第4話 お世話ならお任せあれ

 その後も、紬は獅子奮迅の活躍を見せた。子供たちが巻き起こすトラブルを片っ端から解決していく。

 働き続けていると、再び老シスターが話しかけてきた。


「なかなかやるじゃないか。未経験だと聞いていたから、猫の手くらいにしか思っていなかったんだけど」


「お役に立てて光栄です!」


 前職でバリバリでした! とも言えないので、紬は別の角度で応じた。

 すると、孤児院のドアが大きな音を立てて開き、大きな声が聞こえてきた。

 そこに若いシスターが立っていた。


「すみません! 本日到着予定だったんですが、遅れてしまって!」


「え?」


 老シスターが首をかしげる。続いて、その視線が紬に向いた。紬は曖昧な笑みを浮かべて当座の返事をごまかす。

 内心は心臓がバクバクと鳴っていた。


(本物さんがきちゃった!)


 おそらく、彼女こそが老シスターの探していた人物なのだろう。

 腑に落ちない様子で老シスターが口を開く。


「え、いや、代わりの人はこの人じゃないのかい?」


 紬は観念した。


「ええと、その……」


 どう言って謝ろうかと悩んでいると、別のシスターが老シスターに話しかけた。


「あの……この人、召喚された聖女様じゃないですか? 珍しい黒髪黒目だったので、似ているなあと思っていたんですけど」


「ええ!? そうなのかい!?」


 驚く老シスターに、紬は頷いて見せた。


「あのその……聖女ではないようなんですが、その召喚された人です……お手伝いできることがあるかなと思って、その……」


「あああ、私は何てことをしてしまったんだい!? 聖女様になんてことを!?」


 いきなり土下座しようとする老シスターを、紬は止めた。


「いや、あの、気にしないでください! 大丈夫ですから、私が望んでお願いしたことだから全く気にしていません。私個人が働きたいと思って手を挙げたんです。だから――」


 老婆や周りのシスターを見て、紬は言った。


「ここで働かせてもらえませんか?」


「だけど、聖女様に子供の世話をさせるだなんて……」


 老シスターは狼狽したが、紬の熱意のたまものと働きぶりでその場は押し切った。


「私は聖女ではないので! 大丈夫です!」


 だが、老シスターの心配は当たった。

 翌日、元聖女候補が働くことに教会の上層部から懸念けねんが出たのだ。


「いえいえ、働きたいんです! お役に立てますから!」


 紬は必死に懇願こんがんした。

 働いていないと違和感があるし、ここでなら力を発揮できると思ったからだ。そんな熱意と、一緒に働いていたシスターたちの「ツムギさんは凄腕でした」という後押しもあり、紬の今後が決まるまでという条件付きで許可が降りた。


(やったー! 働ける! 子供のお世話ができる!)


 そんなわけで、紬は再び気持ちよく働き始めた。


「これ、あーちゃんの!」


「ほぉしぉいいいいい!」


 3歳児くらいの小さな子供たちが絵本を取り合っている。

 一方を立てれば一方が立たず。両雄並び立たず。なぜなら、その補修に補修を重ねた絵本は世界に1冊しかないから。

 それでも、紬は慌てない。


(そうそう、これが子供だよねー)


 仏のような心で近づく。


「はいはい、これはあーちゃんが読んでいたものだからね」


 結局のところ、どちらかのものにしかならない。あーちゃんは喜んで絵本を読み始め、もう一人は号泣した。

 紬はその子を抱き上げる。


「ごめんねごめんね。我慢してね。じゃあ、お姉さんが一緒に絵本を読んであげるからね」


 別の絵本を向けると、その子はすぐに泣き止んだ。


(今回はこれでいけたか……)


 ほーと、内心で紬は胸を撫で下ろす。いつも同じ手が通用するとは限らないのが難しいところだ。

 だけど、正解にたどり着く価値はある。

 その子は、さっきまでは泣いていたのが嘘のように明るい表情を浮かべている。そんな笑顔を見ていると、たまらなく紬は気分が良くなる。


(うんうん、値千金だねえ)


 育児が好きな紬にとっては、素晴らしい報酬だ。

 そんな感じで、子供達のお世話で大忙しのうちに、3ヶ月があっという間に過ぎていった。

 すると、老メイドが、紬にこんなことを言う。


「聖女さまがいらっしゃるそうだよ」


「え、本当ですか!?」


「あんたの引き取り先が見つかったらしくてね、報告も兼ねてこちらに来るんだってさ」


「ええ、そうなんですか!?」


 紬に会えることは喜ばしいことだが、悲しいことにも紬は気がついてしまった。


「引き取り先が見つかったということは……ここを出るということですか?」


「そうなるね……そういう約束だから。あんたがいてくれて助かったんだけど、こればかりは仕方がない」


 紬はしょんぼりした。

 わずか3ヶ月とはいえ、もう全員の子供たちと仲良くなった。その子供達とお別れをしなければならないと思うと辛いものだ。

 もうすでに紬に懐いてくれている子も多いのだから。

 だけど――


「仕方ありませんね」


 出そうなため息を押し殺しながら、紬は今後を受け入れることにした。

 怜がやってくる日も、紬はあいも変わらず子供の世話で忙しかった。

 今、紬は小さな小さな、生まれてほどない女の子を抱いている。お金の関係で育てられないと引き渡された生後1ヶ月の赤ん坊ちゃんだ。


(ふわー、小さい小さい……)


 まるで、人間のミニチュアのように赤ちゃんが小さい。紬が勤務していた保育園は月齢5ヶ月からしか扱っていないので、さすがに経験がない。


(むむむ、これは気をつけなければ)


 そこで、不意に男の声が響く。


「聖女様のご登場である!」


 ドアの辺りに聖職者たちが立っている。

 その真ん中に立っているのは、懐かしい人物だった。


(怜さん!)

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