第3話 亜土の新たなはじまり、そして人生の終了

 時は戻って、放課後。

 亜土あどは大魔堂学園初等部に向かうため、学園バスに乗っていた。

 大魔堂学園の敷地は、地平線いっぱいまで森が広がっている。

 おかげで、敷地内でのバス移動が当たり前だったりした。


 学園は、元世界げんせかいの人間が魔力を調査するための研究機関がはじまりで、魔素が充満しやすく、ダンジョンが湧きやすい大森林に建てられた経緯がある。いつしか日本有数の、魔力適性のある人間の養成機関となり、それがこんにちの勇者部の発展につながっていた。


『――あのね、高坂君。先生になってみない?』


 車窓で過ぎさる、学園の景色を横目にしながら、亜土は氷華ひょうかの言葉を思い出した。


 なんでも初等部の『勇者部』の……補欠を指導してもらいたいらしい。

 優秀だけれど、ちょっと、ほんのちょっと面倒で、欠点に目をつむれば可愛げのある生徒を指導することで、勇者部の未来に貢献できる。

 それなら寮に残れるのだとか。


『どう? 返事に時間が欲しいなら、私から顧問に待つよう連絡しておくけど』

『時間はいりません! 任せてください! がんばります!』


 亜土は威勢よく答えた。

 歯に衣をきせない氷華が周りくどい言い方をしたのは気にかかったが、自分にできることならなんでもやりたかった。


(……気持ちの整理にもなりそうだし)


 勇者部をクビになって、宙ぶらりんのままなにもしないよりマシだと思った。

 そうやって思い返している内に、学園バスは大魔堂学園初等部前に到着する。


 亜土はバスを降りて、立派な部室棟までやってきた。

 セキュリティが行き届いた近代的な建物が、どでーんとたたずんでいる。

 大魔堂学園は勇者部だけでなく、魔力にかかわる分野に力をいれており、初等部であっても立派な部室棟だ。


 ちなみに、この部室棟に用はない。

 森を抜けた先にある、旧部室棟が目的地だった。


「ボ、ボロい……」


 亜土は思わずそう漏らした。

 旧部室棟は、木造一階建てのオンボロ校舎だった。

 ろくすっぽ使われていないのだろう、窓は一部割れているし、屋根には雑草が点々と生えている。グラウンドなんかろくすっぽ整地されていないし、本当に学び舎なのか疑った。


(ここで、間違いないよな?)


 亜土は意を決して、旧部室棟に入る。

 室内もオンボロで、木張りの床が足を踏むたびキィキィと鳴った。ホコリ臭さを感じつつ、一部腐りかけた床を踏みぬかないよう、注意しながら廊下を歩く。

 そして、突き当りの教室に『勇者部(本物)』と書かれたプレートを見つけた。


「……本物か。本物ねえ」


 字に力が入っていて、怨念を感じる。

 不安を覚えたが、両手で頬をぐにぐに動かし、気合を入れた。


「よしっ」


 たとえ問題児であっても相手は小学生。

 恐れることはないハズだと、古めかしい扉をひらいて教室に入った。


 ――そこに、女の子が立っていた。


「マキドちゃん? リリカナちゃん? もう帰ってきたの?」


 あどけなさを残す、とても可愛い女の子。

 お着替え中だったようで、上半身は裸だ。

 わずかにふくらむ胸。華奢な肩。桃色のやわらかい長い髪は前にかかり、乳首を隠していてギリセーフ。窓から差しこむ光が、瑞々しい肌を照らしていた。


 女の子はこっちを見つつ、縞々模様のパンツを今にも脱ごうとしている。


 ドワッと、亜土の全身からイヤな汗が流れた。


「ご、ご、ご、ごめん」

「あ、あ、あっ――」


 女の子は目を大きくさせて、口をパクパクと動かした。

 そして、熱湯でも浴びたように体中を真っ赤にさせた。


「ひゃわあああああ⁉⁉⁉」


 女の子は胸を隠しながら叫んだ。


「な、な、なんでなんで、男の人がいるのぅ⁉⁉⁉」

「こ、これには理由が! ってすぐ出るね⁉ ごめんホントごめん!」

「ひゃわあああああ‼‼‼」


 亜土は大慌てで逃げようとした。

 しかし。

 ポカンッ、と爆発音がして、教室内にふっ飛ばされる。


「いってぇ⁉ な、なんだあ⁉」


 巨大なヒマワリの花が、空中に咲いていた。

 突然あらわれた、茎なしの花に動揺していると、ポカンポカンといたるとこで爆発音がして、バンジーやらスミレの花が次々に咲いた。


「ひゃわあああああ‼‼‼」

「まさか魔力の暴走⁉⁉⁉」


 巨大な花は、女の子の叫びに呼応して、出現していることに気づいた。

 けれどあれだけ取り乱した状態なのに、花は明確な形を持って顕現している。

 無造作に、アトランダムに、教室内を埋めつくす勢いの花々。尋常じゃない魔力だ。


(な、何者なんだあの子⁉⁉⁉)


 魔力の暴走は続いていき、ボカンボカンと花が咲く。

 すると、巨大なヒマワリが机をはじき飛ばして、机は、女の子に向かって飛んだ。


「危ない‼」


 亜土は慌てて、女の子をかばった。

 がこんと背中に机が当たり、痛みに身をよじらせ、そのまま地面に倒れてしまう。


「っ~~~~~~っ……と。だ、大丈夫? 怪我はない?」

「~~~~~~~~ぁぅ」


 女の子は、自分の胸の下で真っ赤になっていた。

 息もするのも苦しそうに、目に涙をためている。


 亜土は、ハッと気づいた。

 自分は今、上半身裸の小学生女児を、教室の床に組み伏せている。

 小学生女児のほんのり汗ばんだ身体とか、女児の膝がちょうど自分の股あたりをモゾモゾと蠢いているのとか、すばらしく犯罪臭がする。


 警察。牢屋。社会的地位のはく奪。

 亜土の頭に恐ろしいワードが浮かんだ。


「……亜土、さん?」

「え?」


 女の子は熱を帯びた瞳で、じっと見つめていた。

 叫ぶのも忘れたように、信じられないといった表情でいる。


(この子、オレの名前を言ったか? ……知らない子のはずだよな)


 魔力の花が次々に消えていった。どうやら落ち着いたらしい。

 ひとまず、この場からすぐに立ち去って、あとでしっかり謝ろう。

 そう亜土が立ちあがる前に、教室の扉がガラリとひらく。


「みもり⁉ 今の叫びはなんです⁉」「みもりちゃーん、どーしたのぅ?」


 初等部の制服を着た女子二人が、入り口に立っていた。


 長い黒髪の女の子が、汚物でも見るような顔でこっちを見ている。

 銀髪ツイテールの女の子が、獲物でも見つけたような目でこっちを見ていた。


 とにもかくにも弁解だと、亜土は慌てて説明しようとした。


「お、落ち着いて話を聞いて欲しい――」

「弁解は私たちではなく、警察に言ってください」


 黒髪の女の子がスマホをさっと手にした。


「ま、待ってくれ! 通報はホント待ってくれっ‼」

「動かないでください、この犯罪者! 風縛封ウィンド・ロック! 土塊流個ロック・アート!」


 黒髪の女の子が右手をかざし、手のひらの先に魔方陣が描かれる。


 一瞬で風が巻き起こり、亜土の身体が持ちあげられる。

 そして、床から湧いてきた土の塊が、亜土の両手足をがんじがらめに固定した。


「なっ⁉ 連続魔法⁉」

「下手に動けば、手足を折ります」

「相反する風と土属性の魔術をタイムロスなく詠唱して、オレだけを風で持ちあげて、一瞬の内に土で固める⁉ な、なんて素晴らしい詠唱技術! なんて、す、すばらしい想像力なんだああああ!」


 勇者部オタクの亜土は、興奮気味に叫んだ。


「な、な、なんですか、この犯罪者……」


 黒髪の女の子が気持ち悪がっていると、銀髪の女の子が妖しく微笑む。

 と、銀髪の女の子がふっと消えた。


「え?」


 亜土が視線を彷徨わせると、銀髪の女の子が間近に突然あらわれ、腰に抱きついてきた。


「ねーねー? おにーさん、小学生に興奮しちゃう人なのー?」

「え? い、いやそんなことは……」

「でもぅ? みもりちゃんに覆いかぶさっていたわけじゃん?」

「うっ……」

「いーけないんだ、いけないんだ。そんなおにーさんは、リリカナちゃんが足腰立たなくなるまで搾りとってあげようかなー❤」


 リリカナは蠱惑的に微笑んだ。


「と、ところでいまの幻影術だよね?」

「んー? 姿を消したのー?」

「幻影術は、発現に極めて複雑な魔力操作を必要とする! それをいともたやすく、まだ小学生の君が! 君たちは一体なんなんだ! 凄すぎるよっ!」

「あはっ、おもしろいおにーさんだー」


 リリカナは新しい玩具を見つけたかのように笑う。

 反して、黒髪の女の子は憎悪の視線で亜土を見つめてきた。


「なんなんだは、こっちの台詞です。気持ち悪いので口を塞ぎますね、犯罪者さん」

「ま、待って! きちんと弁解――うぐっ」


 土魔術で口をふさがれ、あわやロリコン犯罪者として警察のお世話になりかけた亜土だったが、みもりと呼ばれた少女が待ったをかけた。


「そ、その人は大丈夫なの! わたしがまた暴走したの!」

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