第2話 どちらが本物の聖女なのか?
聖女の力を試すための試験が始まった。
紬と怜はさっきとは違う部屋に案内された。そこは前の部屋ほど大きくはなかったが、中央に祭壇があって、そこに水晶玉が飾られている。
聖職者が口を開いた。
「こちらの水晶玉に手を触れてください。聖女様のお力が反応して、大きな輝きとなります」
「なるほど。検証結果がわかりやすいのは素晴らしい」
うなずいた玲が前に進み、水晶玉に手を伸ばす。
(……大丈夫かな……)
紬はその姿に心配げな視線を送りながら回想した。部屋を出る前、玲がこんなことを言っていた。
「そんなに心配はしなくてもいいよ。聖女でないとすれば私だろうから」
鼻で小さく笑ってから、玲はこう続ける。
「だって、どう見ても聖女って柄じゃないだろ?」
確かに、白衣をきた聖女はデザインとして斬新かもしれない。
いずれかが聖女でなければ、心配なことがある。
(聖女じゃない人は、一体どういう扱いを受けるんだろう……?)
聖女が欲しくて、地球から人を召喚した。
だが、その人が聖女でないとすれば?
彼らにとっては不要な邪魔者でしかない。思いやりのある対応を期待できるとは思えなかった。どんな手のひら返しが待っているのだろう。
(できれば、二人とも聖女なのがいいんだけど……!)
怜の手が水晶玉に触れた瞬間――
それはとてつもない輝きを放った。
「おお! こ、これほどの反応とは! 凄まじい力だ! 間違いなく聖女様に違いありません!」
聖職者が興奮気味にまくし立てている。
怜が手を離す。
普通に戻った部屋の中で、怜は平然としていたが、ただ不思議そうに自分の右手を眺めていた。
紬が声をかける。
「おめでとうございます、怜さん!」
「ありがとう。私ですら聖女みたいだから、君も大丈夫だろう」
続いて紬が水晶玉に近づいていく。
怜がどういう気持ちで試験に臨んだか紬にはわからないが、紬本人はどうしても緊張が隠せない。
別に聖女になりたいわけではないが、聖女と違うとどんな目に会うかわからない。聖女でないと困るのだ。
(お願いします、お願いします、お願いします! 聖女でありますように!)
そんなことを念じつつ、紬は水晶玉に触れたが――
反応は何もなかった。
「……え?」
紬には信じられなかったので、何度も何度もベタベタと水晶玉に触れるも、何の反応も現れなかった。
「え、え、え、あ……」
(困るんだけど!?)
紬の異変に、そして、なんの変化もない水晶玉に周囲の聖職者達も気がつき始めた。ざわざわと何かを話し合う声が紬の耳に飛び込んでくる。
明らかに声には疑惑の響きがあった。
(ひいいいいいいい! どどど、どうしよう!?)
そっと紬が振り返ると、聖職者の視線は皆冷たく、表情には失意が浮かび上がっていた。
紬は聖女ではない――
その事実が、残酷なまでに突きつけられる。
そこで、知らないわよ、あなた達が勝手に呼んだだけじゃない! と開き直れる性格ならいいのだが、あいにく紬は人がいいので、うまく役に立てそうにない自分を内心で責めた。
そのときだった。
状況を見守っていた怜が前に歩み出る。
「静かにしてもらいたい」
その一言で、部屋のざわめきがトーンダウンする。
「確認したいのだが、私は聖女で間違いないか?」
「はい! あなた様こそが間違いようのない聖女様です!」
ぶんぶんと首を縦に振って肯定する聖職者に、怜は言葉を続けた。
「わかった。ならば、ここに私が聖女としての任務を全することを約束しよう。君たちの願いに必ず応えることを」
怜の言葉に、おお! と喜びの声がわく。だが、そんな周囲の熱になんの反応も示さないまま様子で、怜は次の言葉を続けた。
「その代わり……そこの彼女、天野紬の安全と生活を保証してほしい」
「え!?」
驚きの声を上げたのは紬だ。
「だ、だめですよ! そんな、私のために犠牲になるなんて!」
「……いや、犠牲でも何でもない。ただ報酬を吊り上げただけだよ。そもそも、この世界から私たちは出ることができないんだから。である以上、私は聖女になるしかないんだよ」
振り返った怜が、まるで簡単な方程式の答えを口にするかのような明瞭さで言った。
「いいかい、紬。私たちはたった二人の異邦人だ。できれば、互いに助け合いたいと思っている。どうしても気になるのなら、さっきの世話の礼だと思って欲しい」
「怜さん……」
会話が途切れたタイミングで、聖職者が口を開いた。
「わかりました。そちらの女性の身柄の安全は間違いなく保証いたします」
「わかった、それでいい」
その後、怜は聖職者たちに連れて行かれた。一方、紬は別の部屋で待機することとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから2週間が過ぎた。
その後、食事は出されるものの、特に干渉されることもなく、ダラダラと紬は暮らしている。
三食昼寝付きで楽なことこの上ないが、勤労精神の強い紬にとってはあまり気分のいいものではない。
(それにさ、こうやって安穏としていられるのは怜さんが頑張ってくれたからで――今も怜さんは聖女として頑張っているのに。助けてもらった私が何もしないのは辛い)
とは言いつつも、完全にお客さん扱いで何もすることがない。深いため息を吐きながら、紬はふらふらと外に出た。
出てきた建物は大きな教会だった。
(作りが立派だから、格式の高いところなのかな?)
当然ながら、聖女召喚をする教会なので、格式の高さは最高級だ。
そんな教会に居候している状態なので、紬は今、教会から借し出されたシスター服に身を包んでいる。
とても大きな教会なので、それを取り囲むように人々が暮らし、店を営んでいたりするので、ちょっとした村のようになっていた。
集落の側には城壁に囲まれた大きな街があった。ちょうど、怜が寝ていた部屋から見えた街だ。
街の中央には大きな城が建っている。
(確か、怜さんは城に連れていかれたんだよね)
大変じゃなければいいのにな、酷い目に遭っていなければいいのにな、と思いつつ、紬は天才物理学者の安否を祈った。
そんな感じで村をシスター服で歩いていると、
「あなた、ひょっとして新しく手伝いに来る予定のシスターさん?」
いきなり年老いたシスターが話しかけてきた。表情と声色から妙な切迫感がある。
「ええと、私はその――」
老シスターは紬の話を遮ってまくし立てた。
「いいから、いいから! 別に遅れたくらいで怒ったりしないよ! 人手が足りないんだ。子供の世話ってのはいつも何かしら起こっているからね、忙しくて忙しくて!」
そんなことを言いつつ、老シスターが紬の手を引っ張っていく。手を払って拒絶することもできたが、紬はそうしなかった。
子供の世話という単語が気になったから。
紬にとって子供の世話は大好きなことで、得意なことなのだ。
(何か役に立てるかもしれない)
働きたくてうずうずしていた紬は、老シスターの勘違いに乗っかっていくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます