第15話 屋台の達人
町内祭りはまだまだ序盤――。
「金魚すくいがあるわ」
「三日で殺すってさっき」
「そこの小さな橋が架かったところに池があるの。皆そこに放すわ」
「だったらいいけど――」
彼女は二百円払うと、座り込んでおわんと『ポイ』を両手に構えた。
「いい、竜崎君。ポイはまずしっかり水に浸す。それによって逆に強度が増すのよ。それから狙った獲物は安易にすくわないで。金魚すくいという名前に騙されちゃダメよ。水面ギリギリまで引きつけておいて暴れないうちに、構えたお椀にほぼ水平に――ポイ! ポイポイポイ! ポポイポイ!」
見事な腕前だった。
「お嬢ちゃん。好きなの一匹持ってっていいから」
「……出目金を」
一匹もすくえなかった。あまりの動きに隣りの小学生が場所を離れた。
「まあ、金魚持ってるとお祭りって感じするけどね」
「私、どうして出目金なんて言ったのかしら。赤いヒラヒラしたのがよかったのに。あまりのことに動転していたのね」
屋上のフェンスを何度も越えられる人でも動転はするのだなとメモした。
「何か食べとこうよ。花火の前に」
「それこそ花火を見ながらでいいのよ。あれ、一発上がったら五分待つから。それでひとつ提案が。射的か輪投げをやってみたいわ」
「でもなあ。射的はいい的って全部重心が下に出来てるし、タマは真っ直ぐ飛ばないし、輪投げも高額商品は下の台座が大きくて上手くは入らないんだよ」
「いえ。そこまでの観察眼を持つ屋台の達人がいるんですもの。行きましょう。もちろん竜崎君がやるのよ」
絶対そうだと思っていた。
「はい兄ちゃん。タマは五つね。今日はまだ一等が全然落ちてないから。狙い時だよ」
コルクの玉でニンテンドーが落ちるか。
スポン! ポンポンポンポン!
「はい残念。まだやる?」
「竜崎君。本気を出していいのよ」
ポポポポポン!
「大丈夫。夜明けは近いわ。だってもう五ミリは動いたもの。オジさんそこ! 今さり気なく位置を変えようとしたわね! 私の目はごまかせないわよ! さあ竜崎君!」
ポン――ポンポン――ポポン
「兄ちゃん頑張ったね。キャラメル三つ持ってっていいよ」
彼女は目を合せず、瞬きだけが多かった。
「キャラメルっていうのはレトロな感じがあってお祭り気分がするわ。さあ、そろそろ焼きそばなりお好み焼きなりを買って花火の桟敷へ行きましょう」
「金魚はどうするの。持って行くの?」
「いいえ、すぐそこに金魚の木と呼ばれる木があるわ。皆その枝に吊るしていくの。誰も間違えないわ」
焼きそばにお好み焼き、焼きトウモロコシも買い、三種の神器は揃った。彼女はバッグからペットボトルを取り出す。
どうでもいい焼きそばとお好み焼きを半分ずつ食べ、トウモロコシは彼女が引き受けた。のどかなアナウンスが流れる。人がちらほら集まり始める。親子連れ。カップル。浴衣姿。その中に僕らが二人。世間からはどう見えているのだろうとそこへ意識が向かっていた。
「竜崎君、始まるわよ」
彼女が言うと、十数秒後に一発スターマインが打ち上げられた。
「あれ、破裂したあとに火の粉が落ちていくでしょう。あれが消える前にお願い事を十回言えたらその願いは叶うのよ」
「今作ったよね」
「あら。また心を読まれたわ。ほら次上がるわよ。タイガーパチンコ様はいつも十連発だからクライマックスなの」
腹に響く音。大きく空に色とりどりの輪が出来る。連発花火の最期に拍手が上がるしだれ柳。その火の粉がゆっくりと舞い落ちる。今だけ彼女の出まかせを信じてみたい気持ちになった。
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