第23話 壁のなかにいる!

 世界中で開催されているダンジョン大会は、数十年前に起きた『人魔大戦』のエピソードを再現したものが多い。


 たとえばマスターズカップ。

 魔王城に到達した勇者が、次々に倒れていく仲間の力を借りて、たった一人で最奥の魔王を倒したエピソードに似せたものだ。


 そして、レジェンドカップ。

 勇者一行が魔王の罠におちいり、モンスターと多種族が入り乱れての大混戦となった一戦がある。元世界げんせかい幻双世界げんそうせかいの者たちが初めて手をとりあった一戦でもあり、その歴史ある一戦を、パーティー戦として模したものだ。


 そのためか、レジェンドカップの試合会場は厳かな神殿だったり、古から存在する地下大迷宮だったりと、裕庶正しき場所が多い。


 レジェンドカップは、格式を重んじる傾向があった。


 レジェンドカープルールに準じた、小規模な大会でもそうだ。

 商店街主催のちっちゃな大会でも、神聖っぽさをだすために、神聖な酒をダンジョン前に飾ったりするのだ。


 そして大魔堂学園の伝統戦は、レジェンドカップルールに準じている。

 生徒たちは立派な試合会場で競い合い、偉大な歴史を再現する。


 のは、建前だ。


 学園には魔力の素養が高く、魔導界隈で名の知れた者が多く在籍している。

 特定分野で自信があったり、一家言を持っていたりするのだ。

 高みを目指す生徒同士で、諍いがたえないのもやむなしで、しかも実力者が多いので大ごとになりやすく、酷いときには施設が壊れる。だからといって無理に押さえつけては、跳ねっかえりの多い生徒は反発する。

 伊達に親元から離れて、道を極めようとしていないのだ。


 だから学園側は『よっぽどのことなら、公の場でシロクロつけろ』と提示した。

 学園所有の立派な試合会場で、衆人観衆のもと、生徒たちはレジェンドカップルールで競い合う。

 わりとガチで。


 伝統戦で勝ちとるものは『ハッキリとした格付け』だ。

 どちらが上か下か。誇りをかけて闘うのだ。

 学びの場なので、名目上は学園主催の公式試合。賭け事はもちろん禁止(生徒たちが裏でこっそり仕切っているが)。両者の合意がなされたのち、伝令が学園中に広がる。



 亜土あどが伝統戦の話を聞いたのは、放課後のこと。

 完全に寝耳に水だったので、それはもう驚いた。

 初等部の知り合いに連絡しても、どうして闘うことになったのか要領を得ない。


 なので旧部室棟に急いで向かう。

 体操服姿のみもりが、グラウンドにいた。

 しかもタクティカルベストを付けてダンジョン攻略の準備中。マキドの提案らしい。亜土が伝統戦の説明を求めると、みもりは困り笑みを浮かべた。


「……断れない状況になりまして」


 みもりは理由を話そうとしなかった。


「みもりもか」

「も?」

「あ、ああ、オレの知り合いも伝統戦になった理由を話さなかったからさ」

「誰も知らないと思います。あの場にいたわたしたち以外は」


 みもりは答える気はなさそうだった。


「わかった。理由は聞かないよ。……でも、伝統戦か」

「……やっぱり、マズかったですよね?」


 みもりの表情は浮かない。

 伝統戦で『ハッキリとした格付け』がつけられる。勇者部の補欠組とレギュラー組の戦いだ。この試合結果が、今後の評価に繋がらないわけがなった。


「ううん、大丈夫だよ。オレも全力で力になるよ」


 亜土が安心するように微笑むと、みもりもパッと笑顔になった。


「は、はい! ある意味チャンスだとがんばります!」

「みもりは前向きだね。ところで妻夫木さんたちは、伝統戦についてどう思っているの?」

「マキドちゃんは模擬戦のリベンジをする気満々ですね。リリカナちゃんはー、いつもどおりです」

「リリカナはいつもどおりか。うん、みんなのモチベはわかったよ。妻夫木さんが低レベルダンジョンなのにやる気になっているのも」


 旧部室棟付近に低レベルダンジョンが湧いた。

 今度は、塔型のダンジョンだ。

 亜土が提案する前から、マキドはダンジョンに行く準備を整えているようだ。


「はいっ、わたしたちにあったフォーメーションがあるんじゃないかと思いまして、攻略しながら試すことにしました」

「……うん、いいと思うよ」


 亜土はすこし言葉を濁す。

 半端な連携はおそらく失敗に終わると思うが、試す前からやる気を削ぎたくなかった。


「わたしも技の練度をあげていきます! 模擬戦みたいに、どの技を出すべきか考えている隙を狙われないよう、練度をあげていきます! 練度を!」


 模擬戦でなにか言われたのか、みもりは練度練度と気合に満ちていた。


 〇


 そして数十分後、みもりたちは壁にはまっていた。

 パンツ丸出しで。

 壁に腰を挟まれた三人娘は、壁尻状態になってお尻をフリフリしている。


 どうしてこうなったのか。

 本当にどうしてこうなってしまうのか。

 戸惑う亜土に向かい、壁から三つのお尻が突きだされている。


「こ、高坂さん! 見ないでください! 見たら目を焼きますよ!」


 小ぶりのお尻は、マキドだ。 

 可愛いウサギパンツを履いた少女の数分前のセリフが、これになる。


『ここが最上階ですか。奥の扉が閉まっていますね。おや、この看板はなんでしょう。なになに……【汝、挑戦者か軟弱者か。強きゴーレムを求める場合のみ、左の玉を触れ】ですか。やれやれ……選ぶまでもありませんね。もちろん、私は挑戦者です!』


 冒険者に【選択肢】で迫って簡易契約を行うことで、冒険者との魔力バイバスを繋げて、モンスターを召喚させるタイプの仕掛けだ。

 マキドはそれはもう自信満々に、強いゴーレムを召喚した。

 あらわれた石造りのずんぐりむっくりなゴーレムは愚鈍そう。

 しかしまさかの、魔法抵抗持ちのゴーレムだった。


「あ、亜土先生! み、見ないでください……いえ、きょ、今日は見られてもダイジョブな、パンツだと思いますから、見てもよいかもしれません!」


 発展途上のお尻は、みもりだ。

 真っ白いパンツを履いた少女の数分前のセリフが、これになる。


『魔法が通じにくいならわたしの出番! わたしが攪乱しながら打撃を叩きこむね!』


 しかし、連携を意識しすぎたみもりの動きは固く、さらには技の練度を気にするあまり体術のキレが格段に落ちてしまっていた。


「せんせー、今ならリリカナちゃんのお尻に触りほうだいだよー?」


 柔らかそうなお尻は、リリカナだ。

 黒紐のパンツを履いた少女の数分前のセリフが、これになる。


『なかなか固いゴーレムだねー? たしかデバフが効きやすいんだっけー』


 リリカナは魅了術をぶっぱなし、ゴーレムの動きが停止する。

 無機物に魅了術は効かないのではと思いきや、途端、ゴーレムの全身に刻まれたラインがピンク色に輝きはじめた。


【――お尻ペンペンモード起動。お尻ペンペンモード起動】


 機械音声がゴーレムから発せられ、激闘が始まった。


 お尻ペンペンされてたまるかと魔法を乱発していたマキドは、スタミナ切れを起こす。連携を意識しすぎていたみもりは、どんどん動きが鈍くなっている。リリカナはすでにブルマを奪われていた。


 低レベルで危険度の低いダンジョンでも、たまにこうして冒険者をからかうようなダンジョンが生まれることがある。

 魅了術で多少動作がバグッたろうが殺傷する気のない、完全嫌がらせ特化のゴーレムだ。

 魔素の奇跡か、それとも悪戯か。魔力の渦は、生き物ではないかという論があるのもうなずける。


 みもりたちはがんばっていた。

 いやリリカナはお尻ペンペンされたがっていたので、微妙なところだ。

 三人娘は個性が強い。フォーメーションを組んだどころで、どこかが突出しはじめて崩れてしまうだろう。

 連携のアラをゴーレムに突かれた三人娘はとっつかまり、ブルマを豪快に脱がされ、ゴーレムの身体で造った魔法の壁に、壁尻状態ではめられてしまった。


「せんせー、今ならパンツを脱がしても気づかないフリしてあげるねー」


 リリカナの誘うような台詞に、亜土は正気に戻った。


 三つのお尻がぷりんと震えている。

 ちょっとえっちな状況に慣れつつある自分に喝をいれながら、亜土は簡易魔法符を握りしめる。


「うおおおおおおおおおおお!」

【お尻ペンペンサーチ。対象を捕獲します】

「この歳でお尻ペンペンされてたまるかーーーーーー!」


 亜土の尊厳をかけた死闘がはじまった。

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