第24話 秘密指導(by安心院氷華)

 ゴーレムとの死闘を繰り広げた、次の日の早朝。


 亜土あどは、大魔堂学園の広大な敷地をジャージ姿で走っていた。

 魔力を失ったとはいえ、身体を鍛えるに越したことはない。ましてやみもりたちのダンジョン攻略にも同行している。


 木漏れ日の中、森を縫うような車道の脇をタッタカと走っていく。


(みもりもそろそろ起きた頃かな)


 技の練度を上げるため、みもりとの早朝特訓を約束した。

 強化状態バフがなくてもスムーズに技が出せるよう、どこまでも特訓に付き合うつもりだ。


(伝統戦は数日後……。オレができることはやるつもりだけれど)


 みもりたちが個人技で劣っているとは思えない。

 けれど、対戦相手とは相性が悪いように思える。

 このまま連携に時間を割いたところで、半端な連携の隙を突かれるだけだろう。


 そもそもとして、リリカナがあまりノリ気ではなさそうだった。


(注目されたり、争うのがイヤなのか? どうも普段より力が抜けているような……。でも争うのがイヤだったら、最初から勇者部には入らないだろうし……。模擬戦の映像を見せてもらったけど、幻術がバレてからは早々に諦めていたな)


 美味しところをもっていくのは、さすがだったが。


(うーん、オレが三人のためにできることは……)


 うううんと考えながら、高等部のグラウンドまでやってくる。柔らかい土のうえで速度を上げてようとして、はたと気づく。


 グラウンドに、氷華ひょうかが立っていた。


「おはよう、高坂君」


 青く長い髪をポニーテールに、体操着(ブルマ着用)からはスラリとした手足が伸びている。

 朝でも凛々しい立ち姿に、亜土は急停止して、起立した。


「あ、安心院あじむ先輩! おはようございます!」

「ん。今日も朝からがんばってるわね」

「は、はい! ……安心院先輩が朝練は珍しいですね?」


 氷華は練習時間をキッチリと決めている。無闇やたらに練習するのではなく、休養すべきところはしっかり休養して、身体を休ませる人だった。


「気分転換に朝練することはあるわ。誰かとちがってね」

「す、すみません……」


 氷華の冷たい視線に、亜土はかしこまった。

 勇者部に在籍したとき、亜土はあきらかに練習のしすぎで、たびたび氷華に休むように言われていた。それでもこっそり練習しつづけた結果が、魔力の喪失につながる。


「まあいいわ。今はきちんと休むようになったみたいだし」

「きょ、恐縮です」

「……ところで高坂君。今度の伝統戦、北条さんたちが勝てるかどうか、貴方はどう思っているの?」


 氷華の質問に、亜土はしばし考えこむ。

 無責任に『大丈夫』と擁護するのは、彼女の聞きたい答えではないだろう。


「厳しいです。決して、個人で劣っているわけじゃないのですが」

「きちんと分析しているようで安心したわ。対策は練っているの?」

「……このまま連携に時間を割いても、彼女たちの強みがでないとは思っていますが」

「そう。黒糖さんがやる気をだせば、話は変わるのでしょうけれど」


 氷華はちょっと目を細めた。


「彼女がスカウト生徒なのは知っているわよね?」

「はい、魔族と人間のハーフであることも知ってます」

「彼女は魔素との適性が高い種族で、幼少期から幻影術を使いこなすほど魔力操作が優れているわ。器用な彼女なら幻影術や魅了術だけでなく、多種多様なサポート魔法を習得できるでしょうね。だから講師たちも躍起になって、色んな魔法を教えようとしたのだけど……」


 氷華は困ったように眉をひそめ、リリカナがいるであろう学生寮の方角に目をやった。


「彼女、やる気をなくしてしまってね」

「……外部からアレコレ言われるのがイヤなのでしょうか?」

「さあね。ただ……彼女の力になれるとしたら、私は高坂君だと思う」

「オレが、ですか?」


 亜土は言葉が待ったが、氷華は答えなかった。

 相変わらずの冷たい表情だが思慮深い彼女のことなら、意味のある言葉にちがいない。亜土が言葉の意味をじっくり考えていると、氷華がわずかに首をかたむけた。


「ねえ、高坂君。私と模擬戦をしましょうか」

「もっ、模擬戦ですか? また突然ですね?」

「後輩が鍛錬をさぼっていないかたしかめるのも、先輩の役目だもの。ゼッケン代わりに私にタッチしたら、それで高坂君の勝ちだから」


 氷華は、自身の胸に手を当てた。


「っ」

「? どうしたの高坂君?」

「い、いえ……」


 氷華は、胸をタッチして欲しそうな仕草だった。

 あくまでたとえで、身体のどこかにタッチだ思う。しかし憧れの先輩のちょっぴりエッチな仕草に、亜土は照れたのだ。


「な、なんでもありません。それじゃあ、距離を離しますね」

「この距離でかまわないわ」

「え? だって……」


 氷華までの距離は1・5メートルほど、亜土の間合いである。

 それでなくても、氷華の氷魔法は立ちあがりが遅い。

 氷魔法は周囲の空気を冷やす必要がある。冷やさなくても氷魔法は使えるが精度はガクリと落ちるので、それを知らない氷華ではないはずだが。


「いいから」

「……安心院先輩がそれでよければ」

「あら、手加減されているみたいでさすがに気に障った? 高坂君も男の子ね」

「そ、そういうわけでは。それでは、行きますよ!」

「ええ、高坂君の好きなタイミングで初めてかまわないから」


 さすがにここまでハンデをもらっては、亜土も負けたくないと思ってくる。

 これでも武芸には一日の長ありなのだ。

 胸にはもちろんタッチしない。代わりに、ちょっと頭を撫でるぐらいはしてもいいかなと思い、亜土はすこし前のめりで氷華に攻めた。


「せいっ! ……って⁉」


 ふわりと、亜土は空中を舞っていた。

 亜土の伸びきった手を、氷華が掴み、優しく投げ飛ばしたのだ。

 地面に綺麗に転がされた亜土は、涼しげな顔の氷華を見あげた。


「合気道⁉ つ、使えたんですか!」

「ええ。実戦では使う機会がないけれどね」

「ああ……だからオレを挑発したんですね……」


 挑発にのって、攻撃が雑になった相手など投げやすいだろう。

 土を払いながら立ちあがる亜土に、氷華が告げる。


「次からは同じようにはいかないでしょうね」

「そりゃまあ、合気道を使うとわかれば相手の手札に合わせて、立ち回りを変えますからね。……でも、安心院先輩が合気道を使えるなんて知らなかったなあ」

「氷魔法の隙を無くすため、役に立つかと思って学んだのだけれど……正直、趣味の範囲ね。知らない人は多いわ。私と付き合いの長い人が知っているぐらい」

「うー……先輩の得意技は、全部把握していたつもりなのにな」


 ダンジョン攻略オタク。勇者部マニア。冒険野郎。それらを蔑称と思わない亜土にとって、憧れの先輩のデータ漏れは失態であった。

 彼女の勇者部以外での活動に興味を持っていれば、知っていたのだろうか。


 と、亜土の頭に閃きがおとずれる。


「――あっ」


 氷華は変わらず冷たい表情だが、どこか優しげに見える。


(……そうだよ、連携以前の問題だ)


 当たり前のことをまず、最初にしなければいけなかった。

 亜土は勢いよく頭を下げて、憧れの先輩に感謝を述べる。


「あ、ありがとうございました!」

「がんばってね、高坂君」


 勇者部に入る前も、入ってからも、辞めてからもずっと彼女にはお世話になりっぱなしだ。いつか恩を返せるときは、すべてを投げ出してでも彼女に報いるつもりだ。


 亜土は活き活きとした表情で、グラウンドを去っていく。

 この閃きがきっと、三人娘のレベルアップになると信じて。


 〇


 亜土との朝練のため、体操着姿で走っていたみもりが立ち止まる。


「⁉ い、今、よからぬ気配を感じた気がする!」


 ひとしれず、みもりの勘の良さがレベルアップした。

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