第97話 鬼洞VS亜土①

 短距離転移魔法ショートテレポの光がだんだんと治まってくる。


 別の場所に飛ばされた亜土は、に立っていた。

 まさか学校に戻されたのかと驚いたが、教室の窓からは、大魔堂学園の全景が見わたせている。最上層で間違いない。


 標高800メートル地点にあった教室に、亜土はさすがに面食らった。


(もっと陰気な場所に送られると思っていたけど、これは……)


 ドローン偵察で、最上層に教室があるなんて報告はなかった。

 自分が最上層から脱出するときも教室は見つけられなかった。おそらく、魔力で巧妙に隠されていた場所。


 いったいなぜと亜土は考えようとしたが、やめる。その余裕はなさそうだった。


「――よう、遅かったな」


 鬼となった亜土が、教壇に腰をかけていた。

 血のように赤い角を額から二本生やして、鍛えぬかれた上半身を晒している。肌に描かれた赤い模様は異形となった証だ。


「……ずっと半裸で待っていたのか? 妙なイキりはやめてくれよ。黒歴史になるじゃないか」

「軽口を叩けば対等になれると思うなよ」

オレお前は、オレと対等じゃない。鏡に向かって、自分の姿を見てみろよ。堕ちた馬鹿野郎と同じなわけがないだろうが」


 亜土の強い言葉に、鬼は不敵に笑う。

 変容した自分を誇らしげに思っている笑みだった。


「はっ、自分の暗がりから目をそむけた奴がなにを言う。親父にも言われただろうが、『日向を望むな』。今までの自分を忘れたように、のうのうと善良な人間ぶるほうがよほど醜悪だ」

「……過去の自分から目をそむけたのはたしかだよ」


 亜土はみもりたちを思い浮かべた。


「だけどな、オレお前は憧れを手放した」


 少女たちはどうでも良さそうな未来の自分を睨みつける。


「みもりや、リリカナや、マキドが、自分にとってどれだけ大切な光だったかを、たがが洗脳程度でオレお前は忘れたんだ!」

「あの子たちも可哀相にな。こんなお前オレを先生と慕うなんて」


 少女たちを心底憐れむような瞳に、亜土は語気を荒げる。


「こんなオレでも、みもりたちはまだ先生と慕ってくれた! オレのキラキラは本物だと言ってくれたんだ!」

「本物ね。メッキが剥がれたお前オレがここにいるだろう。また見ないフリをしているのか? いい加減に目を覚ませ」

「暗がりにいたことにすら気づかなかった、昔の自分に戻るというのならっ! もうお前はオレじゃない! オレであるはずがない!」

「じゃあ誰だ?」

「名もなき鬼だ! オレに狩られるていどのな!」


 ピュンッと空気が裂ける音がして、亜土の隣の机がふっとんだ。

 指弾だ。鬼がを親指で弾き、弾がわりにしたのだ。

 魔力は感じられない。膂力のみの芸当だ。


「威勢がいいのは構わないが、実力差は埋められないぞ。それとも、お前も鬼になるか? 自我を保てるのならばな」

「する必要はない」


 亜土は前髪をくしゃりとかきあげ、余裕の笑みをたたえてやる。


「お前を相手するに人間のままで十分だ。鬼退治はいつだって人間の役目だろう?」

「ははっ、お前が達磨になったあと、同じセリフが言えるのか楽しみだ」


 鬼が教壇を降りた。

 体重が増えたわけではないだろうに、鉄の塊が落ちたような圧力をズシンと感じた。冷たい殺気が鬼の瞳から放たれていて、亜土の身体がわずかに震える。


 鬼が、悠然と構えた。


「鬼洞の鬼として、骨すらのこさず砕いてやる」

「――学園の一生徒として、鬼を狩らせてもらうっ!」


 鬼が大きく踏みこんだ。

 ドゴンッと大きな音がして、教室の机と椅子すべてが真上に跳ねあがる。風が巻き起こるほどの鬼の正拳突きが放たれたが、それは空を切った。


 亜土はすでに跳ねて避けている。天井に逆さで張りつきながら、手早く詠唱した。


こうッ!」


 緊急防護符が発動する。

 以前みもりたちがケルベロスに襲われたときに使った防御符だ。亜土はそれを、鬼に向かって使用した。


 鬼を中心とした光のドームが発生し、亜土はすぐに次の簡易魔法符を唱える。


ばくッ!」


 ドゴゴゴゴッッ、とドーム状の結界内で連鎖爆発が起こる。

 さっき会話しながら、自分の足元に簡易魔法符は仕込んでいた。礼流れる特製の簡易魔法符だ。遅延発動可能の優れもので、今の爆発は並のオークを百回は灰にする火力がある。


「――まあ、これぐらいはやってくれなくちゃな」


 ドーム状の結界内で、冷たい声が反響した。

 亜土が身体をひるがえしながら床に着地すると、バキンッと結界が割れて、鬼が煙の中から突進してくる。


 鬼は無傷だった。


「っ、化け物が!」

「鬼だからなっ!」


 鬼が瞳をギラつかせて迫りよる。


しんッ!」


 着地と同時に簡易魔法符は仕込んだ。

 教室の床から波のように針が湧きあがり、いっせいに鬼に襲いかかる。

 しかし、鬼は気にせず針の嵐を突き破ってきて、亜土を蹴り飛ばした。


「壁にぐちゃっと潰れてしまえ!」

「ぐっ⁉⁉⁉」


 亜土はとっさに両腕を交差してガードするが、大砲を直に受けたように衝撃に、真横にふっ飛んでいく。

 机や椅子をなぎ倒しながら壁をつき破り、そのまま隣の教室まで吹きとばされた。


「かっ⁉ っつーーーー……!」


 背中をしこたま打って、一瞬呼吸ができなくなる。

 亜土は鬼洞の技で痛覚を鈍化させながら、すぐに立ちあがった。


「……ほう? 身体強化の魔法だけじゃないようだな。想像以上にタフだ」


 教室にぽっかりあいた穴から、鬼があらわれる。

 面白そうな玩具を見つけたようにニヤついている鬼に、亜土はさらに攻撃をくわえた。


さんッ!」


 吹きとばされながら簡易魔法符は天井に飛ばしていた。

 天井から酸の雨が降り注ぎ、床がじゅわわと白い煙をあげながら溶けている。しかし、鬼は熱いシャワーでも浴びるように気持ちよさにしていた。


「お次は酸の雨か。そういえばお前オレは魔力を失ったあと、簡易魔法符で試合にでられないか特訓していたな」

「……改造した簡易魔法符はルールに引っかかるから、使えなかったけどな」

「報われたな。もう十分だろう。今すぐ死ね」


 鬼がふっと姿を消した。

 否、教室中を跳ねている。

 上下左右を縦横無尽にゴム毬のように跳ねている。こちらの仕込みを警戒しているんじゃない、恐怖を与えてきているのだと亜土は察した。


「……十分なものか」


 死の檻に閉じこめられながら、亜土はつぶやいた。


「知っているか? お前の攻撃から立ちあがれたのは、身体強化の薬も、防護符も、この一週間で強化されたからだ」


 亜土の全身に、うっすらと膜のような防護術がかかっている。

 魔導科が、動きが妨げられることのとない、強度を保ったままの防護術を開発した。

 身体強化の薬も、鬼の血が混ざった亜土用に多少無茶しても大丈夫なように、礼流が特別配合してある。


 倦怠に堕ちかけても、彼らは本分を忘れなかった。


「だから?」


 小馬鹿にする声が聞こえた。


「わずか一週間だ!」


 亜土は拳をかまえる。


「みんな、たった一週間でここまで成長した! たった一週間でだ! オレたちの光はこんな魔王城ごときが遮っていいものじゃない! 日照権を訴えるぞこの野郎!」


 亜土の延髄におぞけがはしった。

 鬼が、背後から自分の首を刎ねようとしている。


「視線のフェイントだろ⁉ 鬼洞流ッ! 流れ断ち!」 


 真上から仕掛けてきた鬼を、亜土は腕で回すようにさばききる。

 鬼は真横に流されて、弾丸のような勢いで壁に叩きつけられ――


「ははっ、昔のオレも存外に悪くないな!」


 なかった。

 鬼はあっさりと壁で反転してみせて、何事もなく床に着地する。少しは反撃できたと思っていた亜土を、鬼は鼻で笑った。


「おいおい、格上を相手しているんだ。この程度で動じるな」

「……言っただろう。堕ちたお前は、格上でも対等でもない」

「言っただろう。威勢がいいのは構わないが、実力差は埋められないぞ、と」


 亜土は次の一手をと、タクティカルベストのポケットに手を伸ばす。

 諦めの悪そうな亜土に、鬼はやれやれと嘆息吐いた。


「少しでも勝てると思っているのが気に食わない。……自分だからこそからだな」


 鬼はすこしだけ真上を見つめた。

 視線の先にいるであろう魔王を想ったのか、鬼の瞳がさらに冷たくなる。


魔力甲装アクラーゼ

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