第2話 君の臓器はファンタジー

 安心院あじむ氷華ひょうかからクビを言い渡される、すこし前のこと。

 大魔堂総合病院魔導科の、診察室にいた亜土あどは、老齢の医者から経過報告を聞いていた。


「うん、君の魔力はスキルに変わったようだね」

「ス、スキル?」


 医者はうなずくとレントゲン写真を指さした。


「ほら、心臓のそばに新しい器官が見えるだろう? 上行大魔力臓……別名、ファンタジー臓器と呼ばれているものだね」

「あると……マズイのですか?」

「心配することないよ。体内で循環する魔力を、効率よく運搬するための臓器だから。元世界げんせかいの人間は本来持ちあわせてないものだけど、魔素が世界に満ちて、異種婚が当たり前になった今、生まれながら持っている者は多いね。まあ、後天的に生まれるのは稀だけど」


 医者の説明を、亜土はハラハラしながら聞いた。

 ちなみに元世界げんせかいとは、亜土が住む世界のことだ。

 門の向こう側、ファンタジーな世界は、幻双世界げんそうせかいと呼ぶ。


「あのぅ、効率よく魔力を運搬する臓器なのに、どうして魔力を失ったんですか」

「ファンタジー臓器は、スキルを発動するための器官でもあるんだ。元世界の人間でスキル持ちが少ないのはこの器官がないためだね。君の場合……このファンタジー臓器の異常発達が見られる。成長期に魔力負荷をかけすぎたね。大人でもまいってしまう量だよ」


 練習のし過ぎだと暗に言われて、亜土はしゅんした。

 医者は患者をしっかりと反省させてから、ゆっくりと語る。


「ファンタジー臓器の異常発達により、君はユニークスキルを得たようだ。君の魔力は、そのユニークスキルを発動するために使われている」

「えっ⁉ オ、オレにユニークスキルですか!」


 亜土の表情がぱっと明るくなった。

 これでとんでもないスキルなら勇者部に貢献できる。安心院先輩の負担にならずにすむと嬉しくなった。


 が、医者の顔はよろしくない。


「……ユニークスキルは本当に稀でね。100万人に1人の確率で発現するんだ」

「特別感がありますね!」

「喜んでいるところ悪いけど、対処法が少ないということでもあるんだよ。経過観察しながら診断を受けてもらい、どうにか君のスキルはわかったが……」


 医者は言い淀んでいた。

 魔力が使えない今より悪くはならないだろうと、亜土は前のめりになって聞く。


「それで! オレのユニークスキルはいったいどんな⁉」

「魔力付与による身体・魔力強化。言わば強化能力者バッファーだね。しかも亜土君の場合、君の記憶や経験を伝えることができる」

「す、すごいじゃないですか!」

「発動条件は、唾液などによる体液接触。魔力循環にともない、興奮効果もあるようだね」


 希望に瞳を輝かせていた亜土に、医者はすこし困ったように咳払いした。


「コホン……まあ、つまりだね。体液接触はキスとか、女の子とねんごろとかだね」

「キスとか……? 女の子とのねんごろ……?」


 亜土の目が点にする。


「ハッキリといえば、女の子とやらしいことしなければスキルが発動できないね。君のスキルが、相手のファンタジー臓器に影響を与える際、心臓の鼓動と連動して興奮状態にもなるし、なんというか、どうしてもそういう雰囲気になると思うよ」

「そういう雰囲気……。なんだか……犯罪臭がするのですが?」


 医者は目を逸らした。


「ちなみに亜土君が記憶を伝える際、相手の記憶を覗いてしまう可能性があるから、よほど信頼されなきゃというか、スキルが使える相手はもうそれ将来の伴侶レベルだよ」


 なんだそれと、亜土の頭が理解を拒む。


 とりあえず、魔力は失いましたが、ユニークスキルができましたと氷華に報告したとする。

 で、どんなスキルなのか喜々と語った際、彼女の反応を想像する。


『そんな気持ちわるいスキルを覚えたなんて、高坂君、二度と勇者部を名乗らないで』


 冷たい瞳の彼女を楽に想像できて、亜土は泣きそうになった。

 こんなスキル、部活の仲間に使えるわけがないし、打ちあけたくもない。

 起死回生のユニークスキルが卑猥なものと知り、亜土はさらに絶望した。


「あの……。このスキル、オレが覚えたってこと……秘密にしてくれませんか……」

「そのほうがいいだろうね。このスキルを覚えた人間の評判はいつもよろしくない」

「……オレ以外にもいたんですか?」

「症例が少ない分、研究レポートが多くてね。ユニークスキル『秘密指導シークレット・コーチ』を覚えた以前の人間は、なんでも捕まったようだね」

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