第17話 色んな意味で噂になりはじめました

 幽霊屋敷の魔力渦を破壊した亜土あどたちは、学園バスに乗って商業施設までやってきた。


 大魔堂学園の敷地は広大だ。

 買い物しようと街まで出かけるだけで時間がかかる。

 ジュースやはみがき等のアメニティグッズは寮内でも販売されているが、きちんとした買い物をしたい場合は商業施設に行く。


 段重ねの弁当箱のような商業施設には、スーパー、アイテムショップ、武器防具ショップだけでなく、カフェやリラクゼーションルームもあり、最寄り駅から通学している生徒たちが下校時に立ち寄ったりする。


 一般開放もされている。錬金科の優秀生のアイテムが認可のうえで販売しているので、学生らしい個性にあふれたアイテム探しに、わざわざ遠方からおとずれる人もいるぐらいだ。


 そんなわけで商業施設は、放課後でも人でにぎわっていた。


 亜土たちは一階にある、カフェのオープンテラス席で、円になって座っていた。

 ダンジョン反省会とプチ打ちあげのためだ。


「うーむ。よ、予想外に大きいな……」


 亜土は、テーブルに運ばれたジュースにちょっと尻ごみした。


 商品名『トロピカルフルーツぐらでかゲキ盛りジュース』は小バケツほどのサイズはある。

 フルーツ山盛りの一人では飲みきれないジュースを前に、対面のみもりが頬を染めた。


「はいっ、大きいですねっ、こ、これは一人では飲みきれませんねっ」

「……まあ、映え重視のグループ用って書いてたもんね。普通はフルーツを小皿にとりわけてから飲むみたいだし」

「亜土先生! こ、これも実験です!」


 みもりはジュースにささったストローを凝視した。


「ホントに効果があるのかな」

「だから実験なんです、実験っ。先生のユニークスキルは体液接触で発動するわけですから、間接的にでも発動するかの実験ですよ」

「うん、理に適ってる」

「適いすぎです! さ、さあ、カップルのように、ストローでジュースを一緒に飲んでみましょう! 効果がでるまで実験です!」


 みもりは『カップル』を強調して言った。


「効果がでるまで実験って、スキルが発動しないなら終わりがないんじゃないかな」

「そ、そんな覚悟でいようかなと……え、えへへ」


 さっきのダンジョンでの失敗が悔しいのか、みもりはノリ気だ。

 素直で向上心の高い子だ。昨日より少しでも強くなりたいのだろう。

 思えば緊急時だったとはいえ、みもりにも初めてのキスだった。それなのに、みもりは文句を言うどころか、今もうこうして強くなるための努力を惜しまない。


(みもりのやる気に応えるべきだ。間接的になら、まだ倫理的にも大丈夫なはず。…………いや大丈夫なのか?)


 それに亜土たちは、周りにちょっと見られていた。


「えっ? あの子たち? うっそー、全然見えないー」「マジマジ。ほら、あの子がケルベロスを倒したって話よ」「はー、信じられない。あんなに小さいのに」「初等部にいる妹の話だと、魔力量が桁違いなんだって」と、女学生たちがやいのやいのしている。


 ケルベロス討伐の話がどこからか漏れて、三人娘は噂になっていた。


 人の口に戸は立てられぬようで、異界の門についても少し噂になったが、そちらは『ありえなすぎる』と切り捨てられて、より面白そうな話が噂になった。


(注目されているのに、カップルみたくジュースは飲めない……。ぐっ……みもりと向かい合わせだと、初めてのキスとか思い出すな)


 亜土の顔が赤くなる。

 その反応を見逃さなかったみもりは、ぐわっと詰め寄った。


「さ、さあさあ、一緒に飲みましょうっ」

「ま、待ってくれ! そもそも、なんで四人分のストローがあるんだ?」


 ジュースには、四人分のストローが刺さっていた。

 頼んだのはリリカナなので、亜土は疑問の眼差しを送る。


「えー? だってぇー、実験で、リリカナちゃんもスキルが発動する可能性があるわけでしょー? 全員で試すべきだと思うなー。ねっ、マキドちゃん!」


 リリカナに笑顔で話をふられ、沈黙を保っていたマキドがキレ気味に答えた。


「ねっ! じゃあーないんです! 私はやりませんから、どうぞご勝手に!」

「効果あるかもよー?」

「だ、だいたい、こんな行為! カップルならまだしも、お、女三人、男一人とでなんて破廉恥きわまりないです! 犯罪です!」

「魔族は重婚おっけー。誰かを悲しませるより、全員で笑顔になろー精神だもん」

「わ、私は人族、人間なんです!」

「みんなの仲を深めて、連携を深めあおうよー」


 リリカナが指でハートを作ったので、マキドの眉根がいっそう濃くなった。


「やる気なしのあなたが連携について言いますか! 罠に魅了術をぶっぱなして、あ、あんな! あ、あんな! だいだいリリカナは魔法が使えるのに、効率の悪い魅了術を――」


 痴態を思い出したマキドが感情のまま叫びそうだったので、亜土は口を挟む。


「まあまあ、連携についてはみんなの問題だよ。オレも簡単に解決できるとは思っていないし、それなら個人の技を磨くのに重点を置くべきだと思うんだ。それぞれが個人技を極めたうえで、補える点が見つかると思う。えーっと、3年前のマクドランの戦いを見たことあるかな? 急遽パーティーを組むことになったギルブランチームの補欠三人組が、合わせるのではなく、足りない点を補うことで連携不足をカバーしたんだ。いやあ! 最終戦で見せた、ワイバーンへの一撃は、彼らの思いが結実した最高の一撃としか言いようがなくてさ!」

「まーた長々としゃべりましたね……」


 マキドは仕方なそうに息を吐いて、矛をおさめた。


 ただ、リリカナへのマキドの言い分は、亜土も気になっている。


 基本的に、リリカナはやる気がない。

 能ある鷹は爪を隠す、といったわけでもなくホントにやる気がなく、悪戯をしかけては騒動の一端を担う。リリカナへ無理に指導すると機嫌をそこなうとも聞いているので、亜土はうーんと考えこむ。


 亜土が黙りこんだので、マキドはリリカナにこしょこしょ話をした。


(……ところで、リリカナ。やけに高坂さんを気に入ってません?)

(んー? そっかなー? そうかもー❤)


 視線を感じた亜土は、リリカナに顔を向けた。

 リリカナはいつもどおり悪戯めいた笑みを浮かべている。


「……ねーねー、せんせー」

「ん? どうしたの?」

「せんせーの技ってー、もしかして、対人メインなのー?」

「えっ⁉」

「冒険者をやるなら、人同士のパーティー戦もあるけれど、モンスターとの戦いが当たり前なわけじゃん? ちょっと、せんせーらしくないかなーって」


 亜土は面食らった。

 事実、亜土の技は人体の破壊。言わば対人に趣を置いている。

 世界中に魔素が満ち、ダンジョンが湧くようになって、対モンスター戦も念頭にした魔術格闘が主流の今、純対人メインはちょっと珍しかったりする。需要がないわけではないが。


 三人娘の前でその側面は見せていないのだがと、亜土はちょっと頬をかいた。


「オレなりに対モンスター用に改良したけれど……本家の技はそうだね。本家というか、実家だけど」

「やっぱりー❤」


 リリカナはなんだか納得した様子。

 よく見抜いたなと亜土が不思議がっていると、リリカナはさらに質問してきた。


「ねっ。流派は、なんてゆーの?」

「あー……ごめん。オレが大魔堂学園の入学を無理に決めたとき、親父になかば勘当されちゃって……。『技を使うのはいいが、流派を名乗ることは許さん』と言われたんだ」


 亜土は素直に答えた。

 流派ぐらい話しても構わないかもしれないが、亜土なりのケジメだった。


「そっかー、せんせーも大変なんだねー」

「まあ、オレのワガママを聞いてもらったわけだからさ」

「そんな風に考えるんだー。えらいえらい❤」


 リリカナはやけに上機嫌だ。

 勘当の話が楽しいわけじゃないだろうに亜土はどういうことなのかマキドに視線をやるが、マキドは肩をすくめた。


(……魔族について、調べてみるか)


 リリカナへの謎は深まるばかり。彼女を知るうえでよい機会だ。

 他にも、連携の問題。個人が抱える問題。考えることは多いなーと、亜土はぼんやりしながらストローを口にした。


 そして吞むタイミングが重なった。

 四人全員でジュースをちゅーっと飲んでしまう。


 マキド(素)、リリカナ(わざと)、みもり(無心でタイミングを狙っていた)、そして亜土(天然)は全員で顔を見合わせた。


「あ、あの男の人、女の子と一緒に、ストローでジュースを飲んでる……」「え? 事案? 事案?」「通報したほうがよくない?」「でも、なんだか実験だとか言ってたし」「女の子たちとジュースを飲む実験ってなに???」と女学生たちが白い目で見ていた。


 とりあえず、間接的すぎると効果がないとわかった。

 マキドは睨み、リリカナは妖しく微笑み、みもりはえへへと微笑んでいる。

 ちょっと周囲にザワつかれてしまい、冷たいジュースより寒々となった亜土はこのとき、気づいていなかった。


 影から見つめる、怪しい視線に。

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