第11話 異世界で、紙オムツを作ってみよう!

「紙おむつって作れたりするのかな?」


 直前、紬の頭によぎったのは孤児院での経験だ。

 孤児院では――というか、この世界では布おむつを使っていた。

 大量の幼児たちの布おむつの処理は、とても大変だ。洗濯機があるとはいえ、普通の衣類のように放り込んで終わりではない。

 紙おむつさえあれば、手間だけではなく衛生面でも飛躍的な効率化が期待できる。


「面白い着眼点だね、紬」


 目を細めて怜が応じる。


「シンプルな構成のアイテムだが、構成するパーツには科学的な要素が多い。こちらの世界の技術でどこまでできるのか――最初のトライアルとしてはうってつけだ」


「紙おむつっていうのだから、紙? 紙ならあるよね?」


 ファンタジーだから羊皮紙! ということもなく、現代日本に似た紙が使われている。

 多少クオリティは劣るが、紙の量産技術はあると考えて――


「いや、紙おむつとは名前だけで、あれは紙ではないよ」


「え、そうなの!?」


 初めて知った衝撃に紬はのけぞりそうだった。


「あれは不織布ふしょくふというものだ」


「不織布?」


「細かく説明するとややこしいので省略するが、紙とは原料も製法も違う。似たものではあるけどね」


「そうだったんだ! てっきり紙だと思っていたよ」


「最初期は紙を使っていたらしいので、その名残で呼び方だけ残ったのではないかな」


「使わている原料はなんなの?」


「紙おむつに関しては、ポリプロピレンが使われているはずだ」


「ポ、ポリ、プ……?」


 ポリプロピレン!

 一度聞いただけでは覚えられないカタカナの単語に紬の頭は一瞬にしてオーバーヒートした。


「そうなんだ、じゃあ、そのポリ……なんちゃらを作る必要がある?」


「そうでもない。実はポリプロピレンについては錬金術師が同種のものを作っている」


「そうなの?」


「ああ、そこは調べておいたので間違いない」


「すごいね……そんなマイナーなアイテムまで調べているなんて……」


「マイナーではないぞ? 現代社会において、ポリプロピレンはあらゆる場所で使われている。マスクにも使われているくらいだ。最優先事項として調べるのは不思議でもなんでもない」


「ぐはっ!」


 内心で、紬は吐血した。今の怜の言葉を要約すると「常識では?」だったから。

 テンションを下げた紬を見て、怜が露骨に狼狽する。


「ど、どうした、紬!?」


「い、いや、その、怜さんは悪くないから……自分の無知さ加減が恥ずかしくって、ちょっと落ち込んでいるの……」


「ああ、いや、気にしないでくれ、紬。私が悪い」


 怜が困ったように頭をかく。


「その、知識をひけらかすつもりはなかったんだ。相手にそう思わせてしまうことは私の悪い癖で――私の配慮不足だ」


 怜がかなり落ち込んでいるので、紬は慌てた。


「そ、そんなの! 全然気にしないで! むしろ、私の態度が悪かったというか! 怜さんは悪くないから! 怜さんは怜さんのままでいて欲しい。私のせいで怜さんらしくないのはすごく嫌だから」


「ありがとう、紬。君とは仲良くやっていきたいから、気になることがあれば言って欲しい」


「うん、わかった。だから、怜さんは遠慮せずに話してね?」


「もちろん、そうしよう」


「そのポリプロ……があるから、不織布はクリアなの?」


「いや、まだだ。ポリプロピレンを不織布に仕立てる工程が必要になる」


「おお……それはできそうなの?」


「あてはある。さすがに専門外なので細かいことは不明だが――失礼」


 そう言って、怜はスマホを操作し始めた。


「これだ」


 怜がスマホを差し出し、ホーム画面のアイコンを押すと『キングダム百科事典』というスプラッシュ画面が開いた。 


「……百科事典?」


「そう。残念ながらネットに繋がらないが、ローカルに落とした百科事典が存在する。これで調べると、意外となんでも載っている」


 その後、スマホをぽちぽちと操作して眺める。


「うーむ。熱をかけて圧力をかける感じか」


「大変そう!」


「物理的に行うなら、この世界の技術だと難しいな。だが、この世界には魔法という力がある。どうにかなるだろう」


(すごいなあ……)


 自信たっぷりな怜を見て、紬は心底から尊敬してしまう。

 この世界に適応するだけで精一杯の紬と比べて、怜はすでにこの世界のことわりをかなり理解しているのだから。


「じゃあ、紙おむつはできそう?」


「いや、まだだ。吸水シートが必要だな」


 お尻をやさしく包む不織布に、おしっこ漏れ完璧ガードの吸水シートで使い捨ておむつの原型は完成する。


「……それも錬金術師さんが作っていたりするの?」


「ざっと調べた限りではなかった気もするが……そこは後で確認しておこう。ない場合は、モンスターの素材に頼るという手もある」


「モンスターの素材?」


「モンスターの特性を活かすのさ。帯電している――」


 怜はテーブルに置いてあるサンダースライムをぷよぷよと指先で押す。


「こいつのようにな」


「モンスターすごく便利!」


「吸水性の高いモンスターを探してみよう」


「……でもさ、モンスターの素材なんか使って、使い捨ての紙おむつを使っちゃっていいの? すごく作るのが大変そうだけど」



「絶対に大赤字だろうね」


「えええ、ダメじゃん!」


「いやいや、確かにコストの問題はあるが――まずは作らないと。量産化によるコストダウンはその後の話さ」


「ああ、そうだよねー。だけどさ、これを作ること自体、結構お金がかからない? それはどうするの?」



「問題ないよ」


 あっさりとした口調で怜は言い切る。


「この世界で金を持っているのは国と教会だ。で、私は両方から敬われる聖女様だ。わかるかね?」


「うひゃー!」


 怜の頭脳+聖女の財力=最強。

 なんだか、とんでもない人物が爆誕としたことを紬は再認識した。

 怜が軽やかに笑う。


「柄にもない聖女なんて役を無理やりやらされているのだ。それぐらいの役得があってもいいだろう?」


 なんだか、この聖女は世界すらも改革してしまいそうで、紬は恐ろしいものを感じた。

 その後、いくつか紙おむつに関するこだわりポイントを紬からヒアリングした後、怜は立ち上がった。


「わかった。知り合いの錬金術師や魔術師と協力して試作品を作ってみる。できたら持ってくるから君の方で試してみてくれ」


 そう言うと、怜は颯爽として足取りで部屋から出ていった。


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