第7話 公爵令嬢(5歳)との遊び方
「やだー、ご飯食べたくなーい」
夕食どき、レイチェルの非情な声が響く。
レイチェルが座っているテーブルには、鶏肉や季節の野菜を惜しげもなく作った美味しそうな料理が小皿が並んでいる。
公爵家お抱えの料理人が作っているだけあって、孤児院で見た『質より量!』な食事とは明らかにクオリティが違う。
(もったいないなあ……こんなに美味しそうなのに)
だが、レイチェルは少し食べただけでスプーンを置いてしまった。
「レイチェル様、食べないと駄目ですよ」
紬は食事の場に同席していた。
これは紬が食事をするためではなく、レイチェルの食事をサポートするためだ。
紬はスプーンを手に取って食材をよそうと、レイチェルに差し出す。
だが、レイチェルは全く取り合わなかった。
「やだよ。もう食べない! お腹すいてないもん!」
全く取りつく島がない。
結局、レイチェルは食事をせずに部屋へと戻っていった。
(ううむ……)
ご飯を食べるのは成長の基本。是非食べてもらいたいのだが――
孤児院での子供たちは、質素なご飯を奪うように食べていたのに。少しでも多く食べたいと思っていたのに。
(もったいない、贅沢だ! そう怒るのはダメだよね)
おそらく、その言葉はレイチェルには届かないだろう。
孤児院の窮状はレイチェルのせいではないし、そんな自分の日常とかけ離れた生活を想像することは5歳の子には難しいだろう。
それから数日、レイチェルは食べたり食べなかったりと不安定だった。ただ、抜いたあとの次の食事はしっかりと食べるのだが。
(単純に、お腹が空いているかどうかなんだろうな)
だから、食べるときは食べる。
逆に言えば、腹を空かしてやれば食べる。
なので紬は作戦を立てた。
「レイチェルお嬢様、外で遊びましょう!」
前任のメイドの接し方を見ていたときに気づいたのだが、どうもレイチェルは家にいることが多いようだ。
前任のメイドに確認すると、意図的にそうしていたらしい。
貴族のお嬢様なので、外に連れ出して怪我をさせるわけにはいかない――
そういう方針だったのだ。
(事なかれ主義ってやつだ)
だけど、それが悪いとは思わない。紬が働いていた保育園にだって、子供の安全を第一に考えた厳格なルールが存在する。
しかし、子供の発達に影響を与えるようなものはダメだと思うのだ。
(子供は適度に外に出すべき!)
子供は小さな体に、想像以上の体力を備えている。安らかな昼寝のため、たっぷりと食事を摂らせるため、その体力を削ってやらなければならない。
どこの保育園も午前中に『お散歩』時間があるが、あれは子供の習性から編み出された最適解なのだ。
「お外いかない。おうち好きだもん」
レイチェルは冷たく応じると、絵本に目を落とした。
だが、紬にはレイチェルの本音が聞こえるのだ。
――久しぶりに、お外もいいかも。
そんな揺れるレイチェルの気持ちが紬にはわかった。ゆえに、この勝負は勝ったも同然なのである。
そんなわけで、紬が何度も「青空が綺麗ですよ!」「日差しが気持ちいですね!」と進言すると、
「いいよ。でも、少しだけだよ」
絵本を閉じ、レイチェルがやれやれといった様子で立ち上がった。
(この能力、前職でも欲しかったなあ……)
紬は内心でガッツポーズしながらそう思った。
紬はレイチェルを連れて、公爵家の庭に出る。
下手な公園より広い場所で、外部からの危険まで排除してくれる。ここを有効活用しない手はない。
(移動する距離が短いのは残念だけどね……)
本当は到着までに歩かせて、もっと入念に体力を削ってやりたいのだが。まだまだ削り足りない。
レイチェルが庭につくなり口を開く。
「何するの?」
「少し遊びましょうか」
「え?」
レイチェルの目に輝きが灯ったのを紬は見逃さなかった。それくらいの機微は能力がなくなって読める。
そもそも『遊び』は子供にとってのマジックワードなのだから。
紬は持っていたハンカチを取り出した。
「尻尾とりゲームをしましょう」
「尻尾とりゲーム?」
「こうやって――」
紬はハンカチを、スカート背部のすそに差し込んだ。腰をふりふりとしながら、レイチェルに見せる。
「ほら、尻尾のように見えるでしょう? この尻尾をですね、私からとってみてください」
「ふん、簡単!」
レイチェルはすたすたと近づくと、ハンカチに手を伸ばし――
その瞬間、紬は体の向きを変えた。
レイチェルがハンカチをつかみ損ねる。
「あ! どうして動くの!?」
「動かないとは言ってませんよ?」
必死に後ろに回り込もうとするレイチェルを、紬はその場からほとんど動かないまま、体をくるくると動かしてかわす。
「もう、この!」
「そう簡単にはとれませんよ〜」
必死になってきているレイチェルを紬は煽る。そうやって何度か応酬し、ついにレイチェルの小さな手をハンカチを掴み取った。
「やったやった!」
「やられちゃいましたね〜」
「簡単! 簡単すぎるよ!」
あんなに必死だったのに、成功すれば有頂天。子供らしい反応に紬は思わず目尻を下げてしまう。
「じゃあ、もう一度やりましょうね?」
そう言って、紬はハンカチを再び装着する。
再びレイチェルが掴みかかってくるが、今度は体の向きを動かすだけではなく、2、3歩ふらりと動いてかわす。
「でも、少し難しいですよ?」
「もー、動かないでよー!」
などと言いつつ、レイチェルの顔は笑っている。
(うんうん、楽しそうでよかったねー!)
それからも、微妙にルールを変えたり、尻尾役を交代したりして、紬はレイチェルと遊んでいた。
すると――
「楽しそうだね」
「クレ
背後からの声にレイチェルが反応する。紬が振り返ると、ここに来た当初挨拶した当主代行で金髪イケメンのクレイルが立っていた。
あいかわらず、そこにいるだけで後光が差しているかのような存在力だ。
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