第10話 異世界だって、スマホの充電はできます

「ねえねえ、あそぼ、ツムギ!」


「はい、わかりました。レイチェル様」


 あれから2週間が過ぎた。レイチェルの態度は露骨なほどに軟化して、紬に対してまとわりつくようになった。


「大好き!」


 レイチェルが紬の腰に抱きつく。


(はわわわ! ああ、かわいい!)


 子供は天使である。自分になついてくれている子供は大天使である。警戒感の強かった表情が消えて、今では満面の笑みを向けてくれる。


(かわいいいいいいいいいい!)


 もう何人もの子供たちと心を通わせてきたけれど、やはり通じ合った瞬間は格別だ。いつだって気持ちがいい。


「わたしも大好きですよ、レイチェル様」


「えへへー」


(はあああああああああああああ!)


 幸せだった。

 そんなふうに幸せに浸っていると、ドアがノックされた。


『入ります』


 メイドがやってきた。


「紬、クレイル様がお呼びよ。ここは私が引き抜けるから」


「わかりました」


「ううう、紬いっちゃうの?」


 寂しそうな顔を向けるレイチェルに、


「すぐ戻りますから」


 にこやかに告げて、紬はクレイルの執務室へと向かった。

 部屋に入ると、


「やあ、待っていたよ」


 あいかわらず爽やかオーラ全開のクレイルが出迎えてくれる。


「君に会いたいという人がいてね」


 クレイルが刺した応接セットに知った顔が座っていた。


「怜さん!」


「久しぶりだね、紬。少し暇ができたので寄らせてもらったよ」


 再開を懐かしむ二人にクレイルが声を掛ける。


「ゆっくり話をなされるんでしょう? 隣の部屋をご使用ください」


「礼を言う」


 二人だけになった部屋で紬は怜と向かい合った。


「怜さん……偉いんだね!」


「ん?」


「だってさ、クレイル様が敬語だったよ?」


「ふむ、確かに聖女は偉いらしい。王族の次くらいに偉くて、独立性も担保されているそうだ」


「おおおおおお!」


「わりとやりたい放題なので、気分がいい。前世では予算とりや人間関係のしがらみが面倒だったからねえ」


 怜のようなぶっ飛んだ天才には、ひょっとすると今のほうが都合がいいのかもしれない。


「知り合いも増えてきてね、実は面白いものを作ったんだ」


 言うなり、怜がテーブルに置いたものは――


「スマホ?」


 前世では大人なら1台は持っている見慣れたものだった。


「え、怜さん、スマホ作っちゃったんですか!?」


「あ、いや、すまない。これは白衣のポケットに入っていたものだ」


 いかんいかん、ハードルが上がってしまう……とぼやきながら、怜はスマホのスリープを解除した。ぱっとホーム画面が点灯、右上のバッテリーには80%と表示されている。


「わあ、怜さん! まだバッテリー切れてないんですね。わたし、とっくの昔に切れちゃって」


「充電できるようにしたからな」


「へ?」


「充電できるようにしたんだ。実演してみせよう」


 袋をひっくり返すと、黄色いジェル状の何かをでろんとテーブルに置いた。


「これはな、無力化したサンダースライムだ」


「す、すらいむ?」


 紬の頭に浮かんだのは、某国民的RPGの愛らしい雑魚モンスターだ。

 ……目の前にあるのは、愛嬌も何もない、ただのジェルだが。


「弱電気を帯びていてね。金属製の剣で叩くとピリピリするらしい。今は無力化しているので問題ないがね」


 言うなり、怜がスマホをサンダースライムに突き刺した。ずぽっとスマホの四分の一が埋まってしまう。


「ええええええええええええ!?」


 突拍子もない行動に、紬は思わず声を上げてしまう。

 そんな紬の反応を、怜は愉快そうに眺めている。


「君は反応が素直で楽しいな。それくらい大袈裟だとプレゼンしがいがある」


「い、いや、いやいやいやいや! 誰でもびっくりしますって! 絶対、スマホをスライムに突き刺した世界初の人間ですよ!?」


「何事も世界初は気分がいいものだ」


 満更でもない様子で、怜が応じる。


「バッテリーの表示に注目してもらっていもいいかな?」


 言われた通り、バッテリーの表示を眺めてみると――


「ええええええええええええ!?」


 再び紬は叫んだ。


「こ、これ! 怜さん!? バッテリーが充電マークになってます!」


「ふふふ、すごいだろう?」


「このスライムで充填できちゃうんですか?」


「ああ。スライムが不定型のおかげで、コネクタの形状も気にしなくていいのが素晴らしい」


 そんな会話をしているうちに、ぴこっとバッテリーが81%になった。


「すごおおおおおおおおおい!」


 興奮する紬に、スマホを引き抜きながら怜が言った。


「せっかくなので、これを君に進呈しようと思うのだが」


「え、ほんとですか!?」


「スマホは捨てていないだろう?」


「あ、はい。部屋に置いてあります。これで読みかけだった電子書籍が読めますよ!」


「それはよかった」


「ありがとうございます!」


 スライムをじーっとみてから、紬は疑問に思ったことを口にした。


「こっちの世界でも電気が使えるんですね」


「そのようだな。魔法使いなら、より高圧な電力も作れるらしい。ただ、こちらの世界では生活に電気は使っていないようだ」


「……そうなんですか?」


「君だって、こっちの世界にも洗濯機やコンロがあるのは知っているだろう?」


「はい」


「我々の世界で言うところの電化製品だが、こちらでは魔導具というらしい。動力源は電気ではなく、魔力。魔法を基礎理論とした回路によって制御され、魔力版の乾電池ともいえる魔石をエネルギーとして動く」


「うきゅ?」


 紬は妙な声を発した。脳の限界を超えてしまったからだ。

 ふむ、と怜は少し考えてから、再び口を開いた。


「こちらの世界の洗濯機は『洗う』という魔法を形にした装置だ。よって、スイッチを押すと『洗う』魔法が発動して衣服が綺麗になる。魔法なので魔力を使うため、乾電池に似た魔石を使っている。これでどうだろう?」


「あ、それならわかります!」


「こちらにはこちらの、術理があるということだな」


 楽しそうな響きを込めて、怜がつづけた。


「実に素晴らしい」


「やっぱり怜さんってすごいですね!」


「うん?」


「わたし、そんなの考えなかったですから。こっちにもコンロや洗濯機がある、やった! 便利だ! みたいな」


「ははは、まあ、職業柄なんだろうね。これはどうして動くのだろう、他に応用できないだろうか、そんなことをつい考えてしまう」


 一拍の間を置いてから、怜が話を続ける。


「こちらはこちらで独自の発展をしていてね。モンスターの素材を使ったり、錬金術師が特殊な金属や繊維を作っていたり、魔法を利用したり。知らないことばかりで実に面白いよ」


 そこで、怜がはっとした表情を作った。


「紬、君には興味がない話だったかな? 技術的な話に没頭してしまうのが、私の悪い癖なんだが……」


「ううん、そんなことない! 面白いよ! それに、楽しそうにしている玲さんを見ているのが楽しい!」


 それは紬の嘘偽りのない本音だった。

 自分とは違う視点で世界を眺めている人が、本来であれば絶対に出会うことのなかった人が、楽しそうに紬と話してくれている様は心地よかった。


「そ、そうかね。そう言ってくれると嬉しいよ」


 怜はまんざらでもない様子だった。


「聖女になったおかげで、錬金術師や魔術師といった知り合いが増えたのはいいことだ。そこで、私なりに研究を始めようと思っている」


「研究!」


 これほど聖女という言葉に似つかわしくない言葉はない。


「ああ、研究だ。現代日本にあるのに、こちらには存在しないものはたくさんあるからな。それをこちらの世界で再現するのは楽しそうじゃないか?」


「わあ、すごい!」


 心底から紬は賛同した。きっとこちらで暮らしている人たちの暮らしも便利になる。なんて素晴らしいんだろう!

 そこで、ふと紬の頭に閃くものがあった。


(あれがあれば、すごく便利になるかも……)


「あのね、怜さん。紙おむつって作れたりするのかな?」

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