記憶の欠片『ルシアナの願い』②

 亜土には、あどの記憶が新たに引き継がれていた。


 その記憶は亜土がミスを犯して、ルシアナに拉致られたときのもの。

 魔法工芸アーティーファクト『12人の迷い子』で、分身する前の記憶だ。


 傷ついた亜土が、女の子みたいな部屋のベッドで寝こんでいると、ルシアナが介抱してくる。

 亜土を鬼にして、自分のものにするとルシアナは言った。

 抵抗する亜土だったが、ルシアナは困ったように微笑む。


「うーん、本格的に鬼に戻ってもらうためにも、精神感応系の魔法をかけるわけだけど……。知っていると思うが、相手との同調……つまり亜土先輩の共感が多少必要なんだ。亜土先輩がそんな態度なら効果がないじゃないか」

「当たり前だ……! 誰が、お前に共感なんて……!」


 舌を噛みちぎろうとした亜土の手を、ルシアナはそっと握ってくる。

 実に嘘くさくて愛らしい笑みを浮かべながら、優しく囁いてきた。


「もちろん、説得するつもりだよ?」


 説得と聞いて、亜土は鼻で笑った。


「はっ、世界の半分をあげるなんてまた言いだすつもりか? オレがお前の甘言にのっかるわけないだろうが」

「そうだねー、ボクも若い身体とはいえ、小学5年生のようなロリロリボディじゃないわけだから? 身体で誘惑できそうにもないしね」

「ひ、人をロリコンみたいに……!」


 だが、最近ちょっと怪しい亜土だった。


「あははっ、怒らない怒らない。誘惑なんてしないさ」

「なにを言っても無駄だぞ」


 そう言った亜土に、ルシアナはにっこりと微笑む。


「ボクはね。……実は、魔王じゃないんだ」


 なにをふざけているのかとルシアナを見つめるが、彼女は半笑いだ。


「お前が魔王じゃなきゃ、誰が魔王なんだよ」

「亜土先輩、魔王になってみる?」

「ふざけてるのか?」

「ふざけてないよ。亜土先輩が魔王でもいいよ、って話」


 話の要領が掴めない。

 亜土は睨みつけるが、どうしてだか彼女の瞳は嘘を言っているように見えなかった。


「……亜土先輩。ボクはね、魔王城を復活させるためだけの存在なんだ」

「それはお前が魔王だからで……いや……」


 そもそもルシアナのことを良く知らないと気づいた。

 以前ミシュエールが、世界現象SSSの魔法工芸アーティーファクト『魔王の祝福』であり、概念存在だとも言っていたのは覚えている。


「ボクはね、魔王城……巨大な異界の門カオス・ゲートを誕生させて、世界に混沌をまねき、別世界を繋げるための存在だ。魔力渦が生きているという説を聞いたことはあるかな?」

「授業で習ったことは……」

「生物学的には生きている、とは言いづらいが。魔力渦はね、勢力を広げようとする性質がある。魔力渦から生まれるモンスターは、勢力を広げるための駒であり、外敵から身を守るための白血球のような存在なんだ」

「じゃあお前は……」

「プログラム通りに動く、モンスターと変わらないよ」


 ルシアナが握っていた手に力をいれてきた。


「ボクは魔王城誕生のために絶望を煽る、人を貶めるざるを得ない。そういった存在だ。魔王城が完成したあとは……まあ、誰かに魔王役でも譲るさ」

「今までのことは、お前の意思じゃなかったと言いたいのか? ずいぶん都合がいいな」

「ボクの意思ではあるけど……以前にも言っただろう? なんだ。鬼の血が混ざった亜土先輩が、異形を前に血を暴走させるように、ボクの性質、宿命といっていい」


 亜土は少しだけルシアナを理解した。

 意思とは関係なく、鬼の血で暴れてしまう愚かな自分。

 できるなら、ずっと見えないフリをしていたい。


 そして、どうしてルシアナが自分に執着していたのかもわかった。


「……オレは、お前の同類じゃないぞ」

「えへへ、亜土先輩の側にいると落ち着くんだよねー」


 お仲間認定してきたルシアナがにへーと笑った。


「…………だから、これからもお前は絶望を煽るのか?」

「そうさ、ボクはそのための存在だ。暗がりの中で暗躍して、キラキラッに輝いている生徒たちを堕としてみせる。すべては魔王城を復活させて、この世に混沌を導くために」


 ルシアナが握っていた手にさらに力をいれる。

 彼女の手はわずかに震えていた。


「ずっと、オレたちを観察していたわけだ」

「ああ、観察していたよ。どうすれば彼らは絶望に堕ちるのか、どうすれば効率よく負の感情をバラまけるのか。顔のない概念存在だった頃から、そんなことばかり考えていた。夢に向かって一直線! バカみたいにひたむきな彼らを、暗がりからじーーっと観察していたよ? ずっと、ずっとだ……!」


 亜土にはもう、ルシアナが抱いた感情を察してしまった。

 ルシアナがどうして中学生の女の子みたいな容姿になったのか。

 どうして女の子みたいな部屋を、魔王城に模したのか。


 同類だからこそ、彼女が本気で望んだのだと、亜土にはわかってしまった。


「…………亜土先輩、みんなキラキラしているんだ」

「……知ってるよ。みんな眩しいよな」

「みんな……キラキラしているんだよ……」


 ルシアナの声がふるえていた。

 なんなら、まつ毛もふるえているし、瞳には涙をためている。


「ボクがね……絶対に、手の届かない光が目の前にあるんだ……」

「……うん」

「ボクがさ……どれだけ暗がりの中にいるのか嫌でもわかってしまうんだ……」

「……うん」

「……希望と絶望はいつだって向かい合わせ、決して交わることはない。それでもさ、無駄だとわかっていてもさ……。闇の中から光に憧れるバカが、どこにでもいるもんだ……」


 ひっくと嗚咽が聞こえた。

 亜土の握られている手に、涙がこぼれている。

 ルシアナは黒幕の威厳を保とうと、どうにか余裕の笑みをたたえているが、涙だけは堪えきれていなかった。


「ならさ――」

「……言っただろう? ボクはそうせざるを得ない存在だって」


 ルシアナは存在自体すでに人間寄りになったのだろう、殺意は湧かなくなっている。

 それでも、彼女は宿命に従うと言っている。

 暗がりから光を欲して手を伸ばしているのに。


「魔王側とも言えなくなったボクに……もう、本当の仲間なんていない。これからたった一人で世界を敵にまわすわけだ」


 ルシアナは邪悪な笑みでとりつくろってみせる。

 けれど、すぐに弱気な表情になって、亜土の胸に顔をうずめてきた。


「でもね、やっぱりね、ちょっとイヤかな……」

「ルシアナ……」

「お願いだよ……亜土先輩……。この世界でたった一人はイヤだよ……………ボクと一緒に堕ちてよ………………」


 ルシアナはこれから亜土に洗脳魔法をかけるだろう。


 洗脳魔法は、感情を増幅させる魔法だ。

 イヤな気持ちや幸せな気持ちを増幅させて、気持ちを操るわけなのだが、本人の意にそぐわなければ簡単に解除できてしまう。

 だからこそ、共感が必要な魔法でもあった。



 亜土は堕ちた自分を想像する。

 ルシアナが安らかでいられるよう、みんなに立ちふさがる鬼が想像できてしまった。

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