第4話 問題児たち

「――ということで、今日から君たちを指導することになった、高坂=L=亜土あどです。みんな、よろしくね。元勇者部で、知識は誰にも負けないつもりだから、安心して欲しい」


 亜土は教壇から、三人娘を見つめながら言った。

 一番近くの席にいた、北条ほうじょうみもり(着替え済み)が満面の笑みでこたえる。


「は、はい、よろしくお願いします! 亜土先生!」

「せ、先生……。立場上は、オレは先輩が近いかな」

「わたしたちを指導してくれるなら先生なので!」

「う、うん、そっか。まあ、好きに呼んでくれてかまわないよ」

「はい、亜土先生!」


 みもりはキラキラした瞳で見つめてくる。

 さきほどの醜態をすべて忘れたかのようで、亜土はちょっとせなかった。


(なんだか向こうはオレを知っているみたいだけど、記憶にないんだよなあ)


 亜土は、教壇机に置いた部員名簿に目をやった。


 北条みもり。11歳。

 素直で向上心が高い。大魔堂学園初等部の勇者部に、歴代最高の魔力を記録して入部。

 備考:その絶対な魔力は、いまだ制御できておらず、感情のゆれ動きにより暴走する。巨大な花が咲きはじめた際は、その場から逃げるが良し。


 なるほど、と亜土はうなずいた。


「それじゃあ、北条さん」

「そ、そんな! 北条さんなんて!」

「えっ……ダメだった?」

「わ、わたし、生徒なのですから、み、み、みもりで大丈夫です! み、みんなみたいにみもるで、はい、結構なので! 仲間感ありますし!」

「それじゃあ、みもり……?」

「え、えへへ~~~」


 みもるはふにゃーとだらしない表情になった。

 簡単な自己紹介をしてもらおうと思ったが、この様子では後回しにしたほうがよさそうだと、亜土は彼女の左の席に座っていた、黒糖こくとうリリカナに視線をうつした。


「それじゃあ、黒糖さん」

「リリカナでいいよー。せーんせ」


 リリカナは、小学生らしからぬ艶っぽい笑みを向けてきた。

 というか、スカートをほんのりたくしあげ、生足すら見せつけてくる。

 銀髪ツインテールと子供らしい髪型だが、扇情的な蒼い瞳に、艶のある唇。ふくらみはじめた身体は大人への一歩を踏み出していて、小学生なのに妙な色気をまとっていた。


 亜土はちょっと言葉に詰まる。


「……そ、それじゃあリリカナ」

「なになに? せんせー、リリカナちゃんに、なにをお願いするのかなー?」

「……簡単な自己紹介をお願い」

「自己紹介? プライベートなことはー、せんせいーと二人きりのときに話したいなー」


 男を誘うような言葉や仕草に、亜土は思わず目を逸らす。

 逸らすついでに部員名簿をたしかめた。


 黒糖リリカナ。11歳。

 人と魔族のハーフ。スカウト生徒。高等部でも通用する、幻影と魅了術の使い手。

 備考:基本的にやる気がない。無理に練習させようとすると、術や言葉で煙に巻く。誘うような発言は多いが、うかつにのれば途端に興味を失う。受け流すが良し。


 なるほど……と、亜土は視線を右にやる。


「……それじゃあ、マキド」


 リリアナが「えー、せんせーつれなーい」と嬉しそうな反応をしていたが一旦置いて、妻夫木マキドに視線を合わせようとした。


 マキドはむすっとした表情でいた。

 黒くて長い髪は綺麗に梳かれていて、座り姿が美しい。どこか気位の高さを感じるが、少女特有の柔らかさも秘めていて、大人びた少女といった文句がピッタリな子だった。


「なんで私の名前を呼び捨てなんですか」

「えっ⁉ な、流れでつい……そういうものかなと……」

「そういうもので、小学生女児を気軽に呼び捨てするんですね。犯罪者さんは」

「……二度と呼び捨てはしないから、妻夫木つまぶきさん」


 マキドはふんっとそっぽを向いた。

 彼女が例の子なのだなと、亜土は部員名簿に目をやる。


 妻夫木マキド。11歳。

 極めて珍しい、五属性魔法使いクイテット・ウィッチ。本人の学習能力も高く、卓越した魔術操作の持ち主。

 備考・父親が元勇者で、母親が大魔導士グランド・ウイッチ。そのせいか本人のエリート意識が高く、プライドも高い。相手が能力不足だと判断すれば、教師の話を聞こうとしない。協調性は皆無。


 なるほど…………と、亜土は肩をさげた。


「それじゃあ妻夫木さん、簡単な自己紹介をお願い」

「なぜですか? その部員名簿に私たちのことは書いてありますよね? いかに、個性的な生徒であるか、十分に理解できたはずでは?」


 マキドは親の仇でも見るような目つきだ。

 これは下手な嘘は反感をかねないなと、亜土は言葉を選ぶ。


「名簿は、あくまで教師側の所感だから気にしないで」

「そーですか。それじゃあ私もあなたへの所感を述べますが、気にしないでくださいね」

「オレへの所感?」

「はい。魔力を失って、勇者部をクビになった高坂さん。私はこんなとこでいつまでも補欠の身分に甘んじているつもりはありません。貴方に教わっている時間はないんです」


 マキドは起立して、亜土を抗議するように睨みつけてきた。


「……どうしてそれを」

「高等部のパーティーメンバーはチェックしています。……半年前から魔力を失った部員がいることも知っていました。その席を誰もが欲しがっていたこともです」

「隠すつもりはなかったんだけど……」

「どーだか。……はみだし者は、はみだし者の相手ってことですかね」


 寮問題を気にしてくれた安心院先輩に言われ、初等部まできたのはたしかだ。少女たちが不安にならないよう意図的にその話題を避けたとはいえ、一から十まで彼女たちのためとは言いきれず、亜土は口を閉ざした。


「えー。リリカナちゃんは別にかまわないけどなー。おもしろそーな、おにーさんだし」

「万年やる気なしのリリカナは黙っていてください!」

「きゃー、マキドちゃんこわーい!」


 生徒同士で諍いをはじめてしまい、亜土は困ってしまう。

 と、みもりが悲しそうな表情で亜土を見つめていた。


「あっ……。ガッカリさせたよね……」


 亜土は頭を小さく下げる。なにせ名門の勇者部から来た人間だというのに、魔力なしだ。

 向上心が高いと記述されていた彼女なら、さぞ落胆したにちがいない。

 そう思っていたら、みもりが拳を握りしめながらガタリと席を立った。


「わ、わたし抗議してきます!」

「抗議⁉ なんで⁉」

「あ、亜土先生をクビだなんてダメ! だ、誰に抗議すればいいんですか⁉ あの冷たいお姉さんですか⁉」

「安心院先輩はどちらかといえば辛抱強く待ってくれた人で……」

「そ、そ、そんなの、亜土先生が……亜土さんが……」


 みもりがわなわなと身体をふるわして、マキドとリリカナがそそくさと部屋から立ち去ろうとした。


 マズイ。

 そう悟った亜土は、優しい笑みでみもりを落ち着かせようとする。


「み、みもり、落ち着いて、落ち着いて、ね? オレは大丈夫だから」

「そんなのダメなの~~~~~~~~~~~‼‼‼」 


 巨大ヒマワリが、亜土の真下から生えてきた。


「はべっ⁉」


 空中に跳ねあげられた亜土は、吸いこまれるようにマキドに飛んで行く。


「ちょ⁉ こっちに来ないでください犯罪者! 風縛封ウィンド・ロック‼」


 マキドは慌てて風魔術を行使する。

 衝撃を和らげるという意味では、風魔術の選択は正解だ。素晴らしい才だ。


 しかし風をまとった亜土が接近することにより、マキドのスカートがめくれあがり、亜土はそのまま少女の股間に顔からつっこんだ。


「ふがっ⁉」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ」


 柔らかい布地が亜土の鼻先に押しあたる。

 大人びた少女のパンツは、ウサギ柄のパンツだった。


(あっ……。オレ、死んだ…………)


 社会的な死を覚悟した亜土は、おそるおそる鼻先をパンツから離して、顔をあげる。

 羞恥で真っ赤のマキドが、今にも喉笛に食いついてきそうなほど睨んでいた。


「け、け、け、け、決闘です~~~~~~‼‼‼」

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