやだ!」
そんなレイチェルの反応がおかしくて、紬とクレイルは笑った。
(興味がないこともないんだけど――)
そう思いつつ、紬はその気持ちがそれほど大きくないことを自覚していた。自分が聖女になったところで、あの天才の怜と並べるとは思えないし、今の自分には居場所がある。
(求められる場所で、頑張ればいいんだ)
紬はそうすることに決めた。
とりあえず、話題を変えるため、紬は気になっていたものに指を向ける。
「あの樹、何かすごいですね」
泉の向こう側に、樹齢何年? というくらい大きな樹木が立っていた。それだけで目を引く上に、人の頭くらいはありそうな大きな実がポツポツとなっている。
「あの樹も逸話のあるものでね、あの実は『リーリエの実』と呼ばれて、神の力が宿るものだと言われている」
「食べたい!」
「ははは、残念だけど、教会から禁止されているんだよ。だから、誰も食べられる人はいないね」
レイチェルの頭を撫でながら、クレイルが応じた。
「ただ、伝承によると、病気の巨人が食べると病が癒えて、それを見て食べた人間は死んでしまったらしい。本当かどうかは知らないけれど、私は遠慮したいかな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜――
不意に別荘が騒がしくなった。
ドタドタと足音が響き、時間帯に遠慮しない大声が響く。いや、それは別荘だけではない。家の外からもだ。
何事かと思って窓から外を眺めた紬は、明かりを持った人たちが走っているのが見えた。
その誰もが、明かりだけではなく、剣を持ち、鎧を身にまとっている。
そして、彼らの行先に――
「ひっ!」
思わず、紬は恐怖の声を漏らしてしまう。
その先には、夜の闇に浮かび上がる大きな影があった。それは大きなトカゲの形をしていた。
(……え、まさか……)
ドラゴン、その名前が紬の頭に浮かぶ。ゲームに出てくるポピュラーな――それでいて最強とも呼ばれるモンスター。
「ううん……どうしたの、ツムギ……?」
むにゃむにゃとした様子でレイチェルが目を覚ます。
「騒がしくして申し訳ございません。ただ、何やら異変が――」
そこまで話したところで、ノックすらなくドアが大きな音を立てて開く。
視線を向けると、鎧に身を包んだクレイルが立っていた。左手に剣を持っている。
その顔には、いつもの余裕はない。
「クレイル様!」
「ドラゴンが現れた」
「――!?」
「ただ、安心して欲しい。おそらくは幼体で、充分に対応できる。君とレイチェルは危ないからここに残っていてくれ」
「クレイル様は?」
「私は――」
そう言って、持っていた剣を目の高さまで持ち上げた。
「戦うまでだ。ここが国における重要な地である以上、王国貴族としての勤めを果たす必要がある」
「危険ですよ!?」
「ありがとう、ただ引けないときはあるのだ。今日ここで立たなければ、我が公爵家は腰抜けと笑われるだろう」
そして、少し冗談めいた表情をくれいるは作った。
「あまり心配しないでくれ。私はこう見えても、剣術の腕には自信があるんだ」
だが、すぐにクレイルは表情を引き締める。
「一応、いつでも逃げられるよう、服装だけは整えておいてくれ。万が一の場合はレイチェルを頼む」
そう言って、クレイルは背後に控える武装した護衛を連れて姿を消した。
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