第51話 大魔法祭、はじまる

 大魔法祭、当日。

 大魔堂学園はいたるところで賑わいを見せていた。


 敷地内では、各部活や学科の出店が並んでいる。撮影用ドローンが無数に飛びかい、大空には魔法芸術マジックアートで『大魔法祭』とデカデカと文字が描かれ、ネオン看板のように光る。他にはドラゴンやら勇者やら前衛的なアートやらが、空のキャンパスに描かれていた。


 魔法芸術科が自分たちの出番だとはりきったらしい。


 大魔堂学園は魔導の総合学園だが、基本的には魔導科に一番力をいれている。

 芸術のような文化側面の強い学科は、専門学校に比べると少し力のいれようが劣っていた。


 だからこそ、文化系の生徒はアピールするときははっちゃける。

 学科ではないが、幻想生物料理部なんて、秘蔵の『エンシェントドラゴンの肉』を蔵出しするぐらいだ。ドラゴンの竜田揚げ、ドラゴンのわさび醤油あえ、元祖ドラゴンステーキなどなど料理部ここにありと喧伝していた。


(過去の大魔法祭を調べてみたけれど、今回はそれ以上に力が入っているなあ)


 初等部のグラウンドに向かう途中、学園の盛りあがりに亜土あどは驚いていた。


 一般の見学者も来ている。

 氷華はできるかぎり力を入れるよう根回しすると言ったから、前回よりも賑わうのはわかるが。それでも準備期間はほとんどなかったのによくぞここまでと、大魔堂学園の生徒たちの底力を見た。


(……無頭むとう対策と知らなければ、オレも素直に楽しめたんだけどな)


 考えても仕方ない。できることを頑張ろうと、初等部のグラウンドに向かう。


 グラウンドには、制服姿の小学生たちがワイワイと騒いでいた。大魔法祭の参加者だ。どこの出店を回ろうかとか、どんな試練があるのかなと朗らかな空気。勝敗は二の次なのだろう。


 その中で、唯一ガチな空気を発していたマキドに、亜土はすぐに気づいた。


「やあ、妻夫木さん」

「高坂さん? どうしてここに?」

「ちょっとね。気合が入っているみたいだね」

「……ママの鼻をあかすいい機会ですからね。気合もはいります」


 マキドはツンとした態度で言った。


 マキドの右手首には、簡易スマートウォッチがはめられている。

 大魔法祭の参加する生徒はこのスマートウォッチでポイントを管理され、状況が逐一報告される。時計からは、チェックポイントやランキングもすぐに確認できたりした。


「初等部の子はスタート地点も開始時間も、有利になるように設定されているしさ。そこまで気負わなくても大丈夫だよ。周りのみんなと同じように、お祭りを楽しんできて」

「……ママが無駄にがんばりそうなので」

「ミシュさんは特別ルールで開始時間を遅らせることになったよ」


 ミシュエールの大魔法祭への参加は、講師たちは難色を示した。

 だが、ラスボス的存在がいたほうが盛りあがるだろうと、結局、制限付きでの参加を認めた。


(あの様子なら、ミシュさんがポイントトップになったとしても、学園側が特例を受理しないと思うけど……。保証はできないか)


 マキドの緊張はとけないようでピリピリした様子。

 どう緊張をほぐせばいいか亜土が悩んでいると、人ごみからリリカナがにゅっとあらわれた。


「せんせーせんせー。あのねー、マキドちゃんはリリカナちゃんたちが力を貸すって言ったから、すっごく責任を感じちゃってるみたいなのー❤」

「わ、私は別に、失敗はできないと思っているだけで!」 


 マキドがそっぽを向いた先には、ニコニコ顔のみもりが立っていた。


「そーなんです。わたしたちのサポートを無駄にしたくないから、絶対に負けられないと気合全開なんです」

「こ、これで私が負けたら恥をかくだけだからです!」


 ツンツンなマキドに、みもりとリリカナは温かい視線を送っていた。


 今回の大魔法祭。みもりとリリカナは、マキドが入賞者になれるよう立ち回るつもりだ。ミシュエールが特例でマキドを連れ戻そうとするのを万が一でも防ぐためだった。


 それは亜土が言い出したことではなく、二人がマキドに提案したことだ。

 最初、マキドは二人の提案をつっぱねたのだが。


『もしマキドちゃんと離れ離れになった寂しい』


 そう、ドストレートに伝えたらしい。

 マキドは顔を赤らめて、照れるのを悔しがるように、盛大なぐぬぬ顔になったらしい。

 たいへん可愛くて面白い表情だったと、みもりたちは言っていた。


「……で、高坂さん。どうして初等部のグラウンドに? 高等部のスタート地点は別ですよ」

「オレは選手としては参加しないよ」

「? わざわざ応援しにきたんですか?」

「講師は警備のお仕事もあるからさ。まあオレは代理だから別にやらなくてもいいらしいんだけど……。どうせなら、三人の近くで警備しようと思って」


 亜土は腰のスマホケースを叩いて、サポートするとアピールした。

 マキドはぐぬぬ表情になる。たしかに、可愛くて面白い顔だった。


「……ルール違反にならない程度に、助けてくれると嬉しいです」

「もちろん。そのためにここに来たんだから」


 亜土が微笑みかけると、マキドは耳を赤くしながらそっぽを向いた。

 マキドはあいかわらずツンツンした態度が、以前のような険はない。みもりたちとの間に流れる空気も緩やかなものとなっていて、心境の変化がうかがえた。


 と、リリカナが亜土と腕を組んでくる。


「せんせー、海衣かいちゃんが『またお兄ちゃんがアタシを放置する』って怒っていたよー」

「うっ……やっぱり怒っていたか……。メッセージ送っても反応してくれないんだよな……。海衣の様子も見にきたんだけど……グラウンドにはいないな」

「双子ちゃんたちと出店を回るってー。ヤケ食いコースらしいよ?」


 決して放置するつもりはないのだが、みもりたちに付きそってばかりなのはたしかだ。

 亜土がどう埋め合わせをすべきか悩んでいると、みもりがさりげなく手を握ってくる。みもりは技を応用して、さりげなくボディタッチするすべを習得しつつあった。


「大丈夫ですよ、亜土先生。海衣ちゃんもお兄ちゃんの気持ちをわかっています」

「そ、そうかな?」

「はいっ、義妹いもうとさんはお兄ちゃんのどこが好きなのか、わたしもよく知っているつもりですから」


 えへへと笑ったみもりは可愛くて、亜土は照れながら手を握りかえす。


 気づけば、亜土は他の小学生から疑惑の眼差しを送られていた。


 右腕にはリリカナ。左手はみもり。そして正面には『やっぱりこの人ロリコンでは』とあやしむマキドがいた。

 最近、なにかと小学生と接近しすぎて疑問に思わなくなりつつある、亜土であった。


「あ、あはは……」

「なーに笑っているんですか。まったく緊張感の欠片もない」


 マキドはリラックスできたのか、表情が和らいでいた。

 彼女にとって大事な大魔法祭ではあるが、思いつめすぎるのも良くない。このやんわりとした空気を作りだした三人が、良い仲間になりつつあるのを亜土は実感した。


「今日は大魔法祭。祭りだよ。少しぐらい楽しむ気持ちでいなきゃね」


 ボボンッと、空中で魔法花火が鳴る。

 散った火花は鳥となり、編隊を組んで華麗に飛んでいた。

 いよいよ大魔法祭がはじまるのだと、喧噪が大きくなる。


 三人娘はそれぞれで顔を見合わせて、笑顔でうなずいた。

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