第5話 女子小学生と決闘!

 旧部室棟前のグラウンド。


 雑草が伸び放題のろくに整地されていない場所で、亜土あどと三人の少女は対峙していた。

 今にも決闘が起きかねない雰囲気のなか、特にマキドは全身から殺気を放っている。


「高坂さん、殺す気でかかってきてくださいね」

「妻夫木さんが実力者だとは知っているけどさ、こ、殺す気ではやらないよ」

「そうですか、私は殺す気でやります」


 マキドの瞳はマジでヤると書いていた。


妻夫木つまぶきさん、オレが悪かったよ。だけどさ、決闘は殺し合いじゃないって」

「決闘でも喧嘩でも殺し合いでもなんだっていいんです。そもそも私は自分より実力が劣る相手に、教えを乞う気はありません。私たちを相手してまともに戦えないのであれば、高坂さんはすぐにでもお帰りいただきます。元勇者部であれば、初等部三人相手でも、もちろん余裕ですよね?」

「……指導に関して、妻夫木さんがオレを不満に思うのはわかる」

「わかってくれてなによりです。それでは、きっちりと叩きのめしますね」


 三対一なのは、一応こちらのメンツを気づかってくれたらしい。

 ここで負けても三対一なら恥ずかしくはない、ということなのだろう。


 マキドはふんと鼻息を漏らすと、この世で自分より優れたものはないといった表情で、左手をかざしてきた。


魔力甲装アクラーゼ!」


 光の渦がマキドの左手に集まっていき、ぎゅっと凝縮する。

 そして光は、深紅の手袋となった。


 ドヤ顔でいたマキドに、亜土は目をひんむいて驚いた。


魔力甲装アクラーゼだって⁉ 己の魔力を戦闘に適した形で結晶化する、闘争魔法! 開花するのにセンスが問われ、形にするのに生半可な想像力では結実しない魔法を、まだ11歳の女の子が⁉⁉⁉」

「え、ええ、そうです……。急に長々と喋りますね……」

「その手袋の刻印……なるほど! 魔力伝導率を高める補助甲装にしたわけか! それなら妻夫木さんの多属性詠唱のタイムロスがさらに軽減される! すばらしい選択だ!」

「うう……思った反応とちがいます……」


 マキドがすこし引くように後ずさった。


「あははっ、せんせー、好きなことになると早口になるタイプかー」


 リリカナはケタケタと笑っていた。

 と、オタク気質を爆発させていた亜土に、みもりが歩みよってくる。


「あ、亜土先生ごめんね。こんなことになっちゃって……」

「……気にしないで。たぶん、この試練は避けられないことだから」

「試練、ですか?」


 みもりが不思議そうに目を丸めた。


「うん、妻夫木さんだけじゃない、みもりやリリカナに今のオレの実力を知ってもらわなければ、指導なんて納得できないと思うんだ」

「亜土先生……」

「正直、ほとんど言わるがままここに来たのはたしかだけど」


 亜土は、マキドと、リリカナと、それからみもりの瞳をまっすぐに見つめた。


「出会ったばかりでも、三人は素敵な子だとわかるよ」


 自分が思うより、三人はずっとずっと眩しく輝ける。

 中学生のころ、氷華ひょうかの活躍を初めて見たときのように、人を魅力できる存在になる。感動をふりまいてみせる。亜土にはその確信があった。


「三人がここで埋もれているのは忍びないよ。だから、少しでもオレが手伝いさせて欲しい」

「わたしたちの……ために?」

「迷惑かな?」

「ううん、そんなことないです!」


 みもりはぶるんぶるんと首を振ったあと、嬉しそうに笑った。

 素直な子だなあと、俄然この子の先生になりたくなってくる。


「オレにその資格があるか、君たちにも確かめて欲しい。君の力をオレに見せて欲しいんだ」

「は、はいっ! 亜土先生のためならいつだって!」


 みもりは力強くうなずき、タタッとマキドのもとまで駆けて行く。

 そして勢いよく振りかえったかと思うと、両拳を突き出して、高らかに叫んだ。


魔力甲装アクラーゼ!」


 みもりの両腕に光の渦が集まる。

 凝縮された魔力が、みもりの想像力と結びつき、形を描いていく。


 そして光は、銀の手甲となった。


魔力甲装アクラーゼ⁉ みもりも使えるのか! それに見事なまでの造形美! ようだ! 手甲はいい! うん、やはり手甲はいい! 大剣ほど破壊力はないけど、小回りが利くから戦場を選ばない!」

「で、ですよね! 手甲いいですよね!」

「うんうん、手甲はいいよ! ナイス選択だと思うよ!」

「え、えへへ……」


 亜土が褒めると、みもりは恥ずかしそう目を伏せた。


「でも、ただの手甲じゃあないんだよね?」

「は、はいっ! さすが亜土先生、鋭い指摘です! 見ていてください!」


 みもりは拳をかまえると、「えいっ」と地面に突き立てる。

 ボコンと地面が盛りあがり、みもりの前方の地面が爆発して、大きなクレーターができた。


「おおおおっ⁉ 絶大な魔力を拳から噴射する形で! なるほど! 暴れるホースの元栓を閉じるのではなく、方向性を与えることで制御しようとしたんだね! しかも手甲なら腕を守れるし、反動で傷つきにくい!」

「えへ、えへ」


 盛りあがる二人を、マキドは「なにこの二人……」と白けた瞳で見つめていた。

 興奮さめやらぬ亜土は、リリカナに期待をこめた瞳をおくる。


「……まー、リリカナちゃんも魔力甲装アクラーゼを使えますけどぅ」

「やっぱり!」

「でーも、えっちな衣装なので、まだせんせーには見せたくないかなー?」

「そ、そっか……残念だな……」

「あははっ、魔力甲装アクラーゼのことだと思いますけど、誤解を与える一言だぁー」


 亜土はワクワクしていた。

 一度は失いかけた情熱が、こんなにもあっさり戻ってきた。

 自分はやはり勇者部が、冒険者が、ダンジョン攻略が大好きなのだと実感する。


 是が非でも彼女たちの先生になりたい。そう亜土が覚悟を決めたとき、マキドはほくそ笑んだ。


「ふーん、すこしはやる気になったようですね」

「ああ! オレの実力を君たちにみてもらうよ!」

「ま、すぐに私に打ちのめされてお帰りになるのは明白ですが。無駄な努力、がんばってくださいね。ほら、さっさと装備でもアイテムでも取ってきたらどうですか?」


 マキドは愛らしく微笑んで見せる。

 イヤミでもそうやって笑えばとても可愛いのにと、亜土は呑気に思った。


「無駄な努力かやってみなければわからないよ」

「わかりますよ。魔力なしが、に勝てると思っているんです?」

「……うん、今の一言で確信した。君は、オレに勝つことはありえない」


 マキドが片眉をあげる。


「ありえない、と言いました? 魔力なしが、ありえない、と」

「言ったよ。妻夫木さんは、なんの装備もないオレに勝つことはありえない。何百回戦ったところで、今のままでは絶対にね」


 絶対と言いきられ、マキドの表情が険しくなった。

 リリカナはちょっと驚いたような表情でいて、みもりはドキドキしたような表情でいる。


 てんで表情がバラバラな少女たちだ。まとまりがない。

 問題児だとボロボロの部室棟に追いやられた少女たちが、いつか力を合わせてダンジョンを攻略し、同じ笑顔になった姿をどうしても見たくなる。


 彼女たちの先生になるためにも、亜土は悠然と拳をかまえた。


「それじゃあ最初の指導だよ」

「っ⁉ 後悔してもしりませんから!」

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