第6話 亜土の実力

「っ⁉ 後悔してもしりませんから!」


 マキドが左手にはめた真紅の手袋をかざすと、手のひらの先に、魔方陣が浮かぶ。


 亜土あどは拳を悠然と構えていたが、まあ癖だ。

 拳を使うつもりは鼻からなかった。


土竜爪モール・ベアー‼」


 マキドの足元から、爪のような魔力の波動が、地面を隆起させながら襲いかかってくる。


 良い判断だと亜土は思った。

 こちらは魔力なし。

 それに近接戦闘を主体とした構えだ。牽制と一緒に足場を悪くしたのだろう。


(オレが避けたところを追撃。土系統の魔法で足場を狭めていって、大技でフェニッシュといったところかな。多属性の特性をよく理解している……けど!)


 亜土は、土竜爪モール・ベアーを避ける場所を限定した。


「みもり⁉ そ、そこに立たないでください!」


 亜土が魔法を避けた先、マキドの射線上に、みもりがいた。

 みもりは前衛の役割を果たそうと、亜土との間合いを詰めようとしていたのだ。


「えっ⁉ マキドちゃん⁉ ま、待って! ストップ!」


 マキドは左手を引っこめ、慌てたみもりは態勢を崩した。

 その隙を狙い、亜土はみもりの額を人差し指でぺちんと叩く。


「はい、みもり撃破ね」

「あう~~~~」


 額を優しく叩かれ、どこか嬉しそうなみもりをよそに、亜土はマキドとの間合いを一気に詰める。


 目算、六足。

 腰を使った重心移動。古武術を応用したこの動きに慣れていない相手ならば、距離感わからずに戸惑うだろう。


「くっ! ロック――」


 マキドはしかし即座に反撃しようとする。


(さすが!)


 だから亜土は視線を横にやった。

 あたかもそこにリリカナがいるかのように避けるフリをすると、マキドはまた手を引っこめた。そのわずかな隙を、亜土は一気に詰めきり、額を指で叩く。


「はい、妻夫木さんも撃破ね」

「っ~~~~~~~~~~!」


 悔しそうに唇を噛んだマキドが、きっと睨みあげてくる。


「あ、あなたね! 今のは――」

「文句はちょっと待ってね」


 亜土は背後からこっそり忍び寄ってきたリリカナにふりかえり、ぺしんと額を人差し指で叩いた。


「はい、リリカナも撃破。これで三人とも全滅だね」

「あは~っ、せんせーの隙を狙ったのに、あっさりやられちゃったー」

「君はやる気なさそうでも、抜け目はなさそうだったからね。美味しいところを狙ってくると思ったよ」

「へー? ……へー❤」


 リリカナはあっさり返り討ちされたのに、なぜか機嫌よさそうだ。

 みもりも嬉しそうにニコニコしている。


 唯一、マキドだけが不機嫌をあらわに噛みつくように叫んできた。


「い、今のはノーカンです! あ、あんな卑怯な真似、許せません!」

「卑怯? なにが?」

「みもりを壁扱いしたことです! あんな風に立ち回られては攻撃できません!」

「本当に君が攻撃してきたら守っていたよ。それとも、妻夫木さんは攻撃を止める自信がなかったの?」


 亜土に問われ、マキドは言葉を詰まらせる。


「そ、それはですね……」

「パーティー戦において、連携の隙を突くのは定石だ。人間だけじゃない、知能のあるモンスターなら確実に隙を狙ってくるよ」

「す、隙を狙ってくるとわかれば次は対処できます!」


 亜土はゆっくりと首をふる。


「いいや、何百回戦っても妻夫木さんたちはオレに負けるよ」

「っ⁉ そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃないですか! 無駄な努力だとでも言いたいんですか!」


 マキドは怒りで我を忘れたらしい、さきほど自分で使っていた煽り文句をそのまま使っていた。プライドの高い彼女を怒らせるのはよくないと思うが、これから彼女と対話を重ねるなら、きっと変に気づかってはいけない。心苦しいが。


(安心院先輩も……同じ気持ちだったのかな。オレ、諦め悪いし)


 亜土はふうと深呼吸してから告げる。


「妻夫木さん、君はオレに『に勝てると思っているんです?』と言ったね」

「い、言いましたよ! それがなにか!」

「最初から君一人の力で戦うつもりでいたんだろう? だから『私たち』ではなく、『私』と言ったんだ。妻夫木さんは仲間と連携して戦う意識が抜け落ちている。このままでは、何度やっても『君たち』はオレに勝てない」


 三人の少女たちは、それぞれ顔を合わせる。

 誰かを責めるといったわけではなく、自分の足りないところをたしかめるように見つめ合っていた。


 ただ、マキドはまだ納得できないようで不服そうにつぶやく。


「……高坂さんと一対一なら勝てます」

「だろうね。妻夫木さんの実力なら勝てると思う。けどね」

「……けど?」

「冒険は、ダンジョン攻略は、仲間とするものだよ」


 マキドはぐっと感情をこらえるように目を伏せた。

 そんなこと言われなくてもわかっている。そんな表情だ。


「連携意識の欠如は、オレだけじゃなく講師からも指摘されたことだと思う。頭では理解できていても、君自身が納得できていないんだ。魔力なしのオレに、あっさり隙を狙われたこと、よく考えて欲しい」

「~~~~~~っ」


 マキドは顔を紅潮させて、瞳にすこし涙をためていた。

 プライドが高い彼女だ。悔しくて悔しくて仕方がないのだろう。

 マキドは自分の表情に気づいたようで、さっと背中を向ける。


「……今日は帰ります。お疲れさまでした」

「それは、明日もオレはここに来て良いってこと?」

「知りません! 勝手にしてください!」


 マキドは足早にこの場を去って行った。

 みもりが心配そうに彼女の背中を見つめていたので、亜土はそっと告げる。


「ごめん、妻夫木さんのフォロー。お願いできるかな?」

「は、はい、わかりました。それでは先生、また明日!」


 みもりは仰々しくお辞儀をすると、パタパタとマキドのあとを追っていく。


「じゃ、リリカナちゃんもマキドちゃんを慰めてあげますかー。せーんせー。また明日ねー」

「……うん、また明日!」


 リリカナが笑顔で去って行く。

 また明日の言葉を噛みしめながら、亜土は新たな一歩を実感していた。

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