第46話 暗躍者は昼間でもあらわれる

 妻夫木母娘の魔法対決から、次の日。


 亜土は難しい顔で、高等部の廊下を歩いていた。

 ミシュエールの件で、マキドは表には出さないだが自信を失っているようだった。マキド本人も実力差があるとはわかっていたろうが、それでも圧倒的な実力差を味わって、今まで築いてきたものが大きく揺さぶられたのだろう。


(成長したからこそ、実力差が余計にわかったのもあると思うけど……)


 壁を越えた先には、また大きな壁にぶち当たるものだ。

 ただ、マキドの目指したいものはおそらく巨大な山。


(そもそも、娘を連れ戻そうとするなんて突然すぎるよ。なにか事情があるのか? 事情を聞きたいけれど、ミシュさんは忙しいのか捕まらないし……。妻夫木さんは通話にもメッセージに反応してくれない。オレはどうすべきなのか……)


 なんにせよマキドと話をすべきだか、話をしたとこで力になれるのかどうか。

 亜土が難しい顔でいると、生徒たちの楽しげな会話が聞こえてきた。


 大魔法祭はもう近い。

 誰が優勝するだとか。どのチェックポイントから周るのだとか。どんな出店があるのかなとか。楽しそうに話しているので、亜土の表情が柔らかくなる。


(オレが弱気になってどうするんだ。オレができることをしっかりやっていこう)


 そう決めた亜土に、黒いローブの人物がススッと近寄って来た。


「亜土先輩ー亜土先輩ー。ボクとちょっとおしゃべりしなーい?」

「え? ああ、いいよ――」


 瞬間、血が沸騰した亜土は、相手の頭を両手で鷲づかみにして、その瞳を潰そうとした。

 鬼洞きどう流・色断ち。相手の両眼をえぐりだす技は空を切る。

 なにせ黒いローブの人物には、頭がなかったからだ。


「ひゃー。開幕鬼洞流は心臓に悪いって、ボクに心臓があるかわからないけれどね」


 無頭むとうだ。

 頭はないが、ヘラヘラ笑っているのが亜土になんとなく伝わってきた。


「無頭……っ」

「怒らない怒らない。ボクも技をしかけられたのは怒らないよ。なにせ鬼洞の血が騒いだのなら仕方ない。生まれもったさがには逆らえないものさ」


 また反射的に技を出してしまった己を自省しつつ、亜土は無頭を睨む。


「オレになんの用だ?」

「言ったろう? おしゃべりしにきたって」

「信じられるかよ、そんなこと」

「亜土先輩だって、なにかうまくいかないと誰かに愚痴をこぼしたくなるよね? それと一緒。あいにくとボクが話しかけられるのは、今は亜土先輩だけだしねー」


 亜土がイヤがっても、無頭は無理にでも会話する気のようだ。


「だいたい、なんだよ先輩って……」

「ボクと似たような存在で、年上だから。亜土先輩」

「……鬼洞の血のことを言っているのか?」

「うん。人に仇名す異形であれば問答無用で殺戮する、その名に鬼を冠した一族、鬼洞。ほんとに鬼の血が混じっているんだよね?」

「よく調べたみたいだな」

「まーねー。24時間ずーっと暗躍しているわけにもいかないし。こーみえてボク、けっこー暇だからね。うんうん、ファンタジーなモンスターと違って、ボクはまあ妖怪に近い存在だからねー。鬼洞の血が騒ぐのはわかるよ。先輩も大変だねー」


 鬼頭の血とは関係なく、亜土は技をかけてやろうかと思った。

 人に危害を加えておいて、この飄々とした態度。良心の呵責すらなく、自分がそういった存在であるかのようにふるまっている。だからこそ異形なのだろう。


「お前はいったい……いや、声にすれば『形』になるんだったな」

「安心院氷華から聞いたようだね。その様子だと、すべては教えてもらってないようだけど」

「なにがしたいんだよ、お前は」

「なにがしたいのではなくて、ボクはね、負の感情を煽らざるをえない。過程が目的なんだ。食事をするのが当たり前のように、君が鬼洞の血で我を失うように、ボクは、ボクがどういった存在なのかあらかじめ決められている。この衝動、わかってくれるでしょ?」

「……」

「よかった、わかってくれて嬉しいよ」


 顔がなくても、ねっとりと嫌らしく笑ったのがわかった。

 どうにか言い返そうと考えて、亜土は嘲るように笑ってやる。


「大魔法祭のおかげで、お前の存在が危ういようだな」

「そうなんだよねー。うまく対処されちゃってさー。全国大会前なら学園内の空気がもっとギスギスしていたと思うのに、存外にほのぼのでねー」

「残念だったな。お前はこのまま消える存在だよ」

「あははっ、亜土せんぱーい? 怖い顔も、強い言葉も、全然似合わないよ? せんぱいはー、優しい顔で冷たーく相手を殺すのが一番似合ってる。そっちのほうがかっこいいよ」


 お前は無理をしなくても、無慈悲な存在だろう。自分と同種の存在じゃないか。

 そう暗に言われて、亜土は黙ってしまう。


「自分を認めちゃえば、案外楽になるもんだよ?」

「オレは、お前とは違う」

「……どーだろうね?」


 無頭はクスクスと笑ってから、一歩後ろに離れた。


「ああ、そうそう」

「?」

「ボクも大魔法祭で遊ぶことにしたから。今のボクにできることは限られているけれど……うまく立ち回れば、阿鼻叫喚がみれそうじゃない?」


 亜土は両拳を握りしめながら、暗く冷えきった瞳を無頭に向けた。


「無頭……っ」

「うん、素敵な顔だね。今すぐボクを殺したくて殺したくて仕方がない顔だ。もしボクが『形』になったのなら、光輝く勇者さまではなくて、亜土先輩に殺されたいな」


 嫌らしく粘っこく、そして今度は熱っぽい視線を亜土は感じた。


「それじゃあね、亜土先輩。また今度お話ししようね」


 そう言って、無頭は霧のように姿を消した。

 生徒たちの弾む声を聞きながら、亜土は、胸の中でくするぶる暗い炎を感じていた。

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