第96話 終わりに向けて

 みもりたちの身体をはった説得から、翌日。


 魔王城の上層部。

 標高500メートルに位置する場所に、大通路があった。

 エントランスホールと似たような内装で、趣味の悪いオブジェクトが鎮座している。モンスターを賛美するような彫刻は、今にも動きそうなほど迫力があった。


 そこに、西洋鎧が闊歩していた。

 リビングアーマーと呼ばれるモンスターだ。

 とっくに日は沈み、夜となっても侵入者を警戒しつづけている。プログラムどおりに動くモンスターは、鎧の外観もあいまってロボットのようだった。


 と、パリンッと物音がした。


「――」


 円柱付近で、なにかが割れる音がした。

 魔導ランプだけのわずかな灯りしかない大通路は、隠れられる影がいたるところにある。侵入者がやってくる可能性は皆無であっても、リビングアーマーはガションガションと歩きながら、円柱をたしかめに行った。


「――」


 そこには誰もいなかった。

 リビングアーマーは警戒ルートに戻ろうとしたが。


「――⁉」


 胸部アーマーから何者かの手が突き出ていた。


 亜土だ。

 タクティカルベストを着こんだ亜土が、背後から貫き手でコアを貫いたのである。

 停止したリビングアーマーを放置して、亜土はさらに奥まで駆けて行く。


 魔王城に奇襲をしかけたのだ。


「お見事です、亜土さん」


 そして奇襲には、マキドたちも着いてきていた。


「……鬼洞の技を褒められると素直に喜べないなあ」

「今から鬼となった自分と対峙するのに、なにを細かいことを気にしているんですか。切っても離すことができない部分なら、存分に利用すべきです」


 いつかマキドに言った台詞が良改変されていて、亜土は苦笑した。


(ここまで戦闘は最低限ですんでいる。予想より早く、最上層にたどり着くな)


 みもりたちを連れてくる気はなかった。自分1人のほうが潜入しやすいし、安全だと思っていた。

 しかし亜土が驚くぐらい、マキドは魔王城対策をしていた。


(ホントさすがだよ。オレにとって、世界最高の魔法使いはマキド以外ありえないな)


 マキドは魔力装甲アクラーゼを展開している。

 くれないの手袋は、本来少女の魔法を補助するものだが。


「マキドちゃーん、ちょっと疲れてきたー」


 リリカナの息がぜいぜいと荒い。


「わかりました。リリカナの姿を消す幻影術が使えなくなる前に、もう少し行ってから休みましょう」

「うへー……はやめにお願いねー?」


 あまりへこたれないリリカナがそう言うのだから、相当疲れているのだろう。

 リリカナが悪戯するときによく使っていた『姿を消す幻影術』を、マキドは魔力装甲アクラーゼで拡張展開していた。


 これが、マキドの新魔法だ。

 パーティーメンバーの魔法でも、マキドがコントロールできるようにしたらしい。

 大魔法祭で、三人の力を合わせた魔法をヒントにしたそうだ。


(姿を消す術は、超高度な幻影術だ。普通は、自分一人消すまでが限度だけど……)


 魔力操作はリリカナ、魔力はみもり、そしてマキドが調整することで、三人分の幻影術が展開できていた。ただかなり集中力がいるようで、リリカナは魔力探知ができないし、みもりも魔力装甲アクラーゼが使えないが。


(負けず嫌いのマキドが、大人しく学園に閉じこめられるはずがないか)


 マキドは、亜土が一人で侵入するより勝率を高くしてみせると豪語した。


 というか新魔法の開発だけじゃなく、忍者部から情報を引きだし、侵入口を確保していたようだし。モンスターの思考ルーチンを読みとって、最上層までルート構築も練っていたようだ。


 さらにマキドはこの一か月で、短距離転移魔法ショートテレポを覚えたというのだから驚きだ。

 転移術者がいるのなら、魔力渦をわざわざ制御下に置かなくても魔王城から脱出できるだろう。


(どんどん実践向きに育っているのは、自分の教え子らしくあるけど……)


 勝利に貪欲なのは、まぎれもなく少女の気質だ。

 亜土は、マキドの絶対に勝ってやるという意思にのっかった。


 そんなわけで、戦略を再度練るため一日設けることになったのだが、一日設けた理由は他にもあった。


 〇


『――ミシュエールさんのレポートが必要?』


 再契約直後。亜土の自室で、マキドがそうお願いしてきた。


『はい、亜土さんのユニークスキルを調べなおします』

『全然かまわないけどさ。なんでまた?』

『再契約時に、記憶の奔流がおきなかったのが気になりまして。お時間をください』


 マキドの頬が赤い。

 亜土と再契約するために、お口に大太刀を咥えたことを思い出したらしい。


『…………亜土さん?』

『あ、ああっ、うん! 大丈夫、わかってるよ。すぐに渡すから』


 亜土が慌ててレポートを探していると、みもりが尋ねてくる。


『……亜土先生。わたしたちが魔王城に奇襲したら、魔王は怒りますよね』


 ――こちらから仕掛けなければなにもしない。

 口約束かもしれないが、魔王はたしかにそう言っていた。

 反撃が怖いのではなく、みもりは学園のみんなが危険に晒されるのではと心配しているようだ。


『みもりも、学園の空気を感じているよね』

『……はい』


 亜土はレポートをテーブルに置きながら、三人と自分に言い聞かせるように言う。


『魔王と戦うか逃げるか。そのどちらかしかないと、ルシアナはオレたちに選ばせた。そうやって、今この状況を選んだのはお前たちだと、奴は強く意識させている。戦わなければ生きられるかもしれない。けど、いずれ……オレたちは逃げる選択を選ぶことに、疑問を抱かなくなってしまう』


 ゆるやかな倦怠は、いずれ諦観が蝕んでいく。

 氷華はその可能性を一番懸念していた。

 予想より早くそうなってしまうかも、とも。


『今、みんなの未来がついえるかの瀬戸際だ』


 だから奇襲をかけると、亜土は目で伝える。

 成長著しい少女たちを見ていたからこそ、未来が閉ざされるなんて断じて許せなかった。


『それに……オリジナルのオレに勝つには、油断している今しかない』

『亜土さん。やはり奇襲にもっとメンバーを集めるのは良しとしませんか?』

『………意見が割れると思う。話が漏れて攻める前に勘付かれないし、むしろ大勢で攻めてきたほうが


 マキドはゆっくりとうなずいた。


『……わかりました。私たちが精一杯がんばります』

『マキドたちは、危なくなったらショートテレポで逃げるのは絶対条件だよ』

『けれど亜土さん、オリジナルの亜土さんの対処はわかりましたが。魔王が出向いてきたらどうするんです? 鬼化した亜土さんより強いんですよね?』


 魔王ルシアナの実力はいまだ未知数。

 タッグでこられては、あっというまに全滅するかもしれない。


(だけど……)


 小学生5年生とのちょーーーとしたイチャイチャにより、亜土は今すごくスッキリしている。非常に冷静になれていた。


 そこで初めて気づいた、魔王ルシアナへの違和感。

 いつのまにか彼女にたいして殺意が湧かなくなっている。

 そして、最上層で彼女を守るように引きこもったオリジナルについてだ。


『ルシアナで気になったことがあるんだ』

『気になる? それはなんでしょうか、亜土さん』

『……おそらく、ルシアナは――』


 〇


 亜土たちは魔王城の大通路を駆けていく。

 目指すは魔王が住まう最上層。

 亜土は闇から闇へと移動しながら邪魔なモンスターを狩りつづけ、攻略メンバーが到達できなかった最上層へ、あと少しで到達しかけたときだった。


「――⁉」


 亜土が円柱の影に隠れようとすると、足元が光る。

 短距離転移魔法ショートテレポのトラップだ。


(こっちの思考も読んでるってか……!)


 トラップを仕込み、呼びだした相手の見当はついている。

 亜土の身体が光に包まれていく。少女たちが慌てて駆け寄ってきたが、手で制した。


「マキド、あとは任せたよ」


 亜土が信頼できるリーダーにそう告げると、マキドは黙ってうなずいた。

 元から想定外が必ず起きると伝えている。


「亜土先生!」

「亜土せんせー!」

「亜土さん!」


 みもり、リリカナ、マキド、三人の表情に影はない。

 今から大事な試合を迎える選手をおくりだすように、力強い眼差しをおくってくる。


 亜土は自信満々に微笑んだ。


「行ってくる。みんなと……オレの未来、取りもどしてくるよ」

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