第12話 二人の決意
三つ頭魔素獣――ケルベロスが、三つの頭から焼けつくような息を吐く。
プロ冒険者でも苦戦必須のモンスターの瞳は、殺意に満ちあふれていた。
亜土たちを守っていた光の結界にヒビがはいる。
ケルベロスの鋭利な爪に、相当な魔力がこめられていたようで、結界の耐久限度を越えようとしていた。
「⁉ リリカナ! すぐに結界を解くんだ!」
亜土が叫ぶやいなや、結界がパリンッと割れて、迷宮内に閃光がほとばしる。
リリカナが小さな悲鳴をあげて、ふらりと倒れこむ。結界の過負荷が術者本人に流れていったのだ。亜土は少女を急いで背負った。
結界が壊れた際の閃光で、ケルベロスがひるんでいる。
あとわずかな隙が欲しいと、亜土が簡易魔法符をすべて使いきろうとした瞬間。
ポポンッ、ポポンッ、と巨大な花が次々に咲いた。
「グルッ⁉⁉⁉」
みもりの魔力の暴走だ。
ケルベロスに感情を大きく乱され、みもりは恐怖で青ざめた顔でいる。
(今だ!)
亜土は端的に指示を飛ばす。
「みんな逃げるよ! 妻夫木さん、
呆然としていたマキドが我に返り、左手をかざす。
「
最深部の扉に壁を作って、出入り口を塞ぐ。亜土たちは脱兎のごとく駆けだした。
すぐにガゴンッと壁が突き破られた音がする。
ケルベロスが魔法の壁を破壊して、唸りながら追撃してきたのだ。
(あっさり壁を破壊された⁉ くっ……レベル差がありすぎる!)
亜土は戦力差を痛感する。
「
マキドは全力疾走しながら魔法の壁を作り、ケルベロスの進行を防いだ。
しかも十字路で、迷宮の壁の材質に似せたもので作って、T字路に見せかけている。
全力疾走しながら、この想像力。端的な指示でもすべてを理解して、道を迷わずに選択しつづける判断力。
状況がよく見えている、やはりこの子はリーダー向きだと亜土は思った。
「妻夫木さん!」
「なんですか!」
「妻夫木さんはやっぱりすごいよ!」
「あなたに褒められても全然嬉しくないんですが⁉」
マキドのおかげでケルベロスとの距離が離れた。
あとはこのまま出口まで駆けるだけだと、亜土はリリカナを背負いなおすと、リリカナはううんと身をよじらせる。意識がハッキリしてきたみたいだ。
「せんせーごめんねー……。魔力探知が遅れたー……」
「最深部は分厚い扉で閉まっていたからね! 仕方ない! 魔力探知お願いできるかな⁉」
「まかせてー……。あ、このまま出口に行くのはマズイっぽいー」
「えっ⁉」
「ワンちゃん、マキドちゃんの仕掛けに気づいたみたいー。出口に向かう一本道で、陣取るつもりだよー……」
走っているのに、亜土は冷たい汗を感じた。
知能の高いモンスターであれば、猟犬のようにしつこく追いかけてくるだろう。
亜土はマキドに視線をやる。マキドは苦虫をつぶしたような顔でうなずいた。
「あそこの小部屋に避難します!
マキドはガコンガコンと非常シャッターが閉まるように、通路に魔法の壁を連続で作っていく。最後にひときわ頑丈な壁を作りながら、全員で小部屋になだれこんだ。
小部屋に逃げこんだ、亜土たちは息を整える。
亜土はスマホを操作しながらリリカナを床に寝かしつけると、リリカナは力なく笑った。
「あはーっ……せんせー、こんな場所でリリカナちゃんに悪戯するつもりなの?」
「まったく、リリカナは大物だね。どう? 立てそう?」
「しばらくダメみたいー。魔素酔いしてるー……」
リリカナは魔族のハーフと聞いている。
魔族は、魔力にとても敏感だ。結界が破壊された際、ケルベロスの魔力が流れこんで、魔素酔い状態になったようだ。
魔素酔いは、高山病に近い症状だ。無理をすれば気絶しかねない。
亜土がゼリータイプの経口補水液をリリカナに渡していると、マキドが心配そうに声をかけてきた。
「高坂さん、緊急通報は?」
「ダンジョンアプリで緊急コールを押して、それから学園と民間の冒険団体に、あらかじめ用意していたテンプレ文で連絡した。異界の門があると付けくわえたから、すぐに駆けつけてくるよ」
「ホント用意がいいですね」
マキドは安心したように口元をゆるめた。
ケルベロス相手に見事に立ち回ってみせても、まだ小学生だ。怖くないわけがない。
それでもマキドは壁向こうにいるであろう、ケルベロスを見据えた。
「……壁が破壊される音が聞こえますね」
先ほどからガコンガコンと、壁が破壊される音が聞こえていた。
暴れまわっているという感じではなくて、狙いをしぼって壁を破壊しているような音に、亜土は眉をひそめた。
「オレたちを探しているみたいだね」
「はあ、頭のいいモンスターです。リリカナ、隙はありますか?」
「だめー……。ワンちゃん、出口につながる一本道をずっと警戒してるねー……」
逃がすつもりはないらしい。
侵入者は絶対に殺せとでもプログラムされているようだ。
救援が先か、ケルベロスが自分たちを見つけるのが先か、この調子なら後者だ。
「みもり、妻夫木さん。一度、装備をチェックしよう。……ケルベロスとの持久戦を考えなきゃいけないようだ」
亜土は落ち着きをはらいながら言ったが、内心では
少女たちに残酷な事実を告げなければいけない、自分のいたらなさ。亜土は今すぐにでも自分を殴りつけたかった。
(くそ……っ、なんでオレは魔力を失ったんだ……! オレが率先して戦うべきなのに、肝心なときに役に立たない……! もう一度! もう一度オレに、モンスターと戦える力が……! オレの
魔力を失い、今まで当たり前にできたことが、できなくなった日。
部員ががんばっているのに、雑用でサポートするしかできなかった日々。
プロ冒険者にはなれないと悟ってしまったあのときより、亜土は悔しかった。
亜土の表情に、どんどん悲壮な決意が満ちてくる。
自分が囮になろう。
それならば、彼女たちが逃げ出せる時間を作れる。
そう決心したときだった。亜土の固く握られていた拳に、柔らかい手が重なる。
「亜土先生」
みもりだ。
頬を染めて、亜土より決意に満ちた瞳で見つめてくる。
まさか囮になるとか言い出すんじゃ、そう思っていた亜土に、みもりは超々々々ドストレートな言葉をぶつけてきた。
「わ、わ、わたしにキスしてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます