第40話 視えざる敵
すこし時間はさかのぼる。
そして呼び出されたのは、特別な実験室。
そこは錬金科の部屋で、壁は分厚く完全防音。機密保持のために各術式が施されている部屋だ。
驚くほど慎重な対応にビックリしつつ、亜土は実験室の分厚い扉をひらく。実験室は、見たこともない器具や魔法陣が設備されていた。
ついでに甘ったるい匂いがした。
なぜならテーブルには、ケーキやら紅茶やらが用意されていたからだ。
「……
ルームメイトの安心院礼流が、エプロン姿でいそいそと紅茶を準備している。
亜麻色の髪のふんわりした容姿の綺麗な子だが、男だ。
「やあ亜土。姉さんと亜土が密会すると聞いてね、お茶会の準備をしていたんだよ」
「密会って、和やかな話をするわけじゃないよ?」
「まあまあ、姉さんもずっと忙しいし、こーゆー機会がなければのんびりできないからね。ほら、姉さんを見てごらんよ」
礼流がチラと視線をやったので、亜土はテーブルを見つめる。
先にきていた氷華が、いつもどおり冷たい表情で座っていた。
「ね? とっても機嫌が良さそうだろう」
「え……?」
氷華の表情は冷たいままだ。一ミクロンも変化がない。
姉弟だからわかる機微があるのかと亜土が戸惑っていると、礼流が背中を押してきた。
「さあさあ、座って座って」
「お、おい、礼流。あっ、安心院先輩、こんにちはです。今日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」
「かまわないわ。私に……いえ、学園にとっても大事なことだからね」
亜土が着席すると、礼流はカップに紅茶を淹れた。
「よしっと。それじゃあご両人、仲良くやっているよーに」
と言って、礼流はどこか楽しげに部屋を去っていた。
友人のよくわからないムーブに戸惑っていると、氷華がポツリとつぶやく。
「礼流には困ったわね」
「い、一応、いつも忙しい安心院先輩を気遣ったみたいですね」
「大事な話をするのに、リラックスするもなにもないわ。だいだい、高坂君と私はただの先輩と後輩。それ以上それ以下でもないわ」
「そ、そーですよね」
キッパリと言われると寂しいものがあるがと、亜土は苦笑した。
憧れの先輩とのお茶会に亜土が緊張していると、氷華が紅茶に塩を淹れようとする。
「先輩、それ塩です」
「…………わかっているわ。今から大事な話をするわけだから、高坂君がボンヤリしていないかたしかめたのよ」
「なるほど……! 常に気を張る必要があるぐらい、重要度の高い話なわけですね!」
「もちろんよ」
氷華は表情を変えずに紅茶を飲み、居住まいを正した。
本題に入るつもりだと、亜土も背筋を伸ばす。
「高坂君が出会った、無頭と言った人物。正体は察しがついている。というより、異界の門から大蛇ヒーズホックまでの事件は心当たりがあったの」
「だ、だったらどうして対策しないんですか?」
「高坂君の話を聞くまで確証がなかったのと、対策し辛い存在だからよ」
氷華は完全防音の実験室を眺めた。
「この部屋に呼んだのは、誰にも話を聞かれたくなかったから。万が一でも外に話を漏らしたくないし、できるかぎり文章にも残したくなかったの」
「そこまで注意を払うなんて、一体アイツは何者なんです?」
「……何者かは言えないわ。もし言えば『形』になる。奴は、自身を『概念に近い存在』と言ったのよね? そのとおりなの。奴は負の感情を糧に成長する。そういった厄災なの」
「負の感情を……」
氷華は眉間にしわを寄せ、疲れたようにため息を吐いた。
勇者部の部長として責任ある立場で苦労している中、無頭はかなりの心労案件のようだ。
「幸い、まだろくに成長できていないようね。
「……オレに接触してきたのは、彼女たちの先生だからでしょうか」
「干渉できる人間がまだ少ないのだとも思う。異形を狩るため、一族に異形の血を取りこんだ鬼洞だからこそ接触できたのかもね」
氷華は亜土の内面を見透かすように言った。
鬼洞の血が騒ぎ、我を失って無頭に技をしかけたことは黙っていたが、もしかしたらバレているのかもしれないと、亜土はひやひやした。
「安心院先輩が無頭について詳しいのは?」
氷華は黙りこんだあと、隠すことはできないかといった様子で口をひらく。
「…………私のお家事情なのだけど、
「は、はい! それはもちろん!」
信頼して事情を話してもらったのなら、応えなければいけない。すごく気になるが。
氷華はゆっくりと紅茶を味わうと、天井を見つめながら肩の力を抜いた。
「……正直ね。この件に関して、単なる学生の私たちができることはほとんどないわ。だから信頼できる筋に対処を投げることになる。ちょっと、もしかしたら、かなり学園が騒がしくなるかもだけれど……仕方ないわね。高坂君も他言無用ね」
「わかりました。……ところでなんですが、奴は、負の感情を糧にするんですよね?」
「そうね」
「この時期は、かなりナイーブになっている生徒が多いと思うんですけど……」
初夏から夏の終わりまでは、各部門の全国大会がはじまる。
学園には親元を離れてまで、魔導を極めようとする生徒が多い。試合や研究発表をするこの時期は、不安とプレッシャーに気が滅入ってしまう者も少なからずいる。
「対策は考えている。大魔法祭を開催するように学園側に働きかけるわ」
「だ、大魔法祭ですかっ?」
亜土の声が明るくなった。
高校から大魔堂学園に通いはじめた亜土にとって、大魔法祭はまだ経験したことなかったのだ。
氷華がジト目になる。
「高坂君、楽しそうね?」
「う……は、はい、不謹慎ですけど、楽しみです!」
「ま、それぐらい明るくいたほうがいいのだけれどね。今の高坂君みたいに、大魔法祭で学園の雰囲気を少しでも明るくしてみるつもりよ。逆に騒がしくてピリピリする子もいるだろうから、商品は豪華に、学園側の特例もかなり融通をきかせるようにお願いするわ」
「それは、みもりたちも喜びそうですね!」
亜土は笑顔で言った。
全学年参加のオリエテーリングなら高等部とも競い合う。よい練習になるはずだ。
滅多に笑わない氷華が唇をゆるませる。
「本当に楽しそうね。貴方に彼女たちの講師をお願いして良かったわ」
「はい! 毎日がとても楽しいです! オレも毎日教わることが多くて……彼女たちにとって立派な先生であるように精進します!」
「…………その様子なら噂もやっぱり誤解ね」
「?」
「なんでもないわ。がんばって、高坂君」
氷華は流したが、亜土のよからぬ噂を耳にしていたのだ。
『高坂=L=亜土のLは、ロリコンのLではないか』という噂だ。
亜土はそんなこともつゆ知らず、純粋に少女たちの成長を願っている。
後日、マキドの胸を揉んだり、みもりとリリカナにえっちにイチャついたりするが、不可抗力なのだ。亜土本人は本当に、邪念がないのだ。
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