第20話 模擬戦①
まず先手は、みもりだった。
みもりはトントンと真上に弾み、唐突に、
足裏にローラーでもついたかのような、滑るような歩行術。
亜土の知識から受け継がれた技の一つだ。
足を滑らせながら徐々に加速させていくこの歩行術は、牽制と攪乱を担っていた。
緊張状態がわずかにゆるむ隙間を狙った、ゆるやかな足取りは、本来ならば虚をつけるはずだった。
しかし、海衣は動じることはなかった。
「はっ、
「「はい、海衣お姉さま」」
「「「
三人が同時に叫ぶと、海衣の背中から光の帯が二つ生えて、翼のように広がる。
そして、光の帯は、ミィとファの背中に繋がった。
「北条の技は、アタシで処理する!」
「「お姉さま。妻夫木さまが魔法で隙をうかがっています」」
「視認した! ミィは北条を! ファは黒糖を! アタシは妻夫木を狙う!」
海衣はマキドを一直線に狙ってきた。
「させない!」
みもりは己を強化しながら踏みこむ。
純強化者でなくとも、魔力さえあればファンタジー臓器に働きかけ、多少の身体強化はできる。亜土のように人外を越えるバフとはいかなくとも、十分な強化量だ。
ましてや、みもりの魔力量であれば、雑な魔力操作でも問題ない。
だから海衣のゼッケンに、拳を当てられるはずだった。
「やらせません、北条さま。――
ミィがベストタイミングで割って入ってくる。初級風魔法だ。
ミィの手の平から風圧が押しだされ、みもりは大きく体勢を崩した。
「んっ⁉」
みもり体幹でふんばる、その一拍に、考える素振りを見せた。
そして体勢を崩す勢いをそのままに、ミィに回転蹴りを繰りだす。
「たああああああっ!」
みもりの一撃は、しかし華麗に回避される。
まるで、操り糸で操作されているかのように、ミィは冷静に間合いを外してきた。
海衣が確信に満ちた声をあげる。
「やっぱりな! 北条は『まだ技を選んでいる』状態だ! 本を読みながら戦える道理はねえ! そのままやっちまえ、ミィ!
「「海衣お姉さま、妻夫木さまが詠唱の準備に入りました」」
ミィとファは、マキドをまったく見ずに言った。
「ああっ! このまま距離を詰める!」
海衣が距離を詰めてくる。
左手をかざして、魔方陣を起動していたマキドは、大魔法をキャンセルした。
(っ! ホント厄介です! あの三人のシンクロ魔法!)
海衣たちが使った、
光の帯で繋がることにより、三人が同じ視点を、三人が同じ技を、三人が同時で思考処理をおこなう、脅威のシンクロ魔法だ。
一人はみんなのために、みんなは一人のために。
たとえみもりの技にミィが対応できなくても、海衣ならば対応できる。
海衣にシンクロしたミィであれば、先のように難なく回避できるのだ。
言わば、1人が3人分の戦闘力を有していた。
(そんな単純な計算じゃないのでしょうけど……!)
マキドは、海衣を迎撃する。
「
そこでマキドは詠唱をキャンセルした。
かざした左手の先に描かれていた魔法陣の呪文が、一瞬で切りかわる。
「
土魔法を唱えると見せかけて、地面を警戒させてからの、横殴りの突風。
多属性で卓越した詠唱技術を持つマキドの成せる技だが、海衣はあっさりと避けて、さらに距離を詰めてくる。
「こっちには三つの視線があるんだよ!」
「だからなんです!
マキドは魔法の壁を作って、間合いをつくる。
視界の端では、ミィがみもりを追い詰めていた。
「
みもりの連撃はことごとなくいなされて、ゼッケンに触られかけている。
しかし基礎スペックはみもりが上回っているので、妙な具合で拮抗していた。
「な、なんで、わたしの技が通じないの⁉」
「はっ! 使いこなせていない技に頼るからだ! 練度がぜんぜん足らねーよ!」
海衣はみもりをまったく見ず、マキドを見据えながら言った。
(みもりの援護を⁉ ううん、ダメです! 私たちの半端な連携では、接敵状態のみもりに魔法を当ててしまいます! なら!)
マキドは、海衣を見定める。
「
「ムダァ!」
「ちっ!」
「腹をくくったよーだな!」
「あなたたちの連携が強みなら、早々に1人をつぶせばいい話! 考える隙も与えません!」
「悪くねー考えだ! たしかにこの魔法の起点はアタシだ。けどなあ、司令塔はアタシたち全員なんだよ!」
海衣の瞳は、絶対的な自信に満ちていた。
パーティー戦において便利な魔法だが、習得するものは少ない。
魔法の難易度が高いのはもちろん、本人同士の相性もある。独特な魔力操作を必要とするため、その習得に払う対価は大きい。
時間、魔力、その他諸々。習得者全員が、術のためにチューニングされるほどだ。
将来の個人戦を犠牲にしなければ、得られない魔法。
それほどまでの覚悟を必要とする、連携魔法だった。
海衣はマキドに向かって吠える。
「やっぱりお前は、最後には自分を頼るようだな!」
「なにが言いたいんです!」
「もう1人のお仲間を見てみろよ!」
マキドはハッと気づき、リリカナに視線をやる。
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