第44話 合法・家族会議

 カフェのテラス席。

 妻夫木母娘とお茶をすることになった亜土は、ミシュエールに可愛く自己紹介された。


「マキドちゃんのママのー、妻夫木ミシュエールちゃんでーす。いつも娘がお世話になっていまーす。気軽にミシュちゃんって呼んでね♪」

「は、はい、こちらこそお世話になっています! 高坂=L=亜土ともうします! よろしくお願いします! 妻夫木ミシュエールちゃんさん!」


 亜土はガチガチに緊張していた。


 お軽い態度のミシュエールだが、彼女は大魔法使いグランドウィッチ

 数多の魔法使いの中で、偉業を成し遂げたもの、魔術を発展させたもの、新解釈の魔法を見つけたもの等々、功績を称えられたものが国際魔法連盟から授与される称号だ。


 ミシュエールは魔法使いとして超一流だけでなく、魔法工芸アーティファクトの分野でめざましい成果をあげている。各方面に多額の援助をしているので魔導界への貢献は大きく、世界魔法広報誌『WITCH』の表紙を飾ったこともある人だった。


(み、見たことあるはずだ! ひいいい、オレめちゃくちゃ失礼な態度だったよ!)


 ダンジョン界隈ではあまり見かけない人だが、すぐに察せなかった自分の愚かさを呪った。


「ミシュエールちゃんさんじゃなくて、ミシュちゃん。はいっ、ミーシューちゃん」


 ミシュエールは朗らかな笑顔で、ミシュちゃん呼びを強制してくる。

 その隣では、顔真っ赤のマキドが、身内の恥を耐えるようにぷるぷると震えていた。


「ミシュ……さん」

「ちゃんでいいのに~。まあ許してあげますかー。言わせているようで可哀相だものねー。亜土君センセーは恥ずかしがり屋ねー」


 実際言わせているのだがと、さっきみたいに気軽にツッコめない亜土だった。


 亜土が代理講師をしている旨は、氷華経由で親御さんに伝えてある。

 なにか不安なことがあれば連絡してくださいと伝達していたが、今まで三人娘の親からこれといった連絡はなかった。


 なので、母親との顔合わせはこれが初だ。


(なんだけれど……。どこからどうみても……子供みたいだ)


 ミシュエールは外見中学生、下手すれば小学生にも見える。

 本人の言動もずいぶんと子供っぽいので、実年齢がわからなかった。


「あの、ミシュさんはどうして大魔堂学園に?」


 ミシュエールと出会ったとき、彼女の例の発言が亜土は気になっていた。


魔法工芸アーティファクトの外部講師としてお呼ばれしたのー。元世界げんせかいではあまり馴染みのない道具だからねー。専攻の教師が足りないみたいー」

「マ、ママ⁉ 講師になるんですか⁉」


 マキドがとても嫌そうな顔で言った。


「うんうん、嬉しいでしょうー」

「イヤに決まっています! ず、ずっとじゃないですよね⁉ 臨時ですよね⁉ 学校の先生なんて全然面白くありませんよ! 今すぐ幻双世界げんそうせかいに戻って、アーティファクトに囲まれる生活に戻ったほうがずっと楽しいですよ!」

「亜土君ー、娘が本気でイヤがりすぎなのー」


 ミシュエールはよよよと悲しそうな表情を作った。


 どうにもマキドは母親に思うところがあるみたいで、一緒にいるのをかなり恥ずかしがっている。母娘で性格が違いすぎるので、マキドはもしかしたら母を反面教師にして、しっかり者として育ったのかもしれない。


(家庭内が複雑そうだけれど……聞かないわけにはいかないか)


 亜土は真面目な表情で聞く。


「……ミシュさん、学園に来た理由は娘さんに会うだけじゃないんですよね?」

「そう! そうそう、そうなのー」


 ミシュエールは大事なことを忘れたかのようにポンと両手を叩いた。


「マキドちゃん。残念だけれどママは用件が済んだら、すぐに帰っちゃうの」

「そうですか、それは安心しました」

「そのときねー、マキドちゃんも一緒に幻双世界に帰ってもらうから」

「はい⁉」


 マキドの声が裏返った。まーたこの母親はアホなことを言いはじめましたといった表情で、眉をひそめている。


「私は幻双世界に行きません。今は大事な時期なんです」

「たしかー、初等部の全国大会がはじまるんだよねー?」

「そうです。このために大魔堂学園に入学したのに、帰る理由がありませんよ」

「でもでもマキドちゃん補欠組だよねー? いてもいなくても大丈夫じゃないのー?」


 ミシュエールが朗らかにキツイことを言うので、マキドは不機嫌そうに口を閉ざした。

 代わりに亜土が説明する。


「妻夫木さんは実力が劣っているから、補欠組というわけじゃありません。連携が苦手なところはありますが……少しずつ改善していますし、妻夫木さんがレギュラー組になるか、ちょうど講師たちと相談しあっているところです」

「なるほどー。そうなのねー」

「本人も言ったとおり、大事な時期なんです。ですから――」

「マキドちゃん、


 ミシュエールが実にあっけらかんに言いのけたので、今度は亜土が固まった。

 腕を組んでもう一度考えてみるが、彼女の真意は測れない。


「す、すいません。言葉の意味がわかりません……」

「そのまんまの意味よ? マキドちゃん、才能ないんだなーって」

「つ、妻夫木さんは同世代の中でも抜きんでた技量の持ち主で、すごく優秀な子です。才能がないなんてありえません」

「多少の欠点に目をつむってもらえないぐらい、実力がないってことでしょう? 文句なしに強ければレギュラー組になっているはずよー」


 ミシュエールはニコニコ顔だ。

 実の娘のことが嫌いなのかと思ったが、そんな様子は微塵も感じない。


 亜土はどう返事をすればいいのか悩んでいると、マキドが口をひらく。


「ママの尺度は人と違いますので……気にしないでください。高坂さん」

「ひっどーい! ママがずぼらちゃんみたいな言い方ー」

「……ママの尺度は、『トップか、それ以下か』じゃないですか。実際、ママはずっと実力でねじ伏せてきたのでしょうけれど」


 マキドはすこし悔しげに言った。

 ほんの少し。ほんの少しだが、亜土はマキドの根っこに触れた気がした。


「あのね、マキドちゃん。いつまでも元勇者だったパパの真似事をしていないで、ママと一緒に魔法工芸アーティファクトを探究しようよ。マキドちゃんはママにそーーーっくりだから、絶対に才能があるわよーーー?」

「ママにはこれっぽっちも、まったく、最高なぐらいに似ていません」

「似てるもん!」

「似ていません」

「ぶー、マキドちゃんの気持ちが全然わからないなー。不得意なのにがんばっても辛いだけだよー? そんなの楽しくないよー?」


 ミシュエールは両足をパタつかせて、ストローでオレンジジュースを飲んだ。

 反して、マキドは綺麗な座姿だ。どっちが親子かわからず、むしろ姉妹にしか見えない。


「それに……ママは、私の成長をこれっぽっちも知らないでしょう」

 

 マキドは冷めた表情で、紅茶を飲む。


「……そ、だねー」

「ええ、そうです」

「……うん、わかった!」

「なにがです?」

「マキドちゃん、ママと魔法勝負しよっか♪」


 ミシュエールは聞き分けのない妹でもあやすように、ニッコリと笑った。

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