第41話 珠玉の魔法使い

 時間は戻って、よく晴れた休日。


 亜土あどと三人娘は、市主催のダンジョン攻略イベントに参加していた。


 イベント規模は小さな球場を貸しきってと、そこそこに大きい。

 年齢制限が特にないイベントだったので、亜土はみもりたちに少しでも経験を積んでもらおうと参加させていた。亜土の自費で。


 球場のフィールドには、地下へと続く階段が10個ほどあった。

 本日のイベントのために、市が創ったダンジョンだ。


 健康維持のための大人たち。子供用ダンジョンに向かう親子連れ。有名冒険者のコスプレをした集団などなど、色んな人が支給された上着(魔導服)を着て、各々の試合がはじまるのを待っていた。


 亜土とみもりとリリカナは、観客席からマキドを見守っていた。


 マキドは1人で、ダンジョン入り口で待機中。

 個人戦も開催していたので、彼女が率先して参加したのだ。


 周りが大人ばかりの中、小学生のマキドはやっぱり目立つ。

 というか、対戦相手に舐められていた。


「おやおやおや~~~? 今日の相手はやけにちんまいですな~~~???」


 前髪がやけに長い男が、マキドを見下すように笑っていた。

 どこかの高校の勇者部員らしく、イベントに参加してきたらしい。


「身長と実力が関係あるんですか?」


 マキドは冷めた表情で答えた。


「おおっ、怖い怖い! さすが大人の部に参加するちびっ子なだけはありますなー。もしかして実力者だったりします~~~? くぷぷっ!」

「……個人戦は腕試しのつもり参加しましたが、質の低い参加者もいるようですね」

「僕が質の低い参加者だって? くぷっ、無知は怖いね~~~~。イベントで、僕の名前を知らない者なんていないのにね~~~」


 前髪の長い男は嘲るように笑った。

 たとえ初等部といえど、大魔堂学園の生徒ならば手練れだとわかるはずだ。ただ、マキドが体操服のうえに支給された上着を着ていたので、彼は気づいていなかった。


「貴方のお名前は存じあげませんが」

「君はどこかの同行部かなにかだろう? 一応? 未来の勇者を目指しているのなら? 不勉強はよくないな~~~」


 マキドは反論せず、涼しい笑みでいた。

 しかし冷静なようで『開幕ぶっぱなす魔法のランク』は一つあげている。


「僕としては棄権を勧めるけどね~」

「貴方程度に? 棄権を? 私を舐めてます?」

「はっはっは! いやあ怖い怖い! きっと、クラスの中で君はとーっても強いんだね。はあ~~~、小学生を泣かすのは気が引けるんだけどな~~~」


 マキドの『開幕ぶっぱなす魔法のランク』がもう一つあがる。


「よろしい! 僕の実力を見せてあげよう!」


 前髪の長い男は手のひらを上に向けて、空中に小さな魔方陣を展開する。

 そして歯を食いしばりながら唸り声をあげた。


「ん~~~~~~…………火球玉ファイアーボール!」


 前髪の長い男は手のひらの魔方陣に、歪な炎の玉を創ってみせた。


「どうだ、見たかい⁉ 僕は初級火魔法を、なんと、たった『5秒』で唱えることができるんだ! くぷぷっ、この意味がわかるかな~~~~?」

「わかりません」

「くぷ~~~っ! だろうね~~~! 教えてあげるよ~~~! 君はその『5秒』のあいだに僕に接近しなければ勝てないということだよ!」


 マキドは同じ魔法を魔方陣なしで、1秒以内に余裕で詠唱できる。

 彼があまりにもドヤ顔で言いのけたので、マキドは相手にするだけ時間の無駄と悟り、怒りのボルテージを下げた。


(魔方陣ありで5秒ですか……。前に試合した同好会の子たちのほうがよっぽど早いですよ。どうしてこんなに得意げなんでしょう。ああ……高校の公式戦には参加せずに、小さなイベントでそれなりに勝って、気持ちよくなりたいタイプとみました)


 男の魔法自慢は、野球でたとえれば『速球110キロ、カーブを投げられます』と自慢してくるようなものだった。

 しかも魔方陣ありで。


 魔方陣は、魔法を唱えるための補助儀式だ。

 なくても唱えることができるが恐ろしく精度は落ちるし、発動までの時間がかかる。魔法の座標がズレてあらぬところに飛んだりするので、基本は魔方陣ありが推奨だ。


 マキドの魔力甲装アクラーゼである紅い手袋は、補助儀式の効果をさらに高めたもの。

 常人なら十数秒かかる上級魔法を瞬時に、正確に唱えるためのものだった。


「おやおやおや~~~、もしかして僕のスゴさがわかってないのかな~~~?」

「貴方の実力は十分わかりましたよ」

「そーだろうそーだろう。驚いちゃっただろう~~~! そして、僕はなーんと! 上級魔法を使える兆しがあるんだよね~~~!」

「はあ、兆しですか……」

「あっれー。君、もしかして上級魔法が使えるってどーいったことかわからないのー?」


 前髪の長い男が、マキドを完全に馬鹿にするように言った。


「魔法使いがプロ冒険者としてやっていくための、一つの基準でしょう。知っていますよ」


 上級魔法を使いこなせれば、魔法使いとしては一人前だ。

 属性ごとに細かい区分はあるが、大雑把にまとめるとこうなる。


【初級】

 風がウィンド系。土がロック系。火がファイアー系。

【上級】

 風がサイクロン系。土がグラウンド系。火がフレイム系。


 種類というよりは、魔法の出力で区分されていた。

 上級魔法そのものは、修練次第で比較的到達しやすい。ただ、初級魔法並みに扱うには、魔力、想像力、集中力のどれか一つ欠けては唱えることができず、実践ではなかなかに難しい。


(魔法が基準値を超えていれば、だいたい上級なんですよね。一応呪文ごとに区分はありますが)


 ぶっちゃけ、呪文の言語もなんでもよかったりする。

 術者の魔声紋ませいもん(指紋のような個人特有の音波)がトリガーとなり、『想像力』が魔法となって結実するので、強そうなイメージを描けて、発音しやすければなんだってよい。


 全員が共通した呪文を使うのは、みんなが使っている同じ魔法としてイメージしやすいからだ。

 リンゴと聞いて、赤いリンゴがすぐに頭に浮かぶように。


(早く試合はじまりませんかね……)


 マキドが辟易していたところ、男がさらに絡んでくる。


「ちなみに僕は、二属性持ちなんだよね~~~~~」

「はあ、それはホントに凄いですね。珍しいほうです」

「だよね~~~? まったく、神様はなんでも僕に才能を与えすぎだよ~~~~。凡人の努力を知りたいのに、天才の苦悩しか与えてくれない。敵がいないのも困り者だよね~~~」


 だったら公式戦にでも出場したらどうですかと言おうとして、マキドはやめた。 

 面倒になるのは明白だからだ。


「くぷぷっー、いずれ僕は大魔法を使えるかもしれないね~~~。魔法の真髄に到達しちゃうかも~~~」

「そうですねー。使えるといいですねー」


 マキドはおざなりに答えた。


 魔法使いの一つの頂点として『大魔法』がある。

 初級魔法を一工程として、魔法を三工程以上唱えることで、大魔法となる。


 工程の組み合わせは自由だ。

 たとえば「初級+初級+初級=三工程」の大魔法でもいい。

 上級は二工程扱いなので「上級+初級=三工程」でもよかった。


 組みあわせが自由なので、術者のオリジナルあふれる魔法を創ることもできる。

 オリジナル術の完成度によっては国家図書館に寄贈される『魔法大全』に術者の名前が刻まれたりするので、大魔法そのもの難易度は極めて高く、決して初級魔法に5秒もかかる者が到達できない領域だ。


 マキドはもう、魔力を温存しながらさっさと倒そうと心に決めたときだった。

 髪の長い男がさらにマキドを煽ってくる。


「僕のサインを貰うなら今の内だよー? 君が負けて大泣きしちゃう前にね、くぷぷっ」

「そーですねー、考えておきますねー」

「まあ魔法は才能だから。恨むなら、自分の血を恨むことだね~~~」


 マキドは『開幕ぶっぱなす魔法のランク』を最大まであげた。


 〇


 そして試合開始。

 マキドは開幕、大魔法をぶっぱなした。


風の手よエアーハンド! 愚者を縛りてウィンドロック暴風にいざなえサイクロン! 暴浮遊レビテーション迷宮ダンンジョン!」

「ぎょえええええええええええええええええええええええ!」


 髪の長い男が、暴風魔法の牢にとりこまれ、泣き叫んでいた。

 しかしマキドは魔法を止めない。魔導服がHP0にならない程度に加減しつつ、ダンジョンの壁にぶつからないよう注意をはらい、男を何度も上下左右にゆさぶった。


「おや、耐久力はなかなかですね。すぐに気絶すると思いましたよ」

「た、たすけてくれえええええええええええええ! 僕の負けだよおおおおおおおお!」

「いえいえ、まだ試合ははじまったばかりです。このまま地下の魔力渦まで運んであげますから、めーいっぱい魔法の真髄を味わってくださいね」


 マキドはここぞとばかりに優しい笑みを浮かべたので、男の顔が真っ青になった。


「びゃあああああああああああ!」

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