第50話 月夜の教室③
マキドの原体験には、魔法が深く刻まれている。
母親のミシュエールが、赤ん坊のマキドをあやすために魔法をよく使っていたのだ。
ミシュエールの指先から描かれる色彩豊かな魔法の軌跡は、いつだって少女を幸せな気持ちにさせた。マキドにとって魔法は子守唄代わりだった。
そんな風に魔法が身近にあったからだろう、マキドはハイハイするころに魔法を唱えることができた。言葉より先に、呪文を覚えたのだ。
幼いマキドが魔法をキャキャと無邪気にぶっぱなすので、子育ては大変なものになったが、多忙の両親は限りある時間をすべて娘のために使った。娘が難しい魔法をねだれば望みどおりに何度も見せたり、玩具替わりに魔法で遊ばせつづけた。
そのうち、マキドは呼吸するように難しい魔法を唱えるようになっていた。
幼いマキドは、周りの人に褒められた。
――さすが、レジェンドカップの元勇者と、世界的に有名な大魔法使いの子だ。
――やっぱり両親の血を引き継いだのね。
――きっと、両親と同じように偉大な存在になる。
マキドは嬉しかった。
いつか自分も偉大な両親のように、魔法で誰かを魅了できる存在になれるのだと誇らしかった。
しかし成長するにつれて、賞賛の言葉が徐々に変質していく。
――両親が偉大だと、やっぱりスタートから違うのね。
――恵まれた才能でズルい。
――それぐらいできて当たり前じゃないの。
マキドの魔法は色眼鏡ありで見られるようになっていた。
できて当然。こなせて当然。なぜなら両親が偉大だから。
自分の努力は、すべて両親からの贈り物。自分のミスは、両親の血が薄いから。
負けん気の強いマキドは自分の力を証明するため、勇者部の活動に傾倒していく。モンスターと戦い、誰かと競い合う世界は、わかりやすい形で評価されるからだ。
大好きな魔法は、いつしか、マキドにとって窮屈なものになっていた。
〇
「……こんな記憶。高坂さんにも、誰にも、見せるつもりはなかったんです」
絶対に明かしたくなかった。マキドの顔にはそう書いてあった。
「高坂さんに見せる記憶は選べないんですか?」
「心の中で印象強いものが再生されやすいみたいだけど……」
「そう、ですか」
マキドはため息を吐くと、重い足取りで窓際に歩いて行く。少女の横顔は儚くて、月明かりの中に今にも溶けてしまいそうだった。
「私がどうして強くなりたいのか、イヤでも思い返してしまいました」
「妻夫木さんにとっての勇者部は……自分を証明するための場所なんだね」
だから1人でなんとかしようとするし、個人戦にこだわるはずだと、亜土は納得した。
「鬼洞さんたちに比べたら不純な理由ですね」
「妻夫木さんにとって大事なことなら、それは不純なんかじゃないよ」
「……はい」
「……なあ妻夫木さん。ミシュさんの存在はやっぱり大きすぎる?」
マキドの才能はどう考えてもミシュエール譲りだ。これからも母親の存在は切って離すことはできないだろう。家庭の問題に踏みこむことになるが、亜土は聞くべきだと思った。
マキドは少しためらうがちに言う。
「……ママが憎いわけじゃないんです」
「うん」
「ただ、ワガママだし、自分の考えが当然だと思っているフシがありますし、子供っぽすぎて身内として恥ずかしいですし、才能をひけらすどころか自分は天才だと疑っていませんし、私が自分と同じ領域には来ないと完全に決めつけていますし」
「う、うん」
「それでも、ママのことは大好きです。面と向かっては言いませんが」
マキドは仕方なさそうに微笑んだ。
のぞいた記憶では、ミシュエールの魔法がマキドに大きく影響を与えていた。
憧れも、好きも、魔法の才能も、きっとすべて母親から教わったことなのだろうと亜土は思った。
「妻夫木さんは、魔法を純粋に好きでいたいんだね」
「純粋に好きで? ……そういった考え方はしたことありませんでした」
マキドが目をパチクリとさせた。
「たぶんさ、血だとか親の才能だとか関係なく、自分の好きを証明したいんだよ」
「やけに実感こもっていますね?」
「うん。……オレさ、鬼洞の血が濃くて」
なんですそれと首をかしげたマキドに、亜土はちょっと気まずそうに話す。
「鬼洞一族には、鬼の血が混ざっているんだ。時代を重ねて血も薄れたんだけど……オレ、先祖返りを起こしたみたいで。人に仇名す異形を前にすると我を忘れることがある。具体的に言うと、ほぼほぼ無意識で技をしかける。バーサーカーみたいな感じになる」
「……危ない人じゃないですか」
「ほんと、まったくだ。親父には『鬼洞を継ぐには素晴らしい素質だが、日向は歩けない、望むな』と言われたよ」
恥をさらけだした亜土は頭をかきながら、大事な記憶を思い出す。
純粋に、心から自分だけの好きを見つけられるキッカケとなった、氷華の試合。
あそこが自分の出発点なのだと改めて思う。
「でもね、鬼洞を継ぐだけだったオレが、冒険者という憧れを知った。自分が好きになれるものを初めて知ったんだ。妻夫木さんが自分の好きを大事にしたいのはすごくわかるよ。オレもそうだから」
「けど高坂さんは……」
マキドは口ごもる。
「ああ、魔力を失った」
「……」
「でもさ。みもりや、リリカナや、妻夫木さんに出会えたよ」
「……私たち、なにかしましたか?」
「三人のおかげで、オレの好きのありかたをちゃんと見つけられたんだ」
マキドはなにも言わなかった。
亜土の言葉をなぞるように、何度も頭の中で繰り返しているようだった。
「親も、血も、才能もさ、自分の中の一部だから、切って離して考えることはできないと思う。でもあくまでその一部分だ。妻夫木さんだけが見つけられる、好きのあり方がちゃんとあるよ」
「個人戦にこだわる以外にも、ですか?」
「
「ふふっ……ですね」
マキドは初めておかしそうに笑ってくれた。
少女は心地よさそうに表情をゆるませながら、亜土の言葉を口にする。
「私だけの好きのありかたですか。なかなか、見つけるのは大変そうですね」
「オレも一緒に探すよ。そうやって三人の力になると決めていたから、オレを頼ってくれると嬉しいな」
「へー。たとえば、私はどんなのが向いてそうだと思います?」
「妻夫木さんは、自分が思っているより周りをよく見ている。判断力が優れているし、土壇場でも思考が柔軟だ。想像力も集中力も素晴らしいし個人の能力は高いけれど、やっぱり広い視点で見てほしいなと思っている。たとえば、パーティーのリーダーとか」
「……褒めますね。どーりで、団体戦にこだわるはずです」
マキドがくすりと微笑む。
「結構オレも色々考えているからね。だからさ、いくら強くなるためであっても、キスなんて自分がイヤだと思っていることは――」
「べ、べつにイヤだとは思っていません!」
マキドが食い気味で否定してきた。
亜土はマキドが『そうですね』『まったくです』『ええ二度としません』と肯定すると思っていただけに、きょとんとしてしまう。
なにか言おうとする前に、マキドが恥ずかしそうに目をそらした。
「ほ、ほんとうにイヤなら……最初からやりませんし……」
「そ、そっか……」
「そうですよ……」
「……」「……」
また、無言の時間ができてしまう。
さっきまで熱いキスを交わしていて、マキドの記憶に触れた今、亜土はいつもよりずっと心の距離が近くなった気がした。
「ユーニクスキルの効果が……まだのこっているみたいだな……」
亜土は鼓動の高鳴りを感じた。
たぶんユニークスキルのせいだ。そうに違いないと思った。
「は、はい……。私も、まだ、ちょっとのこっているみたいですね……」
マキドはそう言って、そっと近寄ってくる。
少女の表情はなんだか熱がこもっているようで、どこかうっとりしたようにも見えて、亜土はじっと見つめかえす。
マキドは、半脱ぎだった制服をさらにはだけさせた。
「ちょっと……今夜は、暑いですね」
マキドの平らな胸がほとんど見えてしまい、華奢な肩があらわになる。
少しずつマキドが近づいてくる。否、亜土から近づいて行っていた。
亜土が意思をたしかめるように瞳を覗きこむと、マキドは視線をそらした。少女はどうやら仰向けに寝転がれる場所を探しているようだった。
「高坂さん……キス、だけですからね? ユ、ユニークスキルの効果を出しきるためですからね……?」
「……キス以上は?」
「それは……全部、高坂さんのせいです……」
キス以上は貴方のせいだと言ってきて、マキドはキス以上を待つ顔をした。
二人は熱に浮かされたまま再度唇を重ねようとし――お互いのスマホがぺこんとなる。
リリカナからのグループメッセージだった。
『お邪魔してごめんねー? ちゃんと避妊していたかなー? あのねー、警備員らしい魔力がそっちに向かったから早く逃げたほうがいいよー?』
二人は引きつった顔を見合わせ、大慌てで旧部室棟から飛びだした。
暗い森の中、亜土は自転車を担ぎながら、マキドと一緒に逃走する。
「なにしているんですか高坂さん! 自転車は置いていても良いじゃないですか!」
「夜に小学生の女の子と教室で会っていたなんて言い訳できない! オレの痕跡は完全に消し去る!」
「あははっ、犯罪者の言い分ですねー」
マキドは楽しそうに笑っていた。
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