第18話 魔族な君

 学生寮、自室。


 晩ご飯を食べおえた亜土あどは机に向かい、ノートパソコンで調べ物をしていた。

 脇に置いたタブレット端末では、ダンジョンマスターズカップのハイライト動画が流しっぱになっている。


「魔族。魔族、と。リリカナは人間と魔族のハーフなんだよな」


 ファンタジーな存在がやってきて以来、異類婚姻は増えた。

 氷華ひょうか雪魔女フローズンウイッチの血を引いているので、比較的身近なものではある。


 ただ、その中でも魔族は一線を画した。


(えーっと、魔族は幻双世界げんそうせかいで、魔素と渾然一体に生きる種族。モンスターのような身体に作りかえる者もいる、か。向こうの世界でも変わった種族扱いなんだ。大山脈の奥地に隠れ住んでいて、魔素適性や、魔力が高い種族の血を外部から招き入れる……。つまり異性を誘う種族)


 魔族をネットで検索すると、サジェストが『淫蕩』『淫乱』『ドスケベ』的なワードであふれかえった。画像イメージにいたっては、エッチなお姉さんばかりがでてくるので、パブリックイメージは『えっち』なようだ。


 リリカナが色香でかどわかす真似が多いのは、魔族の挨拶みたいなものかもしれない。


「リリカナの父親は元世界げんせかいの人らしいから、ちょっと珍しいんだよな」


 基本的に、純人間は魔素適性が低い。特に、元世界の人間は。

 有名な冒険者は、だいたいなにかしらの種族の血を引いていたりする。


 だからこそ魔族が、元世界の血を欲しがったのは珍しかった。


(このあたりは家庭内の事情もありそうだし、聞くわけにはいかないか。リリカナが魅了術を使いたがるのはなんとなく理解できたけど……悪戯好きなのは、単に性格かな)


 亜土が魅了術について調べていくと、コトンと、机にココアが置かれた。


「今日もがんばっているようだね。亜土」


 ルームメイトの礼流れるが、微笑みながら側に立っていた。


「ありがとう、礼流」

「へー……魅了術だなんて、亜土も男の子だね」

「ち、ちが! こ、これは、教えている子について調べていて!」

「もちろん、わかっているよ。黒糖さんのことだよね? ココアを淹れたついでに亜土をからかいたくなったんだ」


 礼流は優しげに微笑み、自分の席にふわりと座る。

 この仕草で何人もの男子の心をうばった、天然魅了術の使い手だ。しかし男だ。


「れーーるーー」

「あははっ、そう顔をしかめない。……君も、最近ちょっと噂になっているからね。『魔力を失った元勇者部員が、女子小学生と楽しく遊んでいる』ってね。ルームメイトとしても気になったんだよ」

「……まじ?」

「大魔堂学園は噂好きが多いからね」


 エスカレーター式の学園だと、閉鎖社会な部分もあるので噂が広がれば一瞬だ。

 気をつけねばと、亜土は肝に銘じた。


「黒糖さんは魅了術以外も使えるんだよね? そっちを伸ばさないの?」

「う、うーん……たしかに、学園側は、リリカナの幻影術を買っているみたいだな」


 魅了術は、状態異常付与に分類される。しかも高度な術だ。

 だが、抵抗レジスト解呪クリアが容易な術でもあったりする。

 マキドが『効率が悪い』と言ったのも、このあたりが原因だ。


「亜土はちがうの?」

「ん……まあ……魅了術は試合でも使いにくいし、下手したら制限をかけられるのは理解しているよ」

「体面が悪いしね。特に小学生だと」

「でも、オレとしては純粋な技だと思うんだよ。牽制の一つになるし」

「難しいね。学生冒険連盟は『清く正しい、学生の冒険者』を求めているわけだしね。ボクもちょっと危ないアイテムは認可がおりないもの」


 ちょっとマッドな側面のある、礼流はつまらなそうに言った。


「へー。礼流のちょっと危ないアイテム便利なのになあ」

「ははっ、亜土もけっこークレバーな面あるよねー。それで、亜土もやっぱり幻影術を伸ばしていくの?」

「本人のやる気次第、かな」

「君も苦労しているね」

「苦労だなんて思わないよ。三人の力になれて、毎日が楽しい」


 亜土が微笑むと、タブレット端末から歓声が漏れる。

 動画では、ハイリンケ=田中が、得意のエーテルストライクでモンスターを一掃していた。


「彼がこのまま勇者になるかな? 亜土はどう思う?」

「セカンドシーズン中だけど、マスターズカップは逆転が起きにくいから、そうだろうな」

「なるほど。マスターズカップの理念は、『ただ一人の勇者のために』だっけ?」

「そうそう。完全なサポート体制で、ただ一人を支援するルールだからな。F1レースと同じだよ。パーティーメンバーの支援も限られていて、そのタイミングも最適化されているから、序盤の順位がそのままで決着しやすい。だからこそ番狂わせが面白いんだけど」


 亜土はニコニコしながら語った。


「でも、亜土の好みはレジェンドカップのほうなんだよね」

「四大大会はどれも好きだけど、好みとするならレジェンドカップだね。オレ、個人戦より、パーティー戦のほうが好きだからさ」


 四大大会の一つである、レジェンドカップ。


 パーティー戦に趣を置いた大会で、モンスターと戦いながら他パーティーとのポイント争奪戦だ。めまぐるしく順位が代わり、仲間との連携がなにより重視される。ときには敵同士で手を組んだり、ドラマ性が高い大会だ。


 小規模な大会でも、だいたいは四大大会のルールに準じたもので開催されていた。


「亜土たちが目指していた夏の大会も、レジェンドカップルールだよね。学生冒険連盟はパーティー戦に力を入れてばかりで冬の個人戦は疎かだ、って姉さんが愚痴をこぼしていたよ」

安心院あじむ先輩が?」

「姉さん曰く、『学冒連がくぼうれんは、生徒たちの絆がテレビ画面で映えるほうがいいみたい』だってさ。はあ、姉さんの愚痴は長いから。はやく甘えられる人を見つけてくれたらいいのに」 


 そう言って、礼流は亜土をじいっと見つめてきた。

 いつもクールな氷華も、弟の前ではぶっちゃけているらしい。

 妹がいる亜土も、家族の二面性に心当たりはあるが。


「安心院先輩は、将来マスターズカップを目指しているからなあ。うーん……個人戦のみと割りきれば、連携はあまり考えなくていいんだけどさ」

「初等部は、個人戦がないものね」

「だから連携が求められるわけだし、リリカナは幻影術だとする、顧問の方針もわかるんだ」


 その幻影術も、リリカナは悪戯に使うが。

 と、亜土のスマホがぽこんと鳴る。


「……お。明日初等部で模擬戦があるみたいだ。みもりたちの補欠組と……レギュラー組とのパーティー戦だって」

「? その情報は誰から?」

「初等部の……知り合いから」

「言いづらそうな顔をしているね。まさか亜土、やっぱり、小学生と?」

「れーーるーー」

「はははっ、ごめんごめん。それで、そのレギュラー組は強いのかい?」


 どこか楽しそうな礼流に、亜土は真面目な顔でうなずいた。


「……強いよ。半端なパーティーなら高校生でも負ける。みもりたちとは、ある意味で対極的だな。なんせだから」


 明日の模擬戦、どんな結果になろうと鍵はリリカナかなと、亜土は思った。

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