第45話 合法・魔法バトル

 商業施設から離れて、旧部室棟のグラウンド。

 生徒たちがミシュエールの存在に気づきはじめたので、人がいない場所に移動していた。


 先に旧部室棟に来ていた、みもりとリリカナは、グランドで対峙している妻夫木母娘を興味深そうに見つめている。


「あの人がマキドちゃんのお母さん……」

「? みもり、妻夫木さんからなにか聞いているの?」

「詳しいわけではありませんが、お母さんのことでたまに愚痴を漏らしていたりするので」


 みもりがすこし困ったように微笑んだ。母親が、マキドの悩みの種なのは間違いないようだ。

 と、リリカナが指で輪っかを作り、ミシュエールを観察する。


「ねーねー、せんせー。ホントーに、マキドちゃんはおかーさんと闘うつもりなの?」

「闘うといっても、単純な魔法のぶつけ合いだってさ。きちんと防護魔法もかけたし、大事にはならないよ。……もしかして、魔力探知でミシュさんを探ったりした?」

「うんー」

「……リリカナはどう見る?」

「んー……無謀じゃないかなあ。マキドちゃんの実力は知っているけどー」


 リリカナはすこし心配そうに言った。

 ミシュエールの魔法の腕がどれだけ優れているのかはわからないが、リリカナがそう言うからにはよっぽどのことなのだろう。


 公式戦前だ。自信をなくすような真似はとめるべきか亜土は考えたが。

 マキドは冷めた表情のままでも、瞳に闘志をみなぎらせていた。


「私をいつまでも子供のままだと思っていると痛い目を見ますからね。あとでパパに泣きついてもしりませんから」

「ふふふー、マキドちゃんと勝負なんて久しぶりねー」


 しかしミシュエールは今からおままごとでもするみたいに呑気でいる。


「……ママ。いくらママが大魔法使いグランドウイッチでも、真剣にやらないと怪我をしますよ」

「えー、真剣にしたらマキドちゃんが怪我をするかもだし」


 マキドはむっと唇をへの字にした。


「そうねー。こうしましょうか。ママが使うのは風属性」

「対戦相手に手札晒しですか? 余裕もいいところ――」

「あと初級魔法しか使いません」

「っ……」


 マキドの額に青筋がピキリと浮かぶ。


「あとはー、マキドちゃんが詠唱終わるまで魔法を唱えません。これならちょうどいいよね?」

、ですか」


 マキドはすでに発動していた紅い手袋型の魔力甲装アクラーゼを、ギュッギュッと固くはめなおす。母親に向かって左手をかざした少女はびっくりするぐらい真顔で、ブチぎれているいのが遠くからでも伝わってくる。


(……これは、止めたら逆にシコリになるな)


 亜土が見守ることを決めると、マキドが凛々しい表情で魔方陣を指先に浮かべた。


炎よランプ! 炎よファイアー! 炎よフレイム! 塵すら残さず喰い破れヴォルケイノ――」


 マキドの頭上に巨大な火球があらわれ、火球からは太陽のように火柱が迸る。視界が歪むほどの熱気が離れていても伝わってくる。圧倒的な火力だ。


九龍の紅炎ドラゴンプロミネンス!」


 巨大な火球から、九つの龍がとびだした。

 ギャオオオと咆哮を轟かせながら、ミシュエールに襲いかかる。


 しかしミシュエールはすこしも動じず、右手をかざして魔方陣を起動し、龍に挨拶でもするかように気軽に唱えてみせる。


風尖槍ウィンドスピア


 初級魔法である風の槍が、火の球体を撃ち貫く。

 ただそれだけで、あっというまにマキドの大魔法は霧散してしまう。


 パチパチと周囲に火花が散っていく中、マキドは呆然と立ち尽くしていた。


「わ、私の大魔法が……」


 亜土も実力差はあると思ったが、想像以上すぎた。

 亜土だけでなく、みもりもリリカナも目を真ん丸としたまま固まっていた。

 

 圧倒的な力を見せつけられて、マキドも悔しがるより愕然としていた。集中力が欠けたのだろう、魔力甲装アクラーゼが解けている。


「マキドちゃんもまだまだだねー。同属性で繋げた大魔法は火力があがりやすいけれどー、一工程の繋ぎが甘くなりやすいんだよー? こーやって、魔法の繋ぎを簡単に撃ち抜けるもん」


 ミシュエールはのんびりした口調で言った。

 よほど信じられないのか、マキドの瞳が不安定に揺れている。


「甘いからって、そ、そんなの10メートル離れた針の穴に通すような真似じゃないですか……」

「ワタシ、大魔法使いグランドウィッチですから」


 ミシュエールはえへんと胸を張り、無垢な笑顔を娘に向ける。


「マキドちゃんがこの領域にいたるのは厳しいんじゃないかなー。ねっ、勇者部での活動は諦めて、今の内に荷造りをはじめてくれると嬉しいな」

「……イヤです!」

「イヤですと言われても……んー、誰にお願いすればいいんだろー」

「本人の承諾もなしに、勝手に退学できると思わないでください!」


 マキドの激昂もどこ吹く風で、ミシュエールは笑顔で両手を合わせた。


「……そうだわ! ママも大魔法祭に参加するねー」

「マ、ママが参加⁉ な、なんです⁉」

「講師も一応参加可能なわけだし? ぶっちぎりのスコアで優勝して、学園側に特例をお願いしちゃいましょー」

「なっ……なんで、そんな……。ママはいつだってそう……!」


 マキドの声が震えていた。すこし涙声だった。

 プライドの高い彼女が一目憚らず泣きそうだったので、家庭事情どいえど、亜土は踏みこむことにした。


「すみません、その話。オレも納得できません」

「あら~~~?」


 亜土の優しくても頑固そうな表情に、ミシュエールは可愛らしく首をかしげた。


「亜土君はマキドちゃんの先生よね? 生徒の未来を想ってくれてもいいと思うなー?」

「……決めるのは妻夫木さんです。本人が納得しないかぎり、未来を押しつけるべきではないと思います。それに実力がない、才能がない、向いていない……だからって、理想を目指してはいけないわけではないと思います。……若輩者の言葉ですが」

「そうかもねー……あら?」


 亜土の側で、みもりとリリカナが不服そうにミシュエールを見つめていたので、さすがに彼女も困り笑みを浮かべた。


 どうしようかなーといった表情で、ミシュエールは娘にたずねる。


「マキドちゃん、本当にそれでいいの? マキドちゃんは別で輝ける道があると思うの」

「わ、私は……」

「ママとしてはー、大好きなマキドちゃんと一緒にいたいのだけどー……?」

「…………マ、ママなんて、ママなんて」

「マキドちゃん?」

「……大っ嫌いですっ!」


 マキドは涙目でそう叫び、無詠唱の暴風サイクロンを発動した。


 魔方陣なし。しかも無詠唱だ。

 精度も座標もめちゃくちゃの暴風が発生して、マキドが上空に跳ねあげられる。


「きゃっ⁉」

「妻夫木さん⁉」


 亜土は慌てて落下地点に駆けたが、マキドが空中でふわりと滞空して、ゆっくりと無事に着地する。

 ミシュエールが暴走した魔法を安定化させたのだ。


「大丈夫だった~?」

「……知りません」


 母親に助けられたマキドは悔しそうに、そっぽを向いた。

 かける言葉を探す亜土だったが、ふと、異変に気付く。


「つ、妻夫木さん……その……」

「? なんです、高坂さん、って……⁉⁉⁉」


 マキドの顔が一瞬で真っ赤になった。

 制服のスカートがふよふよと浮いていて、ウサギパンツが丸出しになっていたのだ。


「マ、マキドちゃん⁉ って、わたしのスカートも⁉」

「やーん、リリカナちゃんのスカートもだー❤」


 みもりは桃色パンツを丸出しに、リリカナは紐パンツが丸出しになっていた。

 これは一体どういうことか固まった亜土に、ミシュエールがニコニコと語る。


「暴発した風魔法を無理やり安定化させてから、ちょっと残ったみたいねー」


 そしてミシュエールは、驚くほどスケスケな大人パンツを履いていた。

 見た目はギリ中学生。下手をすれば小学生。

 そんなミシュエールのドエロすぎる大人パンツに、亜土の顔が真っ赤になる。


「まあ? まあまあまあ? ワタシもまだまだイケるのかしらー?」


 ミシュエールは頬を染めて少し恥ずかしそうにしたが、全然隠そうとしない。

 母娘パンツ、小学生パンツに囲まれた亜土が絶句している中、マキドはもう泣きそうになっていた。


「ママなんて大嫌いですーーーーーーー!」

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