第99話 鬼洞VS亜土③

魔力装甲アクラーゼ


 絶対不可侵の光が凝縮する。

 亜土が一度は失い、そうして新たに掴んだ想像の力が結実する。


魔力装甲アクラーゼ、だと……?」


 鬼はせない顔で佇んでいる。

 亜土が唱えることができない魔法を唱えたからだ。


「……オレの身体はな、このユニークスキルを使うためだけのものに変わっていたんだよ」


 くれないの長手甲が、亜土の右腕に顕現していた。

 鬼の手甲より籠手は小さいが、くれないの装甲が右腕すべてを守っている。


 そして、亜土の右手には、くれないの打刀が握られていた。


「鬼を対峙するに相応しい恰好だろう?」


 亜土は打刀を肩に担ぐ。

 リリカナを彷彿させる構えに、鬼は不機嫌そうに眉根をひそめた。


「はっ、力を得た途端にずいぶんと調子がでてきたじゃないか」

「それはお前のことか?」

「なにをしようがオレとの実力差は変わらないぞ。満身創痍の身でなにができる」

「オレにビビっているなら、そう言えよ」


 亜土は鬼を煽ってやる。


「お前は今から、切り捨てた過去オレに退治されるわけだ。アイデンティティの喪失に繋がるよな? そのご大層な頭の角は、寝るのに邪魔なアクセサリーになるわけだ」

「ほーぅ?」


 鬼の声には不快感があらわれていた。

 表情が恐ろしく冷たい。今から亜土をどう残虐に殺すか、冷静に、淡々と思考をめぐらせているのが伝わってくる。


 鬼が踏みこみ、教室が大きく揺れる。


「……吐きだしたツバ、呑みこめると思うなよ!」

「来いっ‼‼ 鬼退治のはじまりだ!」 


 机の残骸が宙を舞う中、鬼が暴風となって襲いかかる。その黒の手甲は、マトモに食らえば亜土の腹にドデカイ穴をあけるだろう。


 ガキンッ、と重い金属がかちあう音がした。

 亜土が打刀で、手甲と真っ向から打ち合ったのだ。


「⁉ んだと⁉」


 鬼の眉がわずかに歪む。


 なるほど、強固な刀だ。鬼の拳を受けてなお、折れていない。自信を持つのもわかる。

 だがしかし、どうして鬼の力と押しあえているのか。

 こんな芸当、だと、鬼はわずかに押された。


「せいいいいいいいいっっ!」


 亜土が気合をこめて紅の刃をふるいきると、鬼は後ろに跳ねた。

 純粋な力で押されたことに動揺したようだが、すぐに立てなおし、血の魔法を唱えてくる。


血尖槍ブラッドスピア!」


 鬼の背後に、血の槍が13個浮かぶ。

 出し惜しみはないらしい。

 力量を正しく測り、即座に修正するあたりさすがだと亜土は思った。


速射ファイア!」


 血の槍が亜土を刺し殺しにきた。避けるのに手間取れば、鬼が追撃するのはみてわかる。


 だが亜土とて、出し惜しみはする気はなかった。


「黒桐流ッ! 噛みしぐれ‼‼‼」


 牙のような斬撃が、血の槍すべて斬りふせる。

 いつかリリカナが海衣かいとの試合で見せた技と、まるっきりそっくりだった。


 ガキンッ、と先ほどより深く、鋭く、鬼の手甲と紅の刃がかち合う。


「今の技っ! ただのトレースじゃないな⁉ 魔力も桁違いにはねあがってやがる!」

炎よランプ!」


 亜土は返答代わりに、一工程目を唱えた。


血手ブラッドハンド!」

炎よファイアー!」


 亜土は来るのがわかっていたように血の弾丸を避けて、二工程目を唱える。


「チッ! 黒桐の先読みかっ!」

炎よフレイム‼‼」


 ジャリンッ、と手甲と紅の刃は火花を散らす。

 三工程目もすでに唱え終わった。


塵すら残さず食い破れヴォルケーノ‼‼‼‼」


 亜土の背後に、視界がゆらむほどの火球が生まれている。

 マキドが得意とする大魔法を、亜土は、紅の刃をふるいながら唱えてみせる。


九龍の紅炎ドラゴンプロミネンス‼‼‼‼‼‼」


 巨大な火球から、九つの龍がとびだした。

 ギャオオオンッと、炎龍が教室を灼熱に変えながら鬼に食いつき、壁をつき破りながら暴れ狂う。


 鬼は歯を食いしばりながら、むんっと手甲で火炎をふりはらった。


「まだまだああああああああああー‼」


 亜土は乾坤一擲と、打刀をまっすぐに振り下ろす。

 鬼は手甲で受けとめたが、威力を押し殺すことができず、ドシンッと床に沈みこんだ。


「は、はは……ははははははははっ!」


 鬼が笑った。


「なにがおかしい⁉」

「おかしいさ! あの三人の力が、オレを狩ろうとしているのだからな! なら――」

「ああっ、三人の力だよ! この力を使ったからには――」


 鬼の手甲を、亜土は打刀でそらしながら斜めに斬る。

 鬼の皮膚がわずかに斬れて、血が飛んだが、教室でくすぶる火炎で蒸発した。


「絶対に負けられない!」「絶対に負けない!」


 どちらがどちらの台詞だったか、お互いにわからなかった。


 二人の戦闘が加速する。

 目にも止まらなぬ鬼の速度に、亜土はたしかについていった。


 リリカナの鋭い技が、鬼の皮膚を切り裂いた。

 みもりの巨大な魔力が、鬼に匹敵する力を与えてくれる。

 マキドの五属性魔法が、鬼を追い詰める手段となっていた。


 ギャイン、ギャイン、ギャイン、と火花が散る。

 二人は教室を、廊下を、縦横無尽に跳ねまわる。

 ついには、壁を駆けながら戦っていた。


 人外の領域はとっくに超えている。

 今の亜土は、はたして勇者と呼ぶのか超人と呼ぶのか、本人にもわからない。ただ三人の力が合わされば無敵だと、彼は誰よりも信じていた。


 きっと、鬼もだろう。


「ははははははははははははっ!」

「せやああああああああああっ!」


 数百合も打ち合い、亜土がわずかに押しはじめた。


 亜土の覚醒は、疑似的なトランス状態に近い。

 儀式契約は魔と交信し、神を降ろす、魔力の霊的なアプローチだ。

 少女たちと出会い、少女たちを導き、心の交流を重ねることで初めて使用できるスキルであり、極めて限定的で制約もなにかと多いユニークスキルだが。


 少女たちの力をそのまま降ろすという、奇跡と呼ばれる御業を起こしていた。


「チッ……!」


 鬼は苦しそうに舌打ちする。その全身は刀傷だらけとなっていた。


 トレースでもコピーでもない。本物の少女たちの力。

 そこに亜土の技だ。


「ははっ! そうやって! お前は、誰かを食い物にして生きるんだな!」


 燃えさかる教室で、鬼が煽った。

 挑発で隙を突こうとしているのはあきらかだったが、亜土は真正直に応じる。


「そんなことはしないっ!」

「よかったじゃないか! 人の身で鬼と渡り合えるようになって! 勇者部どころか、冒険者として名を馳せるぞ! 喜べよ!」

「オレは選手にはならない! 冒険者にも! 勇者にもだ!」


 くれないの刀が火炎ごと鬼を切り裂く。


「この力はみもりたちの光だ! みもり、リリカナ、マキドが未来で輝くための大事な光だ! 暗がりのオレが食っていいわけ……ないだろうがっ‼」

「だったら――」

「オレは……オレは‼ 先生になる‼‼‼」


 鬼は逆に虚を突かれた。

 殺しあいの最中なのにキョトンとして、その素直な瞳は、みもりたちが良く知る彼の瞳だった。


「代理じゃないぞ‼ 本物の先生だ!」


 亜土の斬撃がさらに加速する。

 鬼は、亜土の言葉を待つように、わずかに動きがにぶった。


「みもりたちだけじゃない……! まだ見ぬ光、輝き方をしらない光に寄りそって、オレは暗がりの中からでも光を探し続けてみせる!」


 亜土は魂を震わせながら叫ぶ。


「オレの人生すべてを捧げて‼‼‼ 力になりつづける!」


 自分の一生を賭けると、亜土は自分に契約した。

 絶対に破ることのない誓いを心に刻みこみ、亜土の斬撃が鋭さを増す。


 紅の打刀が、鬼を窮地に追いつめる。

 それなのに、あどは不敵に笑っていた。


「ならっ! 邪魔なオレを殺してみろよ!」


 亜土は黒の手甲をさばき、鬼を教室の壁に叩きつける。

 そして打刀を上段に構えた。


「黒桐流ッ、秘伝――」


 こうべを垂れて、敗北を悟ったあどに、ただ一太刀まっすぐに斬りおろす。


い‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 鬼を、神を、万物の急所を噛み殺す、黒桐流の秘奥。

 たとえ頑強な鬼であっても急所を斬られれば、バラバラになってしまうだろう。


「――オレの勝ちだ」


 だが、そうはならなかった。


 亜土は、あどの心臓付近に、懐中時計型の魔法工芸アーティーファクト『12人の迷い子』を押し当てている。


 こうして敗北を悟ったオリジナルの自分に時計を押し当てれば、時計の所有権を奪えるはず。

 カチリと、歯車が動いた音がして、亜土の時間が回りはじめた。


「…………黒桐の秘伝はブラフかよ」

「リリカナの秘伝はさすがに真似できないって。あの子が自分の足でたどり着いた、あの子だけの境地だぞ」

「……オレを否定していたじゃないか」


 あどが自分を殺さなかった亜土に、恨みがましい視線を送ってきた。


「否定はしたけど、受けいれないとは言っていない」

「はっ……最初からそのつもりかよ」

「……相打ち覚悟のときは殺すつもりでいたし、死ぬつもりでいたよ。でも、オレにとって切り捨てることができない部分なら、一緒にやっていくしかないだろう? ……生徒にもそう教えていたことだしさ」


 亜土の先生らしい口調に、あどは苦笑した。


「無謀な賭けを……。ああ、それが、オレだったな」


 あどの姿がどんどんと消えていく。

 亜土が時計の効果を切ったので、二人は統合しているのだ。


「消える前に、なにか言うことは?」

「ない。言わずとも、統合すればオレがどう行動するかなんてわかるしな」

「? それはどういう――」


 亜土の問いを遮るように、あどの姿が消えていく。


「それじゃあな、オレ。新しい道、オレなりに応援しているぜ」

「……お前も頑張るんだよ。オレなんだからさ」


 あどはニッと笑うと、背景に溶けるように姿を消した。

 自分がオリジナルになったのだと自覚した亜土は、魔力甲装アクラーゼを解除して、そのままぶっ倒れる。


「っくーーーーっはーーーー……」


 地獄のようなユニークスキルの反動がくる。

 全身が引き裂かれるような痛みだった。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! きっつーーーー…………! あともう少し戦っていたら、オレ死んでいたぞ! こんなの何度も使えるもんじゃないって!)


 そりゃあ重症になるなと亜土は苦痛に顔をゆがめた。

 心の中で『マジか。オレ、もう少し粘れば勝ってたのかよ』ともう一人の自分がツッコミをいれた気がしたが、勝ちは勝ちだ。


 亜土が呼吸を整えていると、だんだんとあどの記憶が流れこむ。

 に、表情を曇らせた。


「みもりたちのもとに急がないと……!」

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