あぶない勇者の育て方 ~勇者部を追放された俺、女子小学生の先生になる。スキル「秘密指導」で導く内に、最強ロリハーレムが誕生。教え子から関係を迫られて、大変あぶない状況です~

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第1章 未来の勇者は問題児ばかり

第1話 勇者部をクビになりました

高坂こうさか君。貴方は今日かぎり、勇者部をクビよ」


 高坂=L=亜土あどの耳に凶報が告げられる。

 まだ春の面影がのこる、大魔堂学園高等部。

 剣や盾や魔導書やらが整然と並べられた『勇者部』の部室で、亜土は呆然と立ち尽くした。


「オレ…………クビ、ですか?」


 亜土のいつも優し気な表情が、可哀そうなほど崩れてしまう。

 ここで泣いたところでクビが取り消されないことを、彼はよく知っている。


 主将机に泰然たいぜんと座っている、彼女――安心院あじむ氷華ひょうかは、この勇者部において絶対的な発言力をもっていた。


「ええ、クビ。明日から練習に参加しなくていいから」


 氷華のキレ目の長い瞳がさらに鋭くなる。

 青色の長い髪。新雪のように真白く、なめらかな肌。雪魔女フローズン・ウィッチの血を引く彼女の言葉は冷たい魔力を帯びているようで、並みの男子なら沈黙するだろう。


 それでも、亜土は震えながら彼女にたずねた。


「ど、どうしてですか⁉ 安心院先輩!」

「本当に理由がわからない?」

「………………オレが勇者部で役立たずだから」

「そうね。高坂君は勇者部のパーティーで、前衛も後衛も補助もできない。どの役割をこなせないもの。文字通り、役立たずだわ」


 尊敬する先輩に渾身の一撃をかまされて、亜土は下唇を噛む。

 部室の外から、わーわーと部活に励む声が聞こえてきた。


「試合、決まるわね」


 氷華は冷たい表情でスマホを操作して、備えつけのテレビの音量をあげる。


『――ここで決めたぁ! ハイリンケ得意のエーテルストライクゥゥゥゥゥ! 両手剣がドラゴンの頭に深々とつき刺さる! ハイリンケ=田中! ハイリンケ=田中が、ファーストシーズンのポイントトップに躍り出たあああああ!』


 爽やかな好青年が、カメラに向かって笑顔で手をふっている。

 その背後には、雄々しいドラゴンが地に伏せていた。


『ダンジョンマスターカップ! 輝かしい勇者になるのはハイリンケ=田中か! それとも彼を懸命に追いかける、マスコビロ=トーマスか⁉ ファーストシーズン最終試合! 熱い展開となりました!』


 氷華がテレビの電源を切った。



 異界の門がひらいたのは数十年前のこと。

 物語上の存在でしかなかったファンタジーな住人やモンスターが、異界の門をたどってこの世界にやってきた。


 もちろん、世界は大混乱に陥った。

 なにせモンスターは獰猛だし、ファンタジーな住人たちは多種族でまったく統率性がない。

 彼らは魔法でもめごとを起こすわで、争いが絶えなかった。


 それもそのはず、世界征服をたくらむ『魔王』が暗躍していたのだ。

 最終的に世界中を巻きこんだ『人魔大戦』が勃発して、どうにか魔王を討伐する。

 種族同士、世界同士の対立と、大小さまざまな問題は残されたがゆっくりと対話を重ねていき、いつしかファンタジーが当たり前の世界になった。


 小さな変化として、世界中の人間が魔法やスキルを使えるようになった。

 異文化交流が盛んにおこなわれ、氷華のようなファンタジーな住人とのハーフも誕生した。


 一番の大きな変化は、日常的に『ダンジョン』が湧くようになったことだろう。

 魔素が世界に満ちあふれた結果、最寄り駅に、コンビニ前に、玄関ひらいて二分でダンジョンなんてこともザラに起きるようになった。


 ダンジョンは放っておけばモンスターが湧きつづけ、深部の魔力渦を破壊しないかぎり、存在しつづける。ダンジョン攻略を主にした自警団や公共機関も設立され、ダンジョン攻略は日常化とした。


 プロスポーツ化だってしている。


 当初は、勇者が魔王を倒した記念式典として、戦争終結記念日に世界中の人間から選ばれた一人の勇者が、ダンジョンを攻略するという儀式だったが、いつしか国の思惑がからむようになり、世界各国でダンジョン攻略を興行する動きになった。


 今では、プロ冒険者を支援する団体、育成する学校が創られるほどだ。


 先ほどのマスターカップは、四大大会と呼ばれるもの一つだ。

 人為的につくったダンジョンをプロ冒険者が攻略し、ただ一人の勇者を目指す。


 この世界では、冒険者は子供たちの憧れだった。

 そして大人には大人の。子供には子供の。

 学生には、学生のダンジョン大会がある。


「高坂君。知っていると思うけれど、大魔堂学園の『勇者部』は今まで何人もの勇者を輩出してきた、伝統ある部活なの。この勇者部に在籍しているだけでも、スカウトの目に留まるぐらいよ。学園内で一番力を入れている部であることは、もちろんわかっているわよね」


 氷華は粛々と告げた。


「……わかっています。オレもこの部に入るため、がんばりました」

「がんばったで、片づけられるほど簡単に入部できる場所じゃないのだけどね。小中高エスカレート式の大魔堂学園に、高等部から一般入学。そこから厳しい試験をくぐり抜けて、『勇者部』に入部してくるなんて前代未聞だったわ。貴方が努力家だということはよくわかっているつもりよ」

「オレ、なんでもします! 雑用だって!」


 亜土は懇願したが、氷華はゆっくりと首をふった。


「雑用は間に合っているわ。OB、部員の親族、この勇者部が夏の大会で優勝するために、何人もの人が外部からサポートしてくれているの。必ず優勝すると信じて、ね」

「……武具磨きも、アイテム集めもなんでもやります!」

「高坂君。パーティーメンバーの制限は知っているわね」


 氷華の厳しい瞳に見つめられ、亜土は力なくうなずく。


「……はい。一部の学校に戦力が集中しないように、各校で『勇者部』パーティーメンバーの人数は決められています」

「貴方の席を欲しがる人は多いわ」

「け、けど……」

「魔法。もう使えないんでしょう」


 氷華は事実を述べるように言った。そこに気遣いの欠片はなかった。


 後天性の魔力喪失疾患病。

 亜土は高校一年の秋ごろに、突如魔力を失った。

 魔力の使えないパーティーメンバーは前衛としても役に立たない。練習のかたわら部員をサポートしているが、氷華の言うとおり、亜土は役立たずだった。


「……はい、使えません。経過観察中ですが、医者はもう戻らないと言いました」

「日常生活に支障はないのよね?」

「ありません。普通に生活する分には問題ないそうです」


 亜土は感情をかみ殺すように真顔で言った。


「……そ」


 氷華はふいと視線を落としてから、厳しい瞳を向けてくる。


「パーティーメンバーとして役に立たないのなら、この勇者部に置くわけにはいかない。はっきりと言うとね、無能はいらないの」


 容赦のない言葉だった。

 魔力を失ってから半年。この日はくると覚悟していた。


 自分には遠い世界だと思っていた、冒険の世界。

 自分と同じまだ中学生だった女の子が高校の試合に紛れ、活躍する姿に目を奪われた。次代の勇者であり、雪魔女フローズン・ウィッチの血を引く彼女に憧れて、大魔堂学園高等部に必死の努力で入学し、最難関とされる入部試験も見事合格してみせた。


 それもこれも憧れに突き動かされて。


 高校二年の春まで、辛抱強く待ってくれた彼女の意を汲むべきだ。

 彼女直々に退部を告げられたのが唯一の救いだろうかと、こみあげる感情をすべて吞みこんで、氷華に深々と頭を下げた。


「…………今まで、ありがとうございました。安心院先輩」

「…………」


 氷華はなにも言わなかった。

 氷の人形アイスドールとも呼ばれる彼女は、無機質な瞳を向けている。


「……高坂君、貴方の私物なのだけれど」

「はい、近日中にすべて持って行きます」

「それと寮。行く当てはあるの?」

「え? あ」


 亜土は寮について思い出した。


 大魔堂学園には、学生寮が存在する。

 優秀な生徒が学びに集中できるよう、手厚いサポートがうけられる寮だが、入寮審査はそこそこ厳しい。亜土は一般入学だが、勇者部の部員ということで利用させてもらっていた。


 勇者部を辞めた今、寮にいられる保証はない。

 というか、普通に追いだされる可能性が高い。

 亜土が冷や汗をダラダラ流していると、氷華が呆れたように息を吐いた。


「まさか、寮を追いだされる可能性を考えていなかったの?」

「は、はい、すいません」

「……はあ。貴方のことだから練習に集中するあまり、忘れていたのでしょうけど」

「め、面目ないです……」


 氷華がダメな後輩をじーっと見据えてくる。

 滅多なことでは笑わない、笑ったとしても作り笑いといわれる彼女が、ほんの少し柔らかく笑ったような気がした。


「あのね、高坂君。先生になってみない?」

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