第52話 大魔法祭①

 派手なファンファーレと共に、祝法しゅくほうが鳴って、大魔法祭がはじまった。


 初等部のグラウンドに集まっていた小学生たちが、一斉にスタートする。

 といっても駆けだしたのは一部のやる気のある生徒と、高等部相手でも勝ちにいくつもりのマキドたちぐらいだ。


 先頭集団から抜きでた、みもりたちの後ろを、亜土はタッタカと着いていく。

 亜土が走りながらスマホをいじっていると、みもりが心配そうに声をかけてきた。


「亜土先生、走りながらスマホは危ないですよ?」

「暗闇の中を感覚だけで走れる訓練はしているから大丈夫。大魔法祭の状況はオレが確認しているから、みもりたちは祭りを楽しんで」


 亜土はニッコリ笑いながら、試合中継の動画チャンネルに繋げた。


 画面には一斉スタートした小学生たちの様子と、アナウンス席が映っている。

 席には、伝統戦をアナウンスした、魔導情報科の眼鏡女子がいた。


『――というわけで、はじまりました大魔法祭! アナウンスは和光わこうリンと』

安心院礼流あじむれるがお伝えするね。みんな、よろしく』


 予想外の人物に、亜土はちょっとつまずいた。

 礼流れるがたおやかに微笑むので、動画のコメントが盛りあがる。男でもいい、男だからいいと熱すぎるコメントが次々に流れていた。


『いやあ助かりました礼流さん! お姉さんに解説を頼んだのですが、運営側の人間だからと断られまして。正直、礼流さんはあまりこういった場にでないと思っていました』

『姉さんから暇なら大魔法祭を盛りあげられるようにと、命じられちゃってね。やれやれだよ。あ。亜土ー、動画を見てるー? 教え子と一緒にがんばってねー』

『……ところで礼流さん。ルームメイトである高坂代理講師と、関係が噂されていますが?』

『それはなんとも言えないなー』


 礼流がもったいありげに微笑んだのでコメントが荒れた。主に亜土への嫉妬でだ。

 前を走るリリカナが顔だけをふりかえり、によによと微笑んだ。


「わーぉ、亜土せんせーは愛の広い人なんだねー」

「……誤解だから。オレのことはいいから、リリカナは大魔法祭に集中する」

「はーい、そーしまーす」


 リリカナは舌をだしながら前を向いたので、亜土は苦笑しながら、中継動画のつづきを見る。

 動画では、リンがみもりたちについて語っていた。


『情報によりますと、黒糖選手と北條選手は、妻夫木選手をサポートするようですね』

『大魔法祭はチームで行動するのが有利だしね。特例狙いで上位入賞を狙うとしても、誰がお願いをするのか、チーム内できちんと決めているのなら仲間割れもおきないはずだよ』

『礼流さんは、妻夫木選手が上位入賞できると?』

『そうだねー……大魔法祭は、各学科と部活が設けた【試練チェックポイント】があるよね?』

『はい、それぞれの特色を生かした試練を攻略することでポイントが得られるわけですが、それが?』

『部活の試練は、けっこー狙い目でね。こういった催しごとでの評価は、そのまま部の評価につながる。毎年の予算にもつながるわけだから力を入れるのだけれど、難しすぎては誰も挑戦しないわけだ。だからそこそこの難易度で作っている。それに大魔法祭運営委員会がバランスを調整しているから、初等部近くの試練はハンデとして、高ポイントのものを配置しているんだ』


 だから亜土たちはスタートから急いでいた。

 時間が経つほど試練チェックポイントは人で混んでいく。高等部の生徒たちがスタートする前にポイント差を大きくつけるためにも、初等部近場の高ポイントの試練は速攻クリアしておきたかった。


(広大な敷地だ。時間内に周れるところは限られる。攻略できるものは全部攻略したい)


 亜土たちは車道を駆けながら、森の横道に入る。

 ドローン部の試練が近くにあるので、真っ先に攻略しに行ったのだ。


 四人は荒れ道を駆けながら、広場に飛びでる。

 そこには――空を覆いつくすほどの数十ものドローンの群れがあった。


 呆気にとられた亜土たちに、広場の入り口にいた、ドローン部の部長が暑苦しく叫ぶ。


「うおおおおおおおおおお! オレが監視員であり、ドローン部の部長だああ! 数十体のドローンの攻撃を避けながら、広場中央のトロフィーを見事もちかえってみせよおおおお! ちなみに一度でも攻撃に当たれば、超短距離転移魔法テレポでスタート地点に戻されるぞおおおお!」

「難易度高すぎないか⁉⁉⁉」


 小学生が攻略できる難易度じゃないだろうと、亜土は目を疑った。


『いきなりの高難易度試練だああ⁉ 妻夫木グループ、開幕スタート失敗かああ!』

『……ごめん亜土。姉さん、盛りあげようとがんばりすぎたみたい』


 礼流の謝罪を聞きながら、亜土は他の試練を探そうとして、やめた。


 リリカナが問題ないよと言いたげに微笑んでいたからだ。


「それじゃあマキドちゃんはー、リリカナちゃんのお尻を追いかけてきてねー」


 マキドはドローンの群れを眺めてから、嘆息吐いた。


「…………リリカナは魔力探知が得意ですからね、ドローンの攻撃も簡単に避けられます。そうやってあなたがドローンの攻撃を誘導すれば、私は魔力を温存できるわけですか」

「そーそー、リリカナちゃんを信じてついてきてくれると嬉しいなー」

「……わかりました。私のために頑張ってくれるのですからね。信じていますよ」


 いつも一人でやりたがるマキドの素直な言葉に、リリカナはにまーっと笑う。


「リリカナちゃんをー、信じてついてきてくれると嬉しいなー❤」

「お、同じ台詞は二度も言いませんから! は、はやくいきますよ!」

「はいはいー、任せてー。リリカナちゃんすっごくやる気が出たから」


 リリカナは、タッと踏みこんで、トロフィーに向かって駆けだした。

 ドローンに取りつけられた銃口がすべて少女に向く。


『黒糖選手‼ ドローンの群れに真っ向からつっこんでいったぞおお⁉⁉』


 ズビビッと、光の雨がリリカナに降り注いだ。避ける隙間がほとんどないビームの嵐だ。

 しかしリリカナはそれを紙一重でかわしきる。

 ビームはリリカナから逸れていくように、地面に着弾していった。


「あっはー❤」


 リリカナはスカートをひらひらさせる。綺麗な足を見せつけながら、ビームの嵐の中で舞うように避けつづけた。


『黒糖選手! 避ける避ける避けるぅうう!』

『すごいね。全方位のビーム攻撃を、背後に目があるみたいに避けているよ』

『そういえば伝統戦でも、黒糖選手は優れた回避を見せていましたね!』

『魔力探知が優れているだけじゃない。武芸において、天賦の才をもつ子だね。高等部の中でも魔力抜きであれだけ動けるのは……ボクは亜土以外しらないなあ』

『おおっと、さりげない友人アゲ! コメントが荒れる荒れるぅ! 黒糖選手もスカートをひるがえしながらのセクシーアピールで、コメントは大荒れだああ!』

 

 中継動画では『リリカナちゃん可愛い』『天使。いや小悪魔』『いっぱいからかわれたい』などのコメントが吹き荒れていた。ついでに『亜土〇ね』『ぜってーこ〇す』『お前だけは許さん』などのコメントも散見していて、亜土はギョッとした。


(れ、礼流関連で妬まれることはあったけど……怨念こもったコメントがやけに多いな……?)


 亜土が困惑しているあいだに、マキドたちはトロフィーに接近する。

 リリカナがドローンの攻撃をほとんど引き受けて、みもりが動きをカバーしていった。


 マキドは彼女らに誘導されながら、そして、広場中央に置いてあったトロフィーを掴んだ。


「ゲットです! ……あとはトロフィーをもちかえるだけですね!」


 しかしマキドたちが安心したのも束の間だった。


 木の影から、マキドたちをのぞく者がいる。

 髪の毛のながーい陰気な女子が怨めしそうに、それはそれは粘っこい視線で少女たちを見つめていた。


「ふひひっ……ま、まだ浮かれるには早いねぇ……」


 陰気な女子がぽつりとつぶやく。


 瞬間、広場の地面が盛りあがる。

 トロフィーを中心にして、壁が囲むように次々とあらわれていき、あっというまに迷宮型ダンジョンが誕生した。


『ダンジョンがあらわれたあああ⁉⁉⁉ これは一体どういうことだあああああ⁉⁉⁉』

『えーっと……申請書によれば、ダンジョン作成部とドローン部の共同試練のようだね』

『なんと⁉ あの対立していた部が手を組んだと⁉』


 迷宮ダンジョン入り口では、暑苦しい男子と陰気な女子が仲良く立っている。

 撮影用ドローンにマイクを向けられたので、二人はドヤ顔で答えた。


「ふはははははっ! 新しいもの古いもので対立していたオレたちだが……お互いの価値観を認めあい! 手を組んだのだああああ!」

「ふひひっ……ドローンの攻撃を避けられても、お次に待つのはトラップだらけのダンジョンだぁ……。今回の大魔法祭の最優秀試練賞は、わたしたちのものだねぇ……くひひっ」


『やっぱり部長同士が付き合っている噂は本当だったのですね⁉⁉⁉』


 ドローン越しにリンにそう詰められて、二人はボッと顔を赤くさせた。


「ひゃ⁉ わ、わたしたちまだ付き合ってないよぅ……!」

「そ、そうだぞ! この共同試練にはけっして下心なんてなく……! いや、彼女にたいして邪な気持ちは一切ない! 純粋に想っている!」

「ひゃわわ⁉⁉⁉」


 なんだか異様な盛りあがりを見せる中、マキドは眉をひそめていた。

 迷宮型ダンジョンの難易度が、高レベルだと瞬間的に悟ったのだ。


 大幅な時間ロスを覚悟したマキドだったが、みもりが優しく微笑む。


「大丈夫だよ、マキドちゃん。ちょっと見ていてね」

「みもり? なにをするつもりです?」

「――亜土先生流! 双撃‼」


 みもりは大きく踏みこみ、両腕をひねるように突き出して、ダンジョンの壁に掌底を叩きこむ。

 ドッ、と衝撃が通りすぎたかのような音のあと、壁がガラガラと崩れていった。


『ダンジョンの壁が崩れたああああ⁉ 今、届いた情報によりますと壁の硬度は10! 上級魔法をぶつけでもしなければ崩れませんよ⁉⁉⁉』

『技に彼女の巨大な魔力を注ぎこんで、大幅に攻撃力をあげたみたいだね』

『なるほど‼ ちなみに亜土先生流というのは⁉⁉』

『慕っている人の名前を付けたかったのだろうね。健気でかわいい子じゃないか、亜土』

『これは尊い!!!! ここでもラブ波動を感じるぞおおお! 実力もさることながら、可憐な容姿でファンが増えている黒糖選手、北條選手の恋の矢印はいったいどこに向いているううう!』


 リンが煽るに煽ったので、中継動画のコメントが大荒れした。

 亜土に向けてNGワード連発しまくりで、アク禁止された者もでる始末。


(みもりたちにファンがいるのか⁉⁉⁉ ど、どおりで……! 最近、ガチめの殺気を感じるはずだ……!)


 ドゴンッドゴンッと壁を突き破る音がして、真っ青な顔の亜土の前に、三人娘があらわれる。

 マキドがトロフィーを抱えている。ランキングにはでかでかと彼女の名前が載っていた。


「亜土先生の技をみてくれました⁉」「亜土せんせー、リリカナちゃんご褒美欲しいなー❤」「まだ油断はできません。次の場所に行きますよ、高坂さん」


 三者三様の顔を見せるマキドたち。

 彼女たちと出会えて誇らしいと思いつつも、夜道には気を付けようと思う亜土だった。

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