第11話 異界の門

 あのあと、亜土は簡易魔法符の炎でスライムをあぶり、拘束から解放されたマキドがこれでもかと炎獄フレイムを連発して、あわれスライムは消し炭になった。


 なにもなかった、見なかったことにして、一同気を取りなおして(スライムの話題に触れたら、マキドの魔法が亜土に向けられかねないので)、迷宮をさらに探索していく。


 途中、亜土はみもりとモンスター談議になった。


「――で、では! 亜土先生もモンスターは生き物じゃないとお考えなんですか?」

「うん、魔素の結晶体だと思っているよ」

「いまだにモンスターは『ただの結晶体か。それとも生き物か』で議論がわかれますよね」


 みもりは顎を触って、難しそうな表情をした。


「難しい問題だからね。人間も突き詰めていけば電気信号で動いているわけだし。魂と意識の所在をきっちりと証明できるのか? って話になっちゃうわけだ」

「モンスターは、魔素の結晶体が一般論ですよね」

「モンスターの行動はシンプルだからね。ダンジョンの侵入者を襲う。ダンジョンを広げるために侵略をおこなう。まるで命令されたみたいに。さっきのスライムも――」


 亜土は、マキドの冷たい視線を感じたので、咳払いする。


「コホン。まあつまりプログラム通りに動く、ロボット。それがモンスターの正体だと、オレも思うよ。むしろモンスターを発生させる『魔力渦』のほうが生き物ではないか、議論されたりするね」


 でなければ愛護団体が、モンスターを討伐するダンジョン攻略のプロスポーツ化を許さないだろう。今でもちょっとのそのあたりで論争が起きるが。

 亜土の説明が興味深いのか、みもりは楽しそうに耳を傾けている。


「亜土先生。幻双世界げんそうせかいでは、モンスターをどう思っていたんでしょう?」

「同じような考え方だったみたいだね。『使い魔』という言葉があるだろう? 魔物モンスターは使役されるものと考えていたみたいだ」

「なるほどなるほど!」

「ドラゴンが宝の番人であるのも、魔術師がそう動くようにプログラムしたようだね」


 にこにこ笑顔のみもりに説明を続けようとすると、リリカナが会話に入ってくる。


「じゃあせんせー。モンスターは命令通りにしか動けないから、よわよわなのー?」

「とんでもない! むしろ命令通りに動くから危険なんだ! もし生き物なら身に危険が迫れば逃げようとする。けれどモンスターは死ぬ間際になっても、命令を優先する。ある意味では飢えた獣より危ないよ!」

「へー❤」


 リリカナが艶めいて笑う。


「ど、どうしたの? リリカナ」

「真面目な表情のせんせーもいいなーって」

「そ、そっか……」


 亜土がたじたじになると、マキドの視線が鋭くなったので、背筋を伸ばした。


「高坂さん、道中に危険がなかったとはいえ、魔力渦を破壊するまで油断はできませんよ」

「……だね。魔力渦が、『異界の門』まで成長したら大変だ。気を引きしめるよ」

「異界の門まで成長って……場を和ます冗談かなにかですか? ありえませんよ」

「はは、冒険はありえないが起きるからこそ、冒険だしさ」


 亜土が苦笑してみせると、マキドはやれやれと嘆息を吐いた。


 育ちきったダンジョンは魔力渦が変化を起こし、『異界の門』を顕現させる。

 しかしレベルの低いダンジョンで、ダンジョンコアである魔力渦が『異界の門』まで成長することはありえなかった。


 数十年前に異なる世界を連結せしめた、異界の門。

 魔素をふんだんにとりこんだ門は強力なモンスターを生みだし、幻双世界からさらに危険なモンスターを召喚する。


 そうなれば、事態は学生の部活でおさまらない。異界の門からあらわれるモンスターは高等部の勇者部でも大怪我必須。放っておけばダンジョン周辺地域は暗黒大陸化するため、民間の冒険者パーティーを呼ぶか、あるいは軍を呼ばなければ対処しようがなかった。


 だからこそダンジョンの早期発見と、攻略は推奨された。

 スズメバチの巣とすこし似ているかもしれない、と亜土は思った。


(まあ、オレにはもう縁のない話か)


 勇者部で活躍した人間が、軍や公的機関にスカウトされることはよくある話だが、自分が異界の門にかかわることはありえないだろう。


 以後も雑談しながら安全な迷宮をどんどん進んでいく。


 そして、最深部につづく大きな扉が、目の前にババーンとあらわれた。


「到着だね。さあ扉の先にはどんな金銀財宝が待ち構えているのか、楽しみにしよう」

「ですね! 楽しみです!」「わーぉ、リリカナちゃん、明日からセレブ生活~?」「バカ言ってないで、早くあけてください」


 亜土の軽口は、三者三様の反応で返された。


 レベル1のダンジョンに金銀財宝なんてあるわけがない。

 よくて、ほんのちょっと便利な素材があるぐらいだろう。


 亜土はダンジョンから帰ったら、奢りでちょっとした打ちあげをしようか考えながら、ゆっくりと重たい扉をひらいていく。


「「「「――」」」」


 全員、言葉を失った。


 最深部に、異界の門カオス・ゲートが佇んでいたからだ。


 建物二階分はあるだろう、大きな空間。そこに、ロダンの地獄の門のような巨大な石造りの門があった。門には禍々しいモンスターたちのレリーフが掘られていて、内部から今にも凶悪なモンスターが飛び出てきそうな圧が放たれている。


 に最初に気づいたのは、魔力探知をしていたリリカナだった。


こうッ!」


 リリカナはタクティカルベストのポケットを触り、緊急防護符を発動させる。

 瞬間、リリカナを中心とした光のドームが発生して、全員を包みこんだ。


 すぐに大きな爪が襲いかかってきた。


 光のドームは爪の侵入を防ぎきり、バリバリッと火花が飛び散る。大きな爪はそれでもひるまず、亜土たちを結界ごと切り裂こうとした。


 グルルルルッと、地を這う獣の声がした。

 ツキノワグマより大きな獣がそこにいる。闇より濃い体毛。どんな剣よりも鋭そうな犬歯。魔犬の頭は三つもあった。


 三つ頭魔素獣――ケルベロスが、三つの頭から焼けつくような息を吐く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る