第101話 とある夏のはじまりとおわり

 魔王城の最上層で、亜土はあどの記憶を語った。


「――そこにいるルシアナは魔王なんかじゃない。プログラムに従って動く、魔力の塊……そして、学園生活に憧れてしまった女の子だ」


 ルシアナが多少強くはあっても超越した力を持っていないことは、亜土も考えていた。マキドたちにもそう伝えている。


 彼女に対して、殺意が湧かなくなったこと。

 そしてあどが学園に攻めてこず、ずっと魔王城にひきこもっていたのは、人間寄りになってしまった彼女を守るためだ。


(……オレも、あの場にいたら鬼に堕ちていたかな)


 光への強い憧れは、亜土もよくわかる。

 ルシアナがどんな存在であるのかは承知だが、記憶だけでも共感してしまった。


「思えば、ルシアナは学園には攻めてきていない。無頭むとうだった頃は暗躍していたけれど、女の子になってからは最低限でしか動いていなかった」


 亜土がそう言うと、ルシアナは侮蔑するような視線を送ってくる。


「はあ……亜土先輩はもう少し賢いと思っていたけど、バカだったね」

「……ルシアナ?」

「あんなの演技に決まっているよ。ボクに共感してもらうよーに泣いてみただけさ。亜土先輩ってばチョロそーだし? 実際、簡単に堕ちたじゃないか」


 ルシアナははーんと邪悪にほくそ笑む。


「しかも結局は負けちゃってさ。ほーんと役に立たないね」

「あのオレは、最後までルシアナを心配していたよ」

「……だから、それが、なんなの?」


 ルシアナは邪悪な笑みをたたえたままだ。

 魔王としてのプライドなのか、それとも別の思惑があるのか。学園生活に憧れたことを意地でも認めないようだが、隠しきれていない。全員が察していた。


 みもりがおずおずとたずねる。


「あ、あの……魔王……。ううん、ルシアナちゃん?」

「ルシアナちゃんって……勇者とは慣れあうつもりはないんだけど?」

「最上層は学校のグラウンドだし、最上層に来るまでも教室とか、廊下とか、学校の景色がいっぱいあったよ。そ、それってやっぱり……」

「君たちをかどわかすための作戦に決まっている」


 そう言いのけたルシアナに、マキドがツッコミをいれる。


「かどわかすって、学校の景色でどうやってですか?」

「……奪われた学園の景色が、魔王との決戦間近で見せつけられる。おのれ魔王、私たちの心を弄びやがってと怒りで隙だらけにしよう作戦」

「学園を潰されたわけじゃありません。むしろ戦意を煽るだけじゃないですか」


 口をへの字にしたルシアナに、リリカナが元気よく手をあげた。


「はいはーい、リリカナちゃんも質問でーす!」

「……なんだよ」

「お洒落なカフェがあったけどー、お友だちと仲良くお話できるよーな座席だったのは、ルシアナちゃんの願望なのー?」


 クリティカルヒットだったか、ルシアナは真顔になる。さすが黒桐、急所を的確に突いてくるといった顔だった。


 ルシアナは無言で睨んでくる。

 じゃあどうすればいいんだよ。ボクは魔王城復活を止める気がないし、君たちも学園に閉じこめられたままはイヤだよね、と圧を与えてくる。


 亜土が口をひらく前に、ルシアナが嘆息吐いた。


「はあ……問答は終わりかい? いい加減、殺し合いをはじめよう」

「あのさ、ルシアナ」

「なんだよ亜土先輩。今度は先輩が、ボクを甘い言葉で騙すつもり? そんなの無意味だってわかりきっているのにさ」


 ルシアナが冷めきった瞳を向けてくる。

 彼女のとりまく空気がどんどん濃度を増して、殺意に変わっていた。


「君たちが戦う気がないなら丁度いい。ボクが一方的になぶって――」



 ドドーーーーーンッ、と爆発音がとどろいた。



 その場にいた全員が身構える。

 亜土もみもりたちも攻撃魔法を放っていない。ルシアナもだ。


 なにかしらの攻撃をうけた様子はない。いったいどこからだと亜土が顔をキョロキョロさせると、またドドーンッと大きな音が届いてきた。


 ドドーン、ドドーン、パラパラパラ。

 魔王城の外郭。大魔堂学園の校舎からだ。


「亜土先生! 見てください!」


 みもりが指さした先には、綺麗な魔法花火が打ちあげられていた。


 いろとりどりの魔法花火が夜空で咲き乱れている。

 そういえば今は夏の夜だったと思い出させるほど、強烈に輝いていた。


「な、なんで花火が⁉」


 突如打ちあげられた魔法花火に亜土が戸惑っていると、マキドが冷静に答えた。


「あの魔法花火。後夜祭のものですね」

「……大魔法祭の? オレたちが一緒に見る約束をしていた花火なのか?」

「はい、私は以前参加したことがありますのでわかります。後夜祭ではあーやって、夜間は魔法花火を打ちあげるんです。ほら、芸術科の魔法芸術マジックアートも夜空に描かれていますよ」


 真っ黒な暗がりのキャンパスに、可愛い動物や、カッコイイ冒険者パーティーが夜空に描かれる。前衛的なグラフィティが映えるに映えた。


 魔法芸術マジックアートはイラストだけじゃなく、文字も描かれている。


 がんばれ、まけるな、自分たちも戦うぞ。

 そんな応援メッセージが、キラキラ光る線で描かれていた。


「亜土せんせー。リリカナちゃんたちの奇襲、みんなに気づかれたねー」

「そう、みたいだな。……負の感情は魔王城を復活させる。中途半端に終わった祭りをはじめて、平和だった学園を思い出させようとしたのかな。たぶん、安心院先輩の案だ」

「あはーっ、あれ多分、安心院先輩のメッセージだよねー?」


 夜空の魔法芸術マジックアートに、ひときわ大きな文字があった。

 それは『今すぐ連絡をよこせ』と非常に角ばった文字で、氷華の強い怒りを感じる。


「…………お説教、何時間コースだろう」


 お説教程度ですめばいいがと、亜土はちょっと帰還をためらった。


 と、ルシアナがグラウンドのふちに近づいた。

 学園の生徒たちが次々に描いてくる光の芸術に、彼女はこそばゆそうな顔をする。


「…………いいなぁ」


 ルシアナは、心底羨ましそうに眺めていた。

 決して届かない光に手を伸ばして、なにも掴めなかった手をグーパーしている。


 そして、すべてを諦めたような表情で、亜土を見つめてきた。


「亜土先輩になら殺されていいと言ったのはね。本心だったんだよ」


 殺されるときはせめて同類の手で、ルシアナの瞳はそう語っていた。


「…………本心だったんだよ」


 ドドドーンッと魔法花火が打ち上げられて、パラパラと火花が散る。

 ルシアナは魔法花火をしばらく眺めたあと、納得しきったように少し微笑んだ。


「さて、小さな勇者たち。それに亜土先輩」


 ルシアナは魔王然とした態度で、亜土たちに顔を向ける。


「ボクの魔力はもう底をついている。魔王のハッタリもよくぞ見抜いてみせた」


 ルシアナは両手をパチパチと叩き、怪訝な表情を浮かべていた亜土たちに告げる。


「だがね、ただでは死なないよ」


 ドゴゴゴゴゴッと、魔王城全体がふるえはじめた。


 地震かと思いきや様子がちがう。

 マキドが大魔力渦を見て、叫ぶ。


「亜土さん! 大魔力渦にヒビがはいっています‼」


 ルシアナが高笑いする。


「あーはっはっは! うん、ボクがいましがた魔王城すべての魔力渦が崩壊するように仕向けた。魔王城の維持が不可能になった場合、邪魔者を道連れにするシステムだ。まあ最後の悪あがきといっていい。実に、魔王らしいだろう?」

「ルシアナ!」

「おめでとう、君たちの勝利だよ」


 ドゴゴゴゴッと地響きが大きくなっている。

 魔王城が今すぐにでも崩壊するのだと、亜土たちは悟った。


「ほら、はやくショートテレポで帰還して、今にも魔王城に突入しようとしている彼らに言ってやりなよ。これで死んだらバカみたいじゃないか」


 ルシアナは余裕の笑みをまだたたえている。

 最後まで魔王らしく佇んでいた。


「みんな! 集まってください! ショートテレポの詠唱に入ります!」


 マキドが慌てて詠唱にはいり、みもりとリリカナが彼女の両肩に手を置いた。


「亜土さん! はやく、私に捕まってください!」

「だ、だけど……! マキド!」

「あの子は、私がショートテレポを使えると知っていました! 脱出の余地があるとあらかじめわかっていたんです!」


 マキドがそう必死に叫ぶので、ルシアナが困り眉になった。


「……君は本当に優秀なんだから」


 亜土がルシアナに駆けよろうとしたが、マキドが手を握ってくる。

 もう心配させないでくださいと切に訴えてくる少女の瞳に、亜土は微笑みかえし、手を握りかえした。


「……詠唱に入りますね」


 マキドは安心したように、ショートテレポを詠唱する。


 亜土と三人の少女はすぐに光に包まれていく。

 ルシアナが敗北を認め、魔王城が崩壊するのなら、この場に留まる必要はない。

 あとは、日常に戻るだけだった。


 だから、亜土は寸前のところでマキドの手を離した。


「ごめん、みんな」

「亜土さん⁉」「亜土せんせー!」「亜土先生!」


 少女たちが叫んだと同時に、三人はばびゅーんと飛んで行く。マキドがあらかじめ指定していた魔方陣に飛んで行ったのだ。


 崩壊する魔王城に残されたのは、亜土とルシアナだけ。

 ルシアナはなんとも呆れた顔でいた。


「亜土先輩の女泣かせ」

「ひどい言い方をするなあ……」

「ロリコン。11歳に手をだした男。鬼よりひどい鬼畜」

「そ、そこまで言うか⁉」

「ボクの心意気を無為にしてくれたんだ、それぐらい言わせてもらうよ。で、どーするんだい? ボクを助けても意味がないことは承知だよね? 魔力渦が崩壊したからじゃないよ。ボクの性質は変えられないって話で――」


 ルシアナの物分かりのいいセリフを、亜土は遮る。


「ルシアナには最後まで抗ってもらう。オレと戦ってもらおうと思ってさ」

「……魔王として?」

「ちがうよ。この学園の生徒として」


 亜土がまっすぐ見つめると、ルシアナは観念したように微笑んだ。


「まあ、みんな諦めが悪かったよね。ほーんと諦めが悪かった」

「そこに憧れたんだろう?」

「さあ、どうだろう」

「いじっぱり……じゃないな。とんだひねくれ者だ」

「よーやくわかってくれたようで嬉しいかぎりだ。それじゃあお言葉に甘えて、戦わせてもらうけどさ。亜土先輩、ボクと戦えるのって……そういえば、鬼に勝ったんだったね」

「いや。今、鬼に勝った力をつかえば、たぶんオレ死ぬ」

「……ダメじゃないか。なにをするかわからないけどさ」

「まー、大丈夫だよ。見ていなって」


 魔王城の崩壊がはじまる。

 やはり窮地に追いこまれるほど、頭が澄みきってくるのが自分でもわかった。


 黒桐の技は、急所を最短で斬ることにある。

 反して鬼洞の技は、関節や臓器を壊してから、急所を狙いにいく。同じ裏武家であっても技の本質は異なり、おそらく、たどり着くべき秘奥も異なる。


 そう、亜土は悟った。


「行くよ、ロリコン変態先輩」

「来いっ! 魔王詐称のひねくれ娘!」


 魔力すっからかんでボロボロの二人が構える。

 ズゴゴゴゴとさきより振動が激しくなった中、二人は戦い、そして亜土は吠えた。


「――鬼洞流っ、秘伝!」


 魔法花火がドドーンッと打ちあがり、床がガラガラと盛大に崩壊していく。

 騒がしい夏の夜が、はじまりを告げる。



 そうして、魔王城は崩れ去っていった。


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