コーヒーブレイクは程々に

「ところで自己紹介がまだだったね。何を隠そう、私が浦見怨恨解消事務所の所長を務めているだ!そして運転してるのが一応秘書のモア君だ」

「どうも。どうやら一応秘書らしいモアです」

 未だ混乱している私を無視して彼らは自己紹介を始めた。どうやら女性の方はモアさんというらしい。そして男性の方はというと、聞き間違えでなければ自分を所長だと名乗っている。

「……えっと、所長というのは?」

「すみません。この人は自分の名前を人に言わないんです。なのでお好きなように呼んでいいですよ。そうですね……ダメ人間とかどうでしょう」

「ふむ。人間なだけいつもよりマシか」

 彼は普段、いったいどんな呼ばれ方をしているのだろうか……。

「あはは……それじゃあ所長さんで」

 私は苦笑いをしながら、最も無難な選択を取る。

「所長さんか……。さん付けで呼ばれたのは初めてだがなかなか悪くない!今日からモアも私のことをそう──」

「呼びません」

「……だろうな」

 段々と、この人たちのことがわかってきた気がする。多分この人たちにとっては今の状況など日常茶飯事なのだろう。

 悪人ではないが、悪人が周りにたくさんいるタイプの人たちだ。

「……さて、ここからゆっくりとコーヒーブレイクでもしたいところではあるが、天下の大悪党であらせられる蒼生会がどうやら出張ってきてるようなのでね。時間はあまりないかもしれない。というわけで我々は今から美濃家へ向かいたいのだが案内を頼めるかな?」

 助手席から私の座る後部座席へ身を乗り出して話す所長さんは、徐々に声のトーンを真面目に変えながら喋る。

 その内容を聞いて私はようやくリセの身も危ないということに気づいたのだ。

「もしかしてリセもさっきの人たちに狙われてるんですか!」

「正確にはこれから狙われる可能性がある──かな。君を狙ってうちの事務所に来たってことはまだの在り処は知らないってことだ」

「蒼生会は瀬野さんが石の持ち主だと思ってる、ということですね」

「それも時間の問題だろうけど。でもまあ、今から向かえば間に合うだろ」

 つまり私はいち早くリセの家へ二人を案内しなければならないということか。彼女の家は光里高校のすぐ近くなので、まずは高校へ向かってもらうのが最も手っ取り早いのだが……。

「……お二人は光里高校の場所わかりますか?」

「はい。ここからなら車で15分程ですね。美濃さんの家は高校の近くなんですか?」

「はい」

 私は、私が退院してからリセが学校に来なくなるまでの僅かな期間、放課後によく遊びに行ったことを思い出す。リセのお婆ちゃんが出してくれるお茶はいつも美味しく、いつか淹れ方を教わってみたいと思っていたものだ。

「光里高校……光里高校っと、これか。なかなか綺麗な校舎だな。なるほど、2年前に改築されてるのか」

 信号待ちの車内では所長さんが私達の通う高校についてスマホで調べている。

 2年前の改築については私の入学前の出来事なので、詳しいことは知らないが確かに校舎は綺麗と言って過言ないだろう。水道やトイレなどの水回りも一新されているため個人的には文句なしである。

「美濃家に行く前にちょっと寄ってみるか」

「そんな時間あるわけ無いでしょう……。行くなら全部終わってからですよ」

 全部終わってから──。

 それが私にとって、ひいてはリセにとって良い結果となるのか聞こうとした。しかし、それはなんだか身勝手がすぎるような、立場に甘えすぎてるような気がして、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 あるいはここまで何一つ出来ていない私のプライドが邪魔をしただけかもしれない。

「……当然、最善は尽くすよ。それが我々の仕事だからね」

「えっ、あ。なんかスミマセン」

 もしかして顔に出ていたのだろうか。

 いや、出ていたからこのようなことを言ってくれたのだろう。

 なんだか情けなくなってくる……。

「んんっ……そろそろ所長の知ってることを共有してくれませんか」

 モアさんは車内の空気を変えるようにわざとらしく咳払いをする。

 どうやら彼女と所長の間にも情報量の差があるようだ。

「それじゃあ僭越ながら私が知っていることと、それに基づく予想をお披露目させていただこうか」

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