第5話
ひと悶着あった職員室を無音で抜け、急いで教室に帰ってくると、月や瑞木は相変わらず海と話していた。俺もその中に入ろうかと思い近寄ろうとした。が、
「はい、次の授業を始めます。座ってください。」
と、俺のすぐ後ろからの声でやむなくやめた。俺の後ろにいたことにまったく気がつきもしなかった。
「号令は最初のうちは、私がやりますね。起立、気を付け、礼。」
(・・この人誰?)
先ほどの悪魔みたいな先生と打って変わって天使のような笑顔と声で号令をした。ついさっきの先生はどこいったのだろうか。だがそんなことは俺以外のクラスメートが知るはずもなく、
「「「お願いします。」」」
男女ともにわくわくした表情で授業に臨む姿勢を見せていた。
「今の時間は、色々配布物があるからそれをまとめる時間にします。じゃあ、一斉に配っていくからしっかりしまうようにね。」
そんな声とともに先生がせっせと配り始めるのだが、配るのになれていないのか一周するのに時間がかかっていた。今なら、先生とも仲いい(?)のに加えて「遅刻男」という俺のレッテルをすぐに剥がさなければならない。だから・・。
「先生、俺も手伝いましょうか。」
「いや、いいのよ明石君。このなかに大切な資料もあるから、私だけでやるわ。ありがとう。」
(誰だよこの人ぉぉ!!)
先ほどとは別人の笑顔の先生に丁寧に断られてしまった。二重人格にもほどがある、と強く心の中で思った。この先生のことだから二重以上もあるのではないかと思わざるをえない。
仮面をかぶった先生から配られた何枚目かの紙を後ろに渡そうとすると突然「きゃっ。」っと、かわいらしい声が隣からした。
先生が配っている紙を落としてしまったらしい。大丈夫だろうか。とりあえず俺の近くにあるものは拾ってやろうと思い数枚の紙を拾い上げた。
「あいよ。」
「あっ、ありがと。」
紙を落としたこの隣の女の子。たしか、俺の地元の隣町から来ている土屋(つちや)あやね。俺は自己紹介の時にまじで驚いた。
土屋あやね。その名は街をまたいでも誰もが知っている名だ。
なぜか。
可愛いからに決まっているだろう。
髪はミディアムかセミロングかその辺くらいの長さ、顔は整っており、ほぼ全ての人が、かわいいというレベルだ。ましてやそれだけでなく、身長は小学成高学年でもまだ通るくらい小さくかわいらしいのに加え、肌は雪のような白さでつやつやしている。またいざ会ってみると目線がうろちょろしていてまさに小動物。その辺が月や瑞木とは違うタイプのかわいさの特徴だ。あやねは一般的に言うと「ロリ」ってやつだと思う。だが、タダのロリではなんか上手くはまらない。
なぜか。
それは、こいつは見たところツンデレみたいでもなくもちろんツインテでもない。それでは、タダのロリに思えるが、こいつは、多分「私、頑張るよ!」みたいな感じの天然キャラで、俺らがついつい応援したくなってしまうような「ザ・カワイイ」のトップファイブに入るような感じだと思う。
にしても、ほんとに天然だったら月とキャラかぶっちゃうから俺も困ると内心思う。収集つかなくなるから。いや、でもやっぱ天然あった方が雰囲気に合ってていいというのも一理ある。【なんかお前・・】【・・キモいな】(・・うっせ。ほっとけ。)
だがそんなことを俺が考えても仕方がない。
なぜ俺が聞いたことがあるのかという話の途中だったなと思い出した。
それは、「かわいいから」というのに加えてさらにもう一つある。それは、「土屋あやねと会話をすると、一瞬で死ぬ」という噂があったからだ。単なる噂だと思っていたが、内心、隣町までくるのだからほんとにやばいやつなのではないかと疑っていた。しかし、今土屋あやねの話が隣の町まで来るほどのやばさがわかった。
それは、先ほど土屋さんが発した「ありがとう」という日本人にとってはなじみのある単純な一言。だが、聞いた瞬間で心が奪われた。いや、この程度じゃ足りないな。俺はあるいみ死んだ。聴いた瞬間天国に行ったような感覚がした。その理由はよくわからない。ただ、特別な何かを感じたのだ。ただならぬ、〝思い〟が感じられた。なんだったのだろう。何を秘めているのだろう。想像もできない。
「おい、だから俺の前でいちゃつくなって言ったろ。」
俺が土屋さんについて真剣に考えていたところに変態野郎(海)が邪魔しに来やがった。俺と土屋さんは普通の世間話をしていただけなのにわざわざ「いちゃついている」という解釈になるところが普通でない。
「いや、まて、海。俺らはいちゃついてなどないぞ。」
「大丈夫、お嬢さん?心に傷はないかい?いやだったら、俺に助けを求めるといい。そしたらこいつをブっ飛ばしてやるから。」
(なんで、俺が悪者みたいになってんの!)
んだが、土屋さんはここまでの会話から素直で真面目な子のように見える。よってこの後の行動は目に見えている。
「ひぃっっっ。」
それは引く行動ただ一択。想像通りの引き様だった。やはり土屋さんは真面目で素直だ。俺の目と頭に狂いはなさそうだ。
「おい、海あまりやり過ぎるなよ。初対面なんだから。」
俺は筋書き通り土屋さんの味方になり、海を徹底的に陥れることにした。
「俺は、その子を助けようとしただけだ。」
「いえ!それは、助けというものではありません!」
海の言うことが理解できている人は多分ゼロだろう。だが嘘はついていないように思える。それに対して土屋さんはさっきまでのおどおどが消え去ったようなキリッとした面持ちで悪代官をやっつけている。
「本当にそうなら、もっと心がこもっているはずです!あなたがその気持ち悪い心をしている限り、私はあなたを信用できません!!」
「うっ・・。」
(いやいや。「うっ」ってなんだよ。そんな反応普通しねえよ。)
と思っていたが、なんだか海の様子がおかしい。失礼。訂正しよう。海の様子はいつもおかしいのだが、今のこいつは机に顔を突っ伏していてかろうじて息をしているようだ。おそらくだが、今まで月や瑞木の対応に耐えてきたダメージにプラスして、土屋さんに心をやられてしまったのだろう。
「その辺の人たちうるさいよ~。って、また明石君か。少しくらいじっとしていてね~。」
「すみません。」
(なんで俺が怒られなければならないのだろうか。うるさいのはこいつのせいだろ?)
と思いつつ先生の顔を覗いてみると、かすかに顔の表面に血管が浮き出ている。
これはかなり怒らせているのだと推測、いや断言できる。
「天野君。大丈夫?体調でも悪いの?」
菅野tは優しく海に問いかけた。
(何も知らなかったら普通に優しい先生なんだけどなぁ。)
「い、いえ。だいじょおぶです。」やはり明らかに海がおかしい。
これはあくまで予想だが、土屋さんは〝心〟が秀でているのではないか。
俺が感じたグッとくる感じや海が土屋さんにだけダメージを受けていることから、そう予測できる。だが断言はまだできない。ただの偶然の可能性もある。
「そう。でも、なんかあったら言ってね。じゃあ、配り終えたから説明を始めるよ。まず・・・。」
〝声〟の月に〝目〟の瑞木、そして〝心〟の土屋さんか。
(・・・なんかスゴくね。必殺技持つ戦士(ヒーロー)みたいなんだけど。やっべ、テンション上がってきた!)
キーンコーンカーンコーン
「っと、もう授業が終わりね。じゃあ、今日はこれで終わり。その手紙はなくさないように。あと、明日から通常授業だから授業の持ち物持ってきてね~。保護者の方たちは別の教室で説明を受けているから、親と帰る人はこの教室で待機するように。帰りたい人は、各自で下校をしてね。じゃあ起立、気を付け、礼」
「「「さようなら」」」
先生のそんな言葉と共に、教室の生徒は蚊(か)のような小さな声で挨拶をした。みんな、どうすればいいか迷っているのか、先生の美貌に緊張しているのか、それとも急に解散になって戸惑っているのかわからないが、なんか空気が重かった。今、俺が変な動きを見せれば確実に変な目で見られるだろうから、ここは軽めにそして素早く行動するのが吉だろう。
「うし、じゃあ月、瑞木、海、帰るぞ。」
と、皆を活性化させるために、わざと大きめに声を出した。あとは、今のうちに目立っておいた方がいい、っていうのもあるが。【おい】【さっきのと矛盾してんだが】(・・俺がそんなマジメちゃんにみえたのか?)【たしかにな】【お前はそういうやつだったな】(・・なんか見下されてる気がする。)
「あ、そうだ。土屋さんも一緒に帰る?今日帰りに最近できた店行くんだけど。」
俺はさりげなく今日話した土屋さんを下校タイムに誘った。俺だけならまだしも月と瑞木がいるから気まずいことはないと思ったからだ。
「私、この人といると汚れてしまいそうです。」
土屋さんは俺が思っていたより思ったことを口に出すタイプだった。
「ヤメヨウカ、灯。俺を殺しにかかるのは。」
なんか海がこちらをにらんできている。
「さっきから思ってたけど、土屋さんってめっちゃ素直なんだね。」
俺はそんな海をさらっとスルーして土屋さんと会話を続けた。いちいちこいつにかまっていても時間とられるだけだと思った。
「ともる。無視は勘弁。」
「まあ、いいですよ。私、神井さんと森さんに興味がありますので。」
土屋さんは隣にいる二人に声をかけていた。
「ホント?私も!!めっちゃ嬉しい!」
「えぇ。私も。あやねさんとはお話がしたかったの。」
二人は待っていましたとでも言うように目を輝かせながら土屋さんと話を弾ませていた。やはり土屋さんも女子同士というだけあって緊張がほどけたのか楽しそうに話している。最初の生まれたての子鹿感が嘘みたいだ。小動物感はこれからも抜けないと思うが。
「灯。後で殺す。」
そんな言葉を聞かないふりをして前の三人との会話を続けようとした。
だが、そんな海は本当に困っていそうな顔でそんなことを言っている。
(おい。男のツンデレは却下だぞ)
「それで、これから行くという店はどこなのですか?」
土屋さんが思い出したのか俺が誘ったときの事を聞いてきた。
「あっ、そうそう。んでどこ行くの?」
俺は土屋さんを誘ったが、その前に店ができたって言ってきたのは俺ではない。月がそう言ってたので俺が勝手に土屋さんを誘ったのだ。月は「私が誘おうとしてたのにいい」と恨めしそうな顔で言い寄って、俺はそんな月をなだめるのにひと苦労かけられた。
「あ、あやねちゃん。お店行こうって提案したの私なんだよ」
月はなんかよく分からんが慌てながらそんなことを言った。
「あっ。そうなんですか」
「月、そんなことより目的地はどこなの」
あやねは驚いた様子で反応しているが、瑞木は空気を読んで会話を戻した。おそらく瑞木はこの二人で会話を続けるとダメだということを分かっているのだろう。
「えぇ~。それはついてからのお楽しみ~~」
俺たちはそんな言葉と共に鼻歌をしながら先を歩く月について行った。
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